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ふたつの重要報告書が発表される-技能実習制度とジョブ型雇用に関して-(2023年発表のものです。ご注意ください)

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1686(2023年5月25日)掲載
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利

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 本欄では2回にわたり「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」のヒアリング状況などについてご紹介してきましたが、4月19日、有識者会議より「中間報告書(案)」が公表されました。また4月12日には、「新しい資本主義実現本部事務局」から、ジョブ型雇用の導入促進を柱とする「三位一体労働市場改革の論点案」が示されています。今回は、ふたつの報告について、その内容の是非を考えてみたいと思います。

技能実習制度は結局、微修正に止まる

 「有識者会議」の発足にあたり、法務大臣から、外国人技能実習制度に関する「長年の課題を、歴史的決着に導きたい」という決意が示されましたが、「中間報告書(案)」の内容は、現行制度の微修正に止まるものと判断せざるを得ません。一応、「現行の技能実習制度を廃止して」と記載されていますが、
*人材確保及び人材育成を目的とする新たな制度の創設を検討すべきである。
*技能実習制度が人材育成に加え、事実上、人材確保の点においても機能していることを直視し、このような実態に即した制度に抜本的に見直す必要がある。
とされており、人権侵害、技能実習生の低い賃金・労働諸条件、劣悪な職場環境・生活環境といった問題の根底にある、「人材育成という建前」を残したまま、現状を追認する制度に看板を書き換えるだけということになりそうです。「技能を身につけさせてやっているのだから、賃金は低くて当然」という意識の払拭は困難なので、途上国・新興国の人材育成への協力と、国内における海外人材の確保は、完全に別の制度とすべきです。

転籍制限の問題

 「人材育成という建前」が残ることによるもうひとつの大きな弊害は、転籍制限が維持されることです。
 「中間報告書(案)」では、
*新たな制度においては、人材育成そのものを制度趣旨とすることに由来する転籍制限は残しつつも、制度目的に人材確保を位置付けることから、労働者としての権利性をより高め、また、制度趣旨及び対象となる外国人の保護を図る観点から、従来よりも転籍制限を緩和する方向で検討すべきである。
とされており、まさに「人材育成という建前」が転籍制限維持の言い訳に使われています。そもそも「労働者としての権利性」は、2010年の制度改正の際に、完全に確保されなくてはならなかったはずです。
 前々号の本欄でも指摘しているとおり、現行制度を前提にすると、要は2号修了時(3年目修了時)の技能検定3級に合格すればよいわけですから、転籍しても技能を身につけることができるよう監理団体が技能実習生をしっかりとサポートし、合格率の芳しくない監理団体に対しては、指導、ペナルティーをきちんと行って、監理団体の淘汰を図っていけばよいだけです。技能を身につけようとする技能実習生であれば、受け入れ企業で技能が修得できないと判断すれば転籍を望むでしょうから、むしろ転籍の自由化こそ、技能修得を促進することになります。
 「中間報告書(案)」で「人材育成という建前」を残したのは、むしろ転籍制限を維持するためなのでは、と考えざるを得ません。

転籍制限によって産業分野や地方における安定的な人材確保という考え方

 「中間報告書(案)」では、転籍制限のあり方について、
*受入れ企業等における人材育成に要する期間、受入れ企業等が負担する来日時のコストや人材育成に掛かるコスト、産業分野や地方における安定的な人材確保、我が国の労働法制との関係、労働者の権利行使に与える影響など新たな制度の目的である人材確保や人材育成との関係を踏まえた総合的な観点から、最終報告書の取りまとめに向けて具体的に議論していくこととする。
としています。
・受け入れ企業が技能実習生の来日時のコストや訓練コストを回収するまでは、転籍を認めるべきではない。
・転籍を認めることによって、技能実習生が賃金水準の高い産業や大都市圏に流出しないようにしなければならない。
という立場に立っていることは明らかです。
 まず、「来日時のコストや人材育成に掛かるコスト」ですが、たとえば、業務命令で従業員が留学し、帰国後すぐに退職しようとした場合、退職自体を禁止することはできませんし、企業からの留学費用の返還請求も認められません。「来日時のコストや人材育成に掛かるコスト」を理由にした転籍制限が、こうした事例と整合性がないのは明らかです。
 また、「産業分野や地方における安定的な人材確保」のための転籍制限という発想は、まさに「タコ部屋」そのものということになぜ思い至らないのか、大変不思議です。
 日本人には認められない転籍制限を技能実習生に適用してしまうのは、アジアの人々に対する蔑視、差別意識が根底にあるのではないか、と疑わざるを得ません。

送出機関の問題

 技能実習生来日に際し、母国の送出機関に高額の手数料や保証金を支払って多額の債務を背負い、また違約金の取り決めを行っていることが、転籍制限と並んで技能実習生の人権侵害の大きな要素となっています。
 「中間報告書(案)」では、
*悪質なブローカーや送出機関の排除など更なる対応を検討すべきである。
としているものの、具体的には、
*新たな制度の仲介機能については、国際的な職業紹介のプロセスでの外国人の負担をできる限り軽減するよう、職業紹介における費用負担の国際的なルール、送出国の送出制度や関係法令との整合性、諸外国の受入れ制度の運用状況、費用対効果などの総合的な観点から、最終報告書の取りまとめに向けて具体的に議論していくこととする。
*過大な手数料の徴収の防止や悪質な送出機関の排除や送出機関の適正化に向けて、新たな制度においても、相手国との間で実効的な二国間取決め(MOC)を締結するなど、外国人材の適正な受入れに関する国際的な取組を強化する方向で検討すべきである。
と述べるに止まっています。「二国間取決め(MOC)」については、すでに締結している国において、高額の手数料や保証金、違約金の取り決めといった違法状態が発生しているわけですから、わが国として、悪質な送出機関からの入国を認めないようにしない限り、効果がないことは明らかです。

