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(浅井茂利著作集)地方における政策・制度要求の実現のために

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1604(2016年7月25日)掲載
金属労協政策企画局長 浅井茂利

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 国の予算も、そろそろ概算要求の時期となります。労働組合では、連合をはじめ金属労協、そして産別も対政府要請を行っていますし、地方でも、地方連合会を中心に都道府県などに政策・制度要求を行っています。都道府県議会や市町村議会に議員を送り込んでいる組合もたくさんあるでしょうし、都道府県知事や市町村長を支援する際、政策協定を結ぶことも多いのではないかと思います。
 せっかく政策・制度要求を作成し、要請活動を行うのですから、実現しなければ意味がありません。社会的な存在である労働組合の政策・制度要求である以上、突拍子のないものはないはずで、内容自体は多くのみなさんに賛同していただけるだろうと思います。しかしながら、誰もが納得できる要求だからといって、すぐに実現するわけではありません。政策・制度要求を実現するためには、まずは「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」を実践していく必要があります。

政策はなるべく具体的に

 政策・制度要求が「すぐに実現するわけではありません」と書いたばかりですが、すぐに実現する場合もあります。「地域のものづくり産業の支援を行うこと」とか、「中小企業に対する支援を行うこと」といったような総論的な政策を要求する場合です。
 こうした要求の場合、相手(都道府県や市町村)からは、こういう政策をやりますとか、このような政策の予算を増やしますとか、具体的な回答が帰ってくることになると思います。要求は実現したことになるわけですが、それで労働組合の主張が反映されたかというと、決してそうではないと思います。
 金属労協では、「地方における政策・制度課題2016」において、都道府県に対し「工業高校教育の強化」を要求するよう、地方組織に提案しています。「工業高校教育の強化」というのは、総論的な要求ですが、その中身としては、
*就職実績など工業高校の進学先としての魅力について、積極的な情報発信。
*3年離職率の公表。
*安易な統廃合を行わず、男女ともに学びやすい環境整備。
*就職先企業の就労実態・離職状況などの情報収集・情報提供の強化、卒業生に対するカウンセリング体制の強化。
*実習用機械をリストアップし、更新計画を策定、産業教育設備予算を拡充。
*技能検定受検に必要な器具が用意されているかどうか、チェックし補充。
*実習材料費の公費負担の拡充。
*実習助手について、職務内容を適正に表す名称に変更、教員免許を有する者は、直ちに教育職2級の給料表を適用。
*ものづくりマイスターの実技指導は、年間計画に数値目標を明記、都道府県に設置される連携会議・連絡会議に労働組合や工業高校の代表の参加。
など、具体的な要請を行うよう提案しています。

できない理由のパターン

 総論的な政策や地方自治体がすでに進めようとしている政策であれば、前向きな見解を引き出すことは容易です。しかしながら、具体的で、かつ地方自治体として実施予定のない政策を要請する場合には、そうではありません。
 組合が与党側であればもちろん、野党側であっても、首長から100%否定的な見解が示されることは少ないと思いますが、担当部局からは、さまざまな「できない理由」が示されるはずです。しかしながら、担当部局の示す「できない理由」にはパターンがあるので、対応を準備しておくことが可能です。主なパターンとしては、
①似て非なる政策を示して、類似の政策がすでにある、その予算を増額したと言われる場合。
②国が実施すべき政策である、と言われる場合。
③予算がない、と言われる場合。
④やりとりが堂々巡りになってしまう場合、何を言っても、同じ回答しか出てこない場合。
⑤こちらも知っている情報を、長い時間かけて説明し、要請活動が時間切れとなってしまう場合。
などが挙げられると思います。

事前の情報収集が不可欠

 上記のような「できない理由」を突破するためには、やはり事前の情報収集、それも現場の情報やデータが最も重要だと思います。そもそも事前の情報収集を徹底していれば、より具体的な中身の濃い政策を打ち出すことができるはずです。「工業高校教育の強化」という政策についても、金属労協では、
*地元の工業高校を見学し、教職員と情報交換・意見交換を行う。
*「ジュニアマイスター顕彰制度」の取り組みなど子どもたちや地域にとって魅力ある学校づくりが行われているかどうか、状況を把握する。
といった事前の情報収集を提案しています。筆者ももちろん工業高校の見学をしていますが、自治体ごとの違いは驚くほど大きなものです。昨年見学した山形県立米沢工業高校は、上杉鷹山公以来の伝統で、最近まで米沢城内に設置されていたほど、地域で重視されています。いまは建て替えにより移転していますが、建て替えの際に実習用機械も整備され、とくに機械で困っていることはない、ということでした。一方、今年見学したある県の工業高校では、
*機械によっては台数の半分が壊れている。
*芯のずれた旋盤やガタガタの製図台でも使わざるを得ない。
*修理しようとするとすぐ何十万円という金額になるので、修理できない。
*修理できないうちに、メーカーの部品の保管期限がすぎてしまう。
*コンピューター室のエアコンが修理できず、コンピューターの故障が心配。窓を開けているので砂埃もすごい。
などといったお話しを伺いました。もちろん特殊な事例では説得力がありませんが、こうし情報を積み重ねていくことにより、説得力のある要求、インパクトのある要請活動を行うことができます。

