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(浅井茂利著作集)第4次産業革命を世界の労働組合はどう受け止めているか

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1621(2017年12月25日)掲載
金属労協政策企画局主査 浅井茂利

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 さる10月26~27日、金属労協の加盟する国際産業別労働組合組織インダストリオール・グローバルユニオンは、ジュネーブにおいて、第4次産業革命に関する世界会議を開催しました。筆者も、パネラーのひとりとして参加しましたが、本稿では、第4次産業革命に関し、世界の労働組合はどのように受け止めているのか、ご紹介しようと思います。

第4次産業革命はチャンスである

 産業革命と言えば、ラッダイト運動(産業革命時の機械打ち壊し運動)がすぐ思い浮かぶように、海外の労働組合は、第4次産業革命を悲観的にとらえているのではないか、という印象があります。
 もちろん、自動走行で交通事故が減少すると保険会社で働く人が困る、というような信じられない意見もありましたが、海外の労働組合はもっと前向きに受け止めているようでした。
 「世界会議」ではまず、
*グローバル化の中で、経済の金融化によって、資本と労働への分配に歪みが生じ、非正規労働者が増大、賃金格差が拡大し、労働法令による労働者の保護も損なわれてきた。
*生産性の向上は賃金の上昇をはるかに上回っており、生産性と賃金は見合ったものとなっていない。
*これは正義とか公平性の問題ではなく、マクロ経済上の問題である。
という現状を確認した上で、第4次産業革命による大きな変化が、労働強化や不安定雇用増加の新たな波となることを決して許さず、変化をむしろチャンスに転換し、
*「人のための変化」「人を中核とする変化」とすることが重要である。
*労働政策の新たな「人間化」の議論をする機会が提供された。
という見方で一致したと言えます。
 第4次産業革命というと、ICT、IoTでビッグデータを収集し、AIを用いて分析し、ロボットや3Dプリンターで生産するということで、ものづくりにおいて現場で働く者の役割を低下させるようなイメージがあります。しかしながら、仮に、最新鋭の機械設備を効率的に配置し、無人化工場を立ち上げたとしても、その時点では、競争力のある工場ということになるかもしれませんが、カイゼンを重ね、加工や組み立ての「良い流れ」を自ら構築していく能力がなければ、立ち上げの瞬間から陳腐化が進み、競争力を失っていきます。現場で働く人の力が今後も決定的に重要であり、そうした現場の力に報いることが、企業の競争力強化と持続的発展につながることは明白です。

重要なのは「公正な移行」

 第4次産業革命はチャンスではありますが、働く者や労働組合がこのチャンスを活かすことができなければ、一層の格差拡大を招くことになります。そこでキーワードとして打ち出されているのが「公正な移行」であり、三者構成の枠組みです。
 ドイツ政府は2016年11月、「インダストリー4.0」の労働への影響を明らかにし、その対応策を示す『労働4.0ホワイト・ペーパー』を発表していますが、そのとりまとめに際しては、「国民との対話プロセス」と呼ばれる大規模なプロジェクトが展開されています。まずは議論のたたき台となるグリーン・ペーパーが発表され、それに基づいて調査・研究を実施しつつ、研究者や労使団体、企業などの専門家が参画するワークショップやシンポジウムが開催されるとともに、一般市民からもツイッターやフェイスブックを通じて、意見集約が行われたということです。労使をはじめとする国民的な議論を展開し、コンセンサスを形成していくことは、どの国においても不可欠だと思いますが、残念ながらわが国では、とりわけ雇用・労働分野の政策決定過程において、国民的合意形成のための意見の統合作業が軽視されているきらいがあります。
 インダストリオール・グローバルユニオンでは、第4次産業革命下における労働者の権利擁護に向け、政府や企業との協議で取り上げるべき、幅広い公正な移行プログラムを立案することにしていますが、その中には、
*地域・全国・国際レベルにおいて、労働者代表が情報に接し、かつ協議に参加する権利。
*教育・訓練(生涯学習)に対する権利。
*職場と家庭における一定水準のプライバシーの権利。
を要求するとともに、
*雇用関連の脅迫を拒絶し、使用者による反組合的な圧力や行動に反対する。
*ILOや国連その他の国際機関に関与し、持続可能な開発目標(SDGs)で具体化されるディーセント・ワークへの取り組みにおいて、第4次産業革命の影響が十分に考慮されるようにする
といったことが提案されています。
 「世界会議」では三者構成の重要性とともに、企業内・事業所内の労使関係の重要性が強調されています。欧米では産業別労働組合が中心であり、もともと賃金交渉も産別が行っていました。その後、グローバル化の進展によって、企業別交渉の重要性が高まり、多国籍企業と労働組合が、企業グループ内での中核的労働基準(結社の自由・団体交渉権、強制労働の禁止、児童労働の廃止、差別の排除)の遵守を宣言するGFA(グローバル枠組み協定)のような取り組みも広がってきましたが、第4次産業革命への対応では、そうした傾向がさらに強まっていくものと思われます。