なぜジョブ型雇用を導入するのか

 次に、技能実習制度と並び、労働分野でもうひとつの焦点となっているジョブ型雇用システムについては、「新しい資本主義実現本部事務局」から、「三位一体労働市場改革の論点案」が示され、「個々の企業の実態に応じた職務給の導入」として、
*本年6月までに三位一体の労働市場改革の指針を取りまとめ、構造的賃上げを通じ、同じ職務であるにも関わらず、日本企業と外国企業の間に存在する賃金格差を、国毎の経済事情の差を勘案しつつ、縮小することを目指す。
*指針では、職務給(ジョブ型雇用)の日本企業の人材確保の上での目的、ジョブの整理・括り方、これらに基づく人材の配置・育成・評価方法、ポスティング制度、賃金制度、休暇制度などについて、先進導入事例を整理し、個々の企業が制度の導入を行うために参考となるよう、多様なモデルを示す。
この際、個々の企業の実態は異なるので、企業の実態に合った改革が行えるよう、指針は自由度を持ったものとする。
ジョブ型雇用(職務給)の導入を行う場合においても、順次導入、あるいは、その適用に当たっても、スキルだけでなく個々人のパフォーマンスや適格性を勘案することも、あり得ることを併せて示す。
*6月までにまとめる指針に基づき、年内に、個々の企業が具体的に参考にできるよう、事例集を、民間企業実務者を中心としたWGで取りまとめてはどうか。
という内容が記載されています。
 これを見ても、企業が職務給を導入しなければならない理由がまったくわかりません。唯一、「構造的賃上げを通じ、同じ職務であるにも関わらず、日本企業と外国企業の間に存在する賃金格差を、国毎の経済事情の差を勘案しつつ、縮小することを目指す」とされているので、職務給なら賃上げできる、と考えているように受け取れます。役割給に代表される成果主義賃金制度が賃金水準の抑制に寄与したことは明らかですが、職務給にすれば賃上げしやすいとは思えません。
 わが国の賃金水準低下の原因は、長期にわたり低成長が続いたことに加え、
①デフレによって、物価上昇を賃上げ根拠にできなくなってしまったこと。単に物価が上がらないので賃上げの必要性が少ないというだけでなく、物価が上昇した場合でも、経営側から「物価が下落したら賃下げ」と言われてしまい、物価上昇を賃上げ根拠とできず、要求が抑制的になってしまった。
②成果主義賃金制度の導入により、中高年になると、定期昇給がゼロもしくはマイナスとなる者が多くなり、中高年全体としても賃金水準が低下した。
③「同一価値労働同一賃金」の原則が確立されないまま、「雇用のポートフォリオ」の名の下に、正社員の仕事を賃金水準の低い非正規雇用や間接雇用、外国人の労働者が担うようになった。
といった理由によるものであり、③については、職務給への転換により改善の可能性はあるものの、①と②は、職務給で解決する問題ではありません。とくに②については、むしろ職務給導入により、習熟昇給が小さくなり、中高年の賃金水準がさらに低下することが予測されます。それによって労働者の怒りが爆発し、賃上げの原動力になると考えているのであれば、ロジックは成り立ちますが、まさかそうではないでしょう。

職務給で大変革に対処できるのか

 2023年2月に「新しい資本主義実現本部事務局」が提出した「基礎資料」では、「日本企業がジョブ型雇用を導入する理由」を掲げています。
①処遇の適正化
②高度専門人材の獲得
③若手の優秀人材の抜擢
④将来有望な社員のリテンション
⑤グローバル化への対応
の5つですが、③と④はまったく同じことを言い換えているだけです。
 ①については、まさに中高年の賃金水準を引き下げようということにほかなりません。子どもの教育費をはじめとする生計費が最もかさむ中高年層の賃金水準引き下げが、若年層の将来不安につながることが、理解されていないようです。
 ②は、高度専門人材について、特別な賃金・処遇制度を設ければ済むことで、全社的に職務給を導入する必要はありません。
 ③と④については、本来、職能給制度では、仕事と賃金とがリンクしないのが原則なので、原則に立ち戻り、若手を抜擢して重要な仕事をまかせるようにすればよいだけです。重要な仕事に対し賃金上の一定の配慮をした上で、将来的なキャリア形成と昇給の道筋さえ示されていれば、仕事と賃金とがリンクしていないことに対する不満は生じないだろうと思います。あるいは高度専門人材として、特別な賃金・処遇制度の対象にしてもよいわけです。
 ⑤については、米国においても、脱職務主義、職能給化が進んでいるとの指摘があります。(石田光男・樋口純平(2009年)『人事制度の日米比較』ミネルヴァ書房)
 筆者は、ジョブ型雇用制度導入の真の狙いは、解雇規制の緩和であろうと推測していますが、「基礎資料」でも、「論点案」でも記載されていません。しかしながら、今後、十分に注視していく必要があります。
 本欄で何度も触れていますが、職務給には、
*職種を超えた異動が困難。企業組織の変更への対応が困難。組織が硬直的になる。
*環境変化が激しい場合、常に職務の設計や職務記述書の見直しを行わなければならず、職務改廃のコストが大きい。
*仕事の範囲が縦割。職務範囲を超えて柔軟に業務を遂行し、能力開発する機会が制約される。
などの問題点があります。100年に一度と言われる大変革に職務給で対応できないのは明らかです。

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