「行政事業レビューシート」の活用

 情報収集として有効なのは、「行政事業レビューシート」の活用です。ただし、この名称は自治体ではほとんど使用されておらず、自治体ごとに、予算見積調書、事業改善シート、事業評価調書など色々な名称がつけられていますので、注意が必要です。自治体のホームページでも、予算のところに掲載されていたり、政策評価のところだったり、さまざまです。
 行政事業レビューシートについては、2015年3月号の本欄でもご紹介していますが、自治体が実施している事業一つひとつについて、目的や事業内容、予算や執行状況(使途や支出先)、成果、点検結果などを記載したものです。自治体ごとに違いがありますので、中身がかなり薄い場合もあります。国では、国が行っている事業すべて(5,000超)について、シートを作成しており、自治体でもそうなっているとよいのですが、残念ながら都道府県では、すべての事業に関し作成しているところは見受けられません。
 このシートを見ると、たとえば労働組合の要求と「似て非なる政策」が存在する場合、それが役立っているのか、役立っていないとすればどこが問題なのか、などを分析することが可能となります。
 なぜ既存の政策ではだめなのか、既存の政策と要求する政策との違いは何か、を明確に説明することができれば政策の実現力は高まるでしょう。
 自治体がこうしたシートを作成していない場合、内容が不十分な場合、シートを作成している事業が少ない場合などは、まずはここから改善していくことが必要となります。

近隣自治体、ライバル自治体との比較が重要

 首長も担当部局も、そして県議会も、近隣自治体やライバル自治体の動向については、それなりに意識しているのではないでしょうか。
 週刊ダイヤモンド(2015年3月21日号)では、自治体の「ライバル意識率」の調査を発表していますが、鳥取と島根、富山と石川、岡山と広島などといった自治体のライバル意識が強いことが、数字で明らかにされています。茨城は栃木をライバルだと思っているが、栃木のライバルは群馬、というような事例もあります。
 担当部局から「国が実施すべき政策」と言われた場合、他の自治体で実施されている事例を知っていればただちに論破することができます。首長や地方議員の前で指摘できれば、大変効果的です。
 「予算がない」と言われた場合も、同様です。他の自治体、とくに近隣自治体やライバル自治体で実施されている事例を知っていれば、「○○県では実施しているのに、なぜわが県ではできないのか」という反論が可能となります。首長や地方議員にとって、格好のよい話ではないので、政策実現に大きな力となります。
 近隣自治体やライバル自治体と比較するためには、やはり行政事業レビューシートが役に立ちます。多くの自治体において、多くの事業に関して、中身の濃いシートが作成されれば、自治体同士の切磋琢磨につながります。

首長や担当部局、地方議員の「心を動かす」ことが重要

 担当部局とのやりとりが堂々巡りになってしまう場合や、こちらも知っているような情報を長々と説明されるような場合には、労働組合の主張に対し、担当部局からの反論の材料がなくなったということを意味しています。ディベートとしてはこちら側が勝っているわけですが、要請活動はディベート大会ではないので、要求が実現しなければ意味がありません。その点で首長、担当部局、地方議員の「心を動かす」ことがきわめて重要となります。
 筆者は3つの「そ」と呼んでいますが、首長や担当部局、地方議員に「そうだったのか」「そのとおりだ」「それでいこう」と思ってもらうことが不可欠です。そのためには、繰り返しになりますが、現場の情報やデータに基づく具体的な要求と、現行の政策や他の自治体との比較が不可欠となってくるのです。

「産官学金労言」の枠組みに積極参加を

 自治体、たとえば都道府県に対する政策・制度要求を実現するためには、まずは地方連合会の政策に盛り込み、地方連合会の要請活動を通じて実現を図るというのが基本となります。このほかには、「まち・ひと・しごと創生総合戦略」に基づきすべての自治体で策定された「地方版総合戦略」を推進するために、自治体ごとに設置されている「産官学金労言」の会議に積極的に参加し、発言していくというのも有効です。
 全国には1,700を超える自治体がありますが、すべての自治体に設置されている「産官学金労言」の会議に、地方連合会や連合地域協議会だけで対応することは困難です。誰も参加しなければ「労」の意見が反映されずに、自治体の戦略が推進されていくことになります。民間の単組や支部のみなさんが、積極的に参画していくことは、われわれが想像する以上に重要なことだと言えるでしょう。

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