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(浅井茂利著作集)新型肺炎終息後の経済活動の正常化に何が必要か

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1650(2020年5月25日)掲載
金属労協政策企画局主査 浅井茂利

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 新型肺炎がパンデミック化し、国内においても大都市圏を中心に、先の見えない感染拡大の状況となっています。すでに経済活動は大幅に縮小し、緊急事態宣言で営業自粛や営業時間短縮を要請されているサービス業ばかりでなく、製造業においても、部品供給の途絶による生産停止、海外需要の激減、従業員の感染による稼働率の低下などにより、一時帰休が広がっています。
 本稿執筆時点では、5月6日まで、全国に緊急事態宣言が敷かれる状況となっていますが、本号発行時点で、宣言が解除されているかどうかは、わかりません。もし解除されていないようであれば、新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正により、一層強力な外出制限、営業制限を行っていくことも、覚悟しなければなりません。
 そして緊急事態宣言が解除されたとすれば、こんどは第二波、第三波をいかに防止するかということが焦点となります。外出自粛要請や営業自粛要請が少し緩められた途端に人出が繁華街にあふれかえることになれば、感染拡大がいったん落ち着いていたとしても、こんどは第二波として、本当に爆発的な感染拡大が発生することになるかもしれません。緊急事態宣言解除後の人々の行動のコントロールは、ことのほか重要となります。
 そして、抗ウイルス薬やワクチンが開発され、抗体を持つ人もある程度増加し、終息宣言が出された段階では、こんどは、いかに早く経済活動の正常化を図るかが課題になります。「何事も忘れず、何事も学ばず」(タレーラン)ではなく、新型肺炎前に顕在化していたわが国経済の諸課題を一気に解決するような方向で、経済活動の正常化を果たしていくことが重要だと思います。

第二波、第三波を防止するために

 緊急事態宣言の解除後、第二波、第三波を防止するために、政府や自治体は、ある程度の経済活動の復活を許容しつつ、接触の抑制と三密の回避を続けるという、緊急事態宣言下よりももっと難しい舵取りを迫られることになります。
 残念ながらこの段階では、経済活動の拡大策を採るわけにはいきません。必要なのは個人や企業が、いったいどのように行動したらよいのかというガイドラインを示していくことだと思います。緊急事態宣言下では、都道府県からの要請や指示に従えばよいわけですが、宣言解除後においても、人々や企業が寄るべき行動基準が必要です。
 まず第一に、在宅勤務は可能な限り継続させる必要があります。出勤シフト制なども採用しつつ、在宅勤務可能な仕事は、引き続き在宅勤務を行うということが徹底される必要があります。
 第二には、たとえば保育や学童保育、デイサービスなどについては、可能な限り利用しないということを継続していくことが重要です。学校は再開するにしても、余裕教室や体育館・特別教室などの活用、場合によっては二部制の採用などにより、教室内の生徒数をできるだけ少なくする、といったことが検討されてもよいかもしれません。
 第三に、サービス産業については、営業自粛、営業時間短縮要請を続けるべきだと思いますが、それができないのであれば、定員規制などを行うことが考えられます。たとえば定員30名の飲食店であれば15名、定員1,000名のコンサートホールであれば250名といった具合に定員規制を行い、三密を可能な限り回避するというようなことが考えられます。
 当然のことながら、自宅以外の場所では、屋内・屋外を問わず、マスク着用が徹底されるべきです。予定よりかなり遅くなるようですが、各世帯2枚の布製マスクの配布を根拠として、マスク着用の義務化を図ること、罰則は設けないとしても、非着用者については、警察官による職務質問なども辞さないことが必要だと思います。

新型肺炎終息宣言後の経済活動正常化

 いつになるかはまったくわかりませんが、新型肺炎の完全終息宣言後に、迅速に経済活動の正常化が図られるよう、国民の生活基盤、産業・企業の事業基盤を維持し続けなければなりません。
 まず第一に、生活不安を早急に解消するため、雇用調整助成金、生活福祉資金貸付制度、生活困窮者自立支援制度を最大限活用していく必要があります。
 雇用調整助成金については、説明の必要はないと思いますが、新型肺炎対策としての緊急対応期間は、6月30日までの休業期間ということになっていますので、これを相当程度延長する必要があります。
 生活福祉資金貸付制度は、低所得世帯に対して、都道府県の社会福祉協議会が生活費の貸付を行う制度で、9種類あるのですが、今回は緊急小口資金、および総合支援資金(生活支援費)について、新型肺炎の影響による休業、収入の減少、失業などにより生計の維持が困難になった世帯に対して、制度の拡充が図られています。
 このうち総合支援資金(生活支援費)は、単身世帯が月あたり15万円以内、2人以上世帯が同じく20万円以内を、3カ月間(3回)以内、貸付を受けることのできる制度です。
 据置期間(返済猶予期間)を経たあと、10年以内に償還(返済)することになっています。返済猶予期間は、従来は6カ月間以内とされていましたが、今回1年以内に延長されました。また従来は、保証人ありの場合に無利子、なしの場合は年1.5%の利子とされていましたが、無利子・保証人不要に変更されました。
 政府による全国民への給付10万円が1回のものであるのに対し、複数回の継続的な貸付が受けられるという利点があります。貸付ではありますが、今回、返済時になお所得の減少が続く住民税非課税世帯は返済を免除する道が開かれましたので、大変有効な仕組みであると思います。
 ただし、貸付期間を3カ月間(3回)以内としているのは、新型肺炎対策としては不十分です。終息宣言には相当程度の期間が必要と思われることから、当面、少なくとも6カ月間(6回)に延長する必要があります。また、貸付上限額についても、単身月あたり15万円以内、2人世帯20万円以内は据え置くとしても、以降、たとえば家族が1人増すごとに5万円以内の加算などをしていかないと、子どものいる世帯では、生計維持がきわめて難しくなると思います。返済猶予期間についても、終息宣言後3カ月まで、といった柔軟な設定にする必要があります。
 いずれにしても、この制度が広範に知られているとは思えませんし、つい昨日まで普通に生活をしていた人も使えるのだということを、テレビCMなどを含め、周知徹底を図る必要があります。なお、この貸付を受けた場合には、生活困窮者自立支援制度の一環である自立相談支援事業を受けることになっていますので、そうした窓口・相談体制の大幅拡充が不可欠であることは言うまでもありません。国庫負担の抜本的な拡大も、当然必要になります。

