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(7)消費者物価指数をどう見るか

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「物価」の性格

 物価は、言うなれば麻雀4人の平均点のようなものです。麻雀では、誰かが大勝ちしても、4人の平均点が上がるわけではありませんし、誰かが大負けすれば平均点が下がるわけでもありません。平均点は、4人それぞれに最初に配られた点棒(点数を表した棒)の数によって決まっています。

 消費者物価指数は、582品目の価格を平均して集計されます。しかし、特定の品目の価格が大きく上昇したからといって、それで消費者物価指数が上昇するわけではありません。特定の品目の価格が上昇すると、他の品目では需要が減少し、価格が低下して、プラス・マイナスが相殺されてしまうからです。麻雀の点棒に相当するのが、中央銀行(日銀)から市中に供給される資金です。

 ただし、麻雀と物価はまったく同じというわけではありません。
 第一の違いは、点棒は最初に配られたら、そのあと追加で配られることはないので、4人の平均点も変わりません。しかしながら、中央銀行からの資金は、経済活動の拡大を反映して追加されていきます。追加される資金の量が経済活動の拡大に比べて少ないと物価が下落し、多すぎると上昇します。

 第二の違いは、タイムラグです。麻雀では誰かが上がれば、上がった人はほかの人から、ただちに点棒を受け取ります。しかしながら、物価では、特定の品目の価格が上昇した時に、ただちに他の品目の需要が減少し、価格が低下するわけではありません。プラス・マイナスの調整には、長ければ2年程度は必要です。従って、その間は、特定の品目の価格の上昇に伴い、物価も上昇しているということになるわけです。

消費者物価指数の定義と算出方法

 消費者物価指数とは、「家計の消費構造を一定のものに5年間固定し、これに要する費用が物価の変動によってどう変化するかを指数値で示したものである」と言えます。

 前述のように、算出に用いられる品目は582品目で、基準とする年の消費支出割合をウエイトに用いて、加重平均します。仮に、582品目ではなく、A、Bの2品目だったとして数値例を示すと、次のようになります。

        消費支出金額   価格指数     消費者物価指数
    品目A 品目B  A    B                                
基準年  80    20     100 100  (100×80+100×20)÷(80+20)=100
翌 年  80    20     105 110  (105×80+110×20)÷(80+20)=106
上昇率            5% 10%                   6%

消費者物価の種類

 消費者物価指数は、集計する範囲によって、いくつも種類があります。代表的なものとしては、次のようなものがあります。
総合:582品目すべてを集計
生鮮食品を除く総合:天候要因で値動きが激しい生鮮食品を集計から除外して、消費者物価の基調の動きを見る。
生鮮食品及びエネルギーを除く総合:原油価格の影響を直接受けるエネルギーを集計から除外して海外要因を取り除き、国内の基調を見る。
持家の帰属家賃を除く総合:消費者物価指数では、持家について、自分に家賃を支払っている(持家の帰属家賃)とみなして集計しているが、これを除外したもの。

 「生鮮食品を除く総合」や「生鮮食品及びエネルギーを除く総合」は、マスコミ報道でよく使用される指標ですが、それは、毎月の、すなわち月ごとの消費者物価指数の動きから、物価の基調的な動向を掴んで報道しようとするからです。春闘の労使交渉で物価を議論する際には、「年度」の上昇率を用いる場合が多いと思いますので、月ごとの動きを見る指標である「生鮮食品を除く総合」や「生鮮食品及びエネルギーを除く総合」を使用する意味はありません。

 たとえば入試に備えた模擬試験では、何点とったかは問題ではなく、偏差値が重要ですが、入試本番では、点数そのもので合否が決まります。「生鮮食品を除く総合」や「生鮮食品及びエネルギーを除く総合」は偏差値のようなもの、「総合」は点数そのもの、と考えれば、イメージが近いかもしれません。