雇用はどうなるのか

 第4次産業革命の急激な進展によって、生産活動がどのように変化していくのか、社会にどのような変化がもたらされるのか、大きな変化があることは間違いありませんが、その全体像を現時点で示すことは不可能です。たとえば、いま日本ではテレワークが注目されていますが、「ヤフーやIBMなど先進的にテレワークに取り組んできた米企業が離脱する動きもある」(日経2017年11月20日朝刊)ということですから、試行錯誤が続くのだろうと思います。
 大きな変化が予想される中で、やはり最大の関心事は、雇用がどうなるのか、ということです。
 第4次産業革命による雇用予測の中で最も有名なのが、オックスフォード大学のオズボーン、フレイ両氏(日本は野村総研)が行っているもので、日本の労働人口の49%、アメリカでは47%、イギリスでは35%が就いている職業が、10~20年後に、技術的にはAIやロボットなどにより代替できるようになる可能性が高いというものです。
 これに対して、先述の『労働4.0ホワイト・ペーパー』では、自動化のリスクにさらされるのは、全職種の12%程度とされており、雇用の変動は歴史的な平均値から乖離するものではない、とみなされているようです。
 日本では、経産省の「新産業構造ビジョン(中間整理)」の中で、IoT、ロボット等によって省人化・無人化工場が常識化し、製造に係る仕事は減少、IoTを駆使したサプライチェーンの自動化・効率化により、調達に係る仕事も減少すると分析されており、第4次産業革命が成功したシナリオでは、2015年度から2030年度の15年間に、製造・調達部門の従業者数は297万人減少すると予測されています。生産・調達以外の分野全体で135万人の従業者が増えることになっていますが、増える分野は、高付加価値なサービス分野(高級レストランの接客係、きめ細やかな介護等)が179万人増、高度な営業販売(カスタマイズされた高額な保険商品の営業担当等)が114万人増、経営戦略策定担当・研究開発者等が96万人増などですから、なかなか想像しづらいところです。
 一方、三菱UFJリサーチ&コンサルティングが、企業の経営企画部門の責任者を対象に行ったアンケート調査を見ると、IoT、ビッグデータ、AIなどは、従業員の担当業務の全部を代替するものではなく、業務の遂行を支援するもの、ないし業務の一部を代替するものと考えられているようです。
 こうした場合には、デジタル化やインテリジェント化によって代替される部分に費やしてきた時間を、どう活用するかが重要となるわけですし、オズボーン、フレイの予測のように仕事そのものが失われるのであれば、労働の再分配、労働時間の再分配が必要となってきます。そうした場合、どのように収入を確保するか、海外の労働組合では、ワークシェアリングとベーシック・インカムの組み合わせを主張しているところもありますが、これに反対する意見もあります。
 古代ローマの勃興期には、貴族も市民も働いていたけれど、やがて、働くのは属州の者や奴隷が中心となり、「パンとサーカス」という言葉が知られているように、市民権を持つ者は小麦の配給を受け、見世物に興じるようになったということです。働くのはAIやロボ.ット、市民にはベーシック・インカムが支給される、という風に置き換えれば、まさにそのもの、ということになるのではないでしょうか。ローマ帝国の衰亡はそうした中で進んでいくわけですが、第4次産業革命が、働く人々の生活と労働の価値の低下をもたらすことのないようにしていかなければならないと思います。

発展途上国、新興国と第4次産業革命

 アフリカなどの発展途上国の労働組合では、いまだ第2次産業革命も達成していない中で、第4次産業革命について議論しなければならない状況に対するとまどいもあるようです。しかしながら、もちろん他人事ではなく、第4次産業革命によって、多国籍企業が生産拠点を母国に戻すのではないかということが、発展途上国、新興国にとって、大きな懸念材料となっています。
 「世界会議」では、先進国の労働組合からは、多国籍企業は基本的に消費地生産を重視していくのではないか、との見方が示されましたが、一方で、多国籍企業に対し、責任を持った形での海外展開を要求するキャンペーンなども提案されています。いずれにしても、第4次産業革命の下では、安価な労働力を武器とした発展途上国の成長モデルは修正されざるをえないというのが、共通認識であったと思います。

独立自営業の増加に対して

 第4次産業革命では、アウトソーシングやクラウドワーキングが拡大し、独立自営業が増大するという見方が一般的です。労働者の囲い込みや濃密なコミュニケーションがますます重要となっていくので、それほど増えないのではないか、との見方もありますが、長期的に減少を続けてきた独立自営業が増加に転じる、ということは想定できると思います。
 ドイツをはじめとするヨーロッパ諸国では、独立自営業を尊重する風土、企業に従属しない労働をより価値あるものとする気風があると思いますし、また、働く側からしても、独立自営業は、労働時間や労働場所を自らのイニシアティブで決定しうる働き方(時間主権)という見方もされているようです。ですから、独立自営業化そのものについては、抵抗が少ないと言えるかもしれません。
 しかしながら、独立自営業に関する社会保障制度は、雇用労働者に比べ脆弱ですし、企業に対する「交渉上の地歩」は、従業員以上に弱くなるものと思われますので、独立自営業の利益を代表する組織が不可欠です。「世界会議」では、労働組合を独立自営業の人々が重要だと感じる快適な空間とし、その声を反映させていく必要がある、ということが強調されています。

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