公的貸付・保証を活かす支払い猶予制度を

 新型肺炎が終息したとしても、日本経済の基盤を担っている中小企業が死屍累々の状況となっていれば、経済活動の迅速な正常化など望むべくもありません。
 中小・小規模事業者に対しては、4月の緊急経済対策において、持続化給付金(仮称)が支払われることになるとともに、日本政策金融公庫等による貸付や信用保証協会によるセーフティネット保証などが実施されています。民間金融機関が無利子・無担保で貸付を行う制度整備も行われることになりました。
 こうした公的な貸付や保証の仕組みは大変結構なことですが、どうしても審査は必要で、手続きの迅速化を図ったとしても、実行までにはある程度の期間が必要となります。従って、公的貸付や保証を申し込んだ時点で、申し込み企業の金融機関への支払いがいったん猶予されるような、制度整備が必要ではないかと思います。

超過準備を活用したバリューチェーン再構築、DX展開支援

 終息宣言のあとでは、このような資金繰り支援とは別に、新たな発展基盤構築のための投資を促進する施策を拡充していく必要があります。
 米中新冷戦によって、中国市場や中国の生産・開発拠点を活用したビジネスモデルは、企業にとってリスクの大きなものとなっていましたが、新型肺炎はリスクの大きさを決定づけるものであったと言えます。グローバルなバリューチェーンの再構築が不可欠となっており、とりわけ生産・開発拠点の国内回帰や、「自由で開かれた」国・地域への移転を進める企業などに対しては、積極的な支援を行っていく必要があります。
 一方、第4次産業革命に関しては、わが国におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の遅れが指摘されているところですが、グローバル市場において、中国企業の行動に制約がかかるなど構造変化が進みつつある中で、わが国の産業・企業が新技術や新製品・新システムの開発・普及、新しいビジネスモデルの構築において主導的な役割を果たすべく、総合的な競争力の強化を図っていかなければなりません。
 こうした産業・企業の活動を促進するため、日本銀行当座預金にある330兆円の民間金融機関の超過準備を活用していくことを検討することができるのではないかと思います。この点については、また別の回にご紹介したいと思います。

事業承継支援、従業員の再就職・出向支援

 どのように策を尽くしたとしても、企業の存続や一部の事業の継続が困難となる企業が出てくる可能性は残ります。事業承継支援、従業員の再就職・出向支援を強化するため、事業引継ぎ支援センター、産業雇用安定センターの拡充を図ることが重要です。
 事業引継ぎ支援センターについては、M&A支援会社に気を遣って、活動がやりにくくなっているように見受けられますが、もともとM&A支援会社の顧客対象とはならない中小企業に対する支援が目的ですから、臆することなく、事業を拡大して欲しいものだと思います。47都道府県の県庁所在地に設置されていますが、県内に一箇所では、中小企業の経営者が利用しづらい場合もあると思いますので、地域の交通事情などに応じて、増設を行っていくことも重要です。
 産業雇用安定センターは、もともとは雇用不安が高まっていた時代に、「失業なき労働移動」をめざし、再就職・出向の支援事業を行うために設けられた機関ですが、現在は、就労意欲が高い60歳以上の高年齢者を求職者登録し、66歳以降も働き続けることが可能な求人情報を収集するとともに、その能力の活用を希望する事業者に紹介を行う、「キャリア人材バンク」の事業も行っています。今後、高年齢者雇用安定法が改正されれば、70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務となりますが、その具体化と人材のミスマッチ解消に向けて、大きな役割を果たしていくことが期待されます。

消費税の軽減税率、非課税をゼロ税率に

 新型肺炎対策の検討の当初から、消費税が話題となっています。収入減に対する支援ということだと思いますが、一律の引き下げでは効果が薄くなってしまいますし、元に戻すのにも大変な労力が必要になります。
 もし消費税を用いるのであれば、軽減税率を8%からゼロ税率に引き下げるということが、選択肢としてあると思います。経済活動の正常化を図る段階では、外食についても、
*プライベートな外食であること。
*ひとりあたり単価1万円以内であること。
*席料やサービス料がかかっていないこと。
などといった条件を満たすものに限り、ゼロ税率を適用するということがあってよいと思います。
 消費税非課税となっている医療や教育、家賃といった取引についても、新型肺炎の影響が大きい分野ですから、この際、ゼロ税率化を図ってはどうかと思います。
 ちなみにゼロ税率の場合、仕入れで支払った消費税は還付されますが、非課税の場合は還付されないので、小売価格に上乗せして顧客から徴収しなければなりません。生活支援という点でも、産業支援という意味でも、軽減税率や非課税のゼロ税率化は検討に値すると思いますし、恒久化も考えられてしかるべきです。

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