 生鮮食品やエネルギーは、生活必需品の中でも最も重要なものです。春闘の労使交渉で、それを除いて議論するというのも、おかしなものだと思います。

 一方、「持家の帰属家賃を除く総合」は、物価の変動による生活への影響の実態を示す指標であり、毎月勤労統計の実質賃金や、家計調査の実質可処分所得、実質消費支出などの算出には、これが用いられていますので、春闘の労使交渉では、本来はこれを用いるべきだと思います。しかしながら、
*なじみがない。
*予測数値が発表されない。
というふたつの理由から、「持家の帰属家賃を除く総合」を用いるのは現実的ではありません。ただし、生活の苦しさをとらえる補強資料として、役に立つ場合もあるのではないかと思います。
 ちなみに、「持家の帰属家賃を除く総合」は、消費税率が引き上げられた時に「総合」との違いが大きくなります。「総合」の変動には消費税率引き上げ分が含まれますが、家賃には消費税がかからないからです。

物価を変動させるメカニズム

 前述のように、物価は、中央銀行から市中に供給される資金の量によって決まります。経済活動に見合う以上の資金が供給されていると、消費者物価上昇率は大きくなり、経済活動に見合った資金が供給されていないと、消費者物価上昇率はマイナスになります。

 ただし、経済活動に見合った資金が供給されていると、消費者物価上昇率がゼロになるかというと、そうではないようです。消費者物価上昇率とGDPギャップとの関係を長期的に見てみると、消費者物価上昇率がゼロの時は、GDPギャップはマイナスとなっている傾向があり、GDPギャップがプラスになるためには、消費者物価上昇率が2%弱程度であるような状況が必要なようです。

 GDPギャップとは、実際のGDPと潜在GDPとの差を表したもので、マイナスの場合は需要不足・供給力過剰、プラスの場合は需要超過・供給力不足を示します。需要不足・供給力過剰の場合は、
  需要不足・供給力過剰 → 余剰人員・賃下げ圧力 → 格差拡大
ということになりますので、マイナスのGDPギャップは避けなければなりません。そうすると、消費者物価上昇率はゼロではなく、2%近くになるような資金供給が行われる必要があるわけです。

 最近は見かけなくなったかもしれませんが、以前はよく、
*人口減少でデフレは避けられない。
*金融政策でインフレは解決できるが、デフレは解決できない。
*日銀が国債を買いすぎて、買うものがなくなってしまう。
というようなことが言われていました。

 しかしながら、人間の欲望には果てしがありませんから、資金供給を拡大しても人口減少で需要が拡大しない、などということはありません。

 アメリカ大陸で金・銀の鉱山が新しく開発され、ヨーロッパにもたらされていた時代には、ヨーロッパで物価が上昇していたことはよく知られていますが、それよりもずっと前、ローマ帝国の時代にも、アウグストゥスは権力の座についた当初、貨幣不足、デフレの発生、不況の長期化という状況に直面していましたが、エジプトからの略奪品で大量の硬貨を鋳造し続けたため、金利が低下し、経済は回復したということです。

 もし中央銀行が国債を買い尽くしてしまい、本当にそれでもデフレが続いているのなら、買うものはなんでもよいのです。極端なたとえ話で言えば、ヘリコプターで紙幣を撒いてもよい(ヘリコプターマネー)と言われているくらいです。

金融緩和の具体的な仕組み

 中央銀行から供給されている資金の量は、一般的に、「マネタリーベース」と呼ばれる指標で判断されます。マネタリーベースは、「日本銀行が世の中に直接的に供給するお金」のことで、具体的には、
  市中に出回っている現金(お札とコイン)+日銀当座預金の残高
となります。日銀当座預金とは、金融機関が日銀に預けている当座預金の口座です。

 金融政策(金融調節)の基本的なメカニズムは、金融緩和の場合、
①日銀が、金融機関の持っている国債を購入する。
②日銀が、その代金を、金融機関の日銀当座預金口座に入金する。(マネタリーベースが拡大する)
③金融機関は、入金された代金を活用し、融資や資金運用を拡大させる。
④商品やサービスに対する需要が拡大し、景気が回復、物価が上昇する。
ということになります。

なぜ日銀の物価目標2%は達成されていないのか

 2013年1月に2%の物価目標を掲げ、日銀は「異次元緩和」を行っているはずなのに、(2014年の消費税率引き上げ時と、今回のコストプッシュインフレを除き)なぜ2%目標を達成できないのか、という点については、次のふたつの説明ができると思います。
①見掛けの異次元緩和に比べ、実際の金融緩和が小さかった。
②2%目標をほぼ達成していたのに、金融緩和の縮小が早すぎたために、消費者物価上昇率が鈍化してしまい、「デフレマインド」を完全制圧することができなかった。

 金融緩和では、日銀当座預金が大きな役割を果たしていることは、前述のとおりですが、日銀当座預金はもともとゼロ金利でした。その場合、金融機関としては、法律で預け入れが義務付けられている額(所要準備)を超えて預けていたら、儲けることができませんから、引き出して融資や資金運用を拡大させることになります。

 ところが2008年11月以降、所要準備を超えた残高(超過準備)に0.1%のプラス金利が付けられることになりました。そうすると金融機関としては、利幅はわずかとはいえノーリスクで稼ぐことができますから、あえて引き出して運用する必要がなくなるわけです。資金は日銀当座預金に預けられたままとなり、市中に資金が出ていかず、金融緩和の効果が薄まってしまうことになります。

 このため、2016年2月以降、一定の額を超える超過準備には0.1%のマイナス金利、すなわち、日銀に預けている金融機関が日銀に金利を支払うことになりました。超過準備の拡大に歯止めはかかりましたが、それでも、膨大な資金が市中に出ていかず、日銀当座預金に滞留する状況となっています。なおこれにより、日銀当座預金残高では、ゼロ金利の部分、プラス金利の部分、マイナス金利の部分が混在するという、大変複雑な状況となっています。

 ちなみに、マネタリーベースの増加率と、超過準備を除くマネタリーベースの増加率を比べてみると、マネタリーベースの増加率は、最も大きい時には前年同月比55.9%(2014年2月)に達していましたが、超過準備を除くマネタリーベースのほうは、コロナ以前の最大で同14.6%(2015年7月)に止まっています。

 プラス金利を廃止すればよいのですが、低金利の状況下で金融機関に対する補助金の役割を果たしているので、すぐにはやめられないということではないかと思います。2023年7月時点のプラス金利適用残高は約206兆円ですから、プラス金利の支払いは、約2,060億円となります。

 次に、2%目標はほぼ達成していた、という点ですが、2%目標を掲げたのが2013年1月、量的・質的金融緩和の実施が4月ですが、消費者物価上昇率(総合)は、実はその年の11月には早くも1%台後半、すなわち四捨五入すれば2%という水準に高まっており、とりわけ2014年5月には1.7%に達しています。(消費税率引き上げ分を除く)

 このため日銀も2014年5月、「量的・質的金融緩和は所期の効果を発揮しており」と評価しています。

 しかしながらこの時期に、顕著な金融緩和の縮小が見られ、超過準備を除くマネタリーベースは、2013年11月に前年同月比12.0%増となっていたのが、2014年7月には同3.9%増と急激に鈍化しています。こうしたことが原因で、景気が減速し、秋以降の消費者物価上昇率の急激な鈍化につながったものと見られます。このため、「デフレマインド」を完全制圧できずに、その復活を招き、これ以降、金融緩和の効果が出にくくなった、ということが言えるのではないかと思います。金属労協では、2012年6月の政策レポート(38号)において、「『戦力の逐次投入』は、 金融政策においても避けなくてはならない」と主張していましたが、この時の金融緩和の縮小によって、結果的に「戦力の逐次投入」になってしまったわけです。





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