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経済情勢をどう見るか・・・GDP統計

2022年10月18日
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利

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 賃上げや賃金水準について、「うちの会社は世間相場なんて関係ない、わが社の賃金はわが社で決めるんだ」、「それぞれ企業ごとに支払い能力に応じて決めればいい」、「能力や成果に応じて個人ごとに決めればいい」などといった主張もありますが、「なぜ春闘が必要なのか(1)」で触れているように、どのような企業であっても、世間相場、賃金の社会性から逃れることは不可能です。個別企業ごとの賃上げや賃金水準は、マクロ経済の状況に即して形成される社会的な賃上げ相場、社会的な賃金水準の中で、産業の状況や個別企業の事情を一定程度反映して決定されていく、というのが自然な姿であり、実態でもあります。
 春闘を通じて日本経済の成長に相応しい賃上げ、日本の経済力に相応しい賃金水準を実現するためには、まずは実質GDP成長率や消費者物価上昇率、そして失業率、有効求人倍率、鉱工業生産指数、景気ウォッチャー調査、小売販売額、機械受注、輸出入といった重要なマクロ経済指標をしっかりと読み取り、労使の共通認識としていくことが不可欠です。

GDP統計の活用で注意すべき点

 まずはGDP統計ですが、GDP統計を活用する際には、いくつか注意すべき点があります。 
 まず、実質GDP成長率を四半期ごとに見ていく場合、マスコミ報道では「前期比年率」という指標が使われています。前期比年率というのは、季節調整値の前期比成長率が、もし4四半期続いたらどうなるか、というデータです。仮に前期比成長率が0.5%だったとすると、
 100 × 1.005 × 1.005 × 1.005 × 1.005 = 102.0
ですから、前期比年率は2.0%ということになります。近似値ならば、
 0.5 × 4 = 2.0
となります。
 前期比年率の問題点は、まず第一に、あくまで架空の数字であるということです。「もし4四半期続いたら」という仮定の話ですし、4四半期連続で同じ前期比成長率となる可能性はほとんどないわけですから、そのような架空の数字で判断してよいのか、ということになります。
 問題点の第二は、「年率」と言いつつ、年や年度の成長率がどうなるのか、イメージできないということです。たとえば2021年度における前期比年率の成長率は、4~6月期が1.5%、以降、▲1.8%、3.9%、0.2%と推移しましたが、この4つの数字で、年度の上昇率2.3%をイメージすることは不可能です。
 一方、前年同期比の成長率は、もちろん実績値ですし、4四半期の数字を平均すれば、年や年度の成長率の近似値となります。2021年度における四半期ごとの前年同期比成長率は、7.3%、1.2%、0.5%、0.6%と推移していますが、これを足して4で割ると2.4%になり、年度の上昇率2.3%に近い数字となります。
 もちろん、「前年同期」に特殊な事情があった場合などは、前年同期比成長率だけでは判断できませんが、そのような場合は、(年率にしていない)前期比成長率のデータを併せて活用すればよいと思います。

 GDP統計では、在庫とソフトウェア投資の問題についても注意する必要があります。
 GDP統計では、産出された付加価値の中で、家計にも、企業にも、政府にも購入されず、輸出もされなかったものが在庫投資(民間在庫変動、公的在庫変動)としてカウントされます。在庫が拡大している場合、全体の成長率が高くても、景気はあまりよくない場合があるので要注意です。また逆に、在庫が減少していると、全体の成長率があまり高くなくても、実際には景気がいいということもあります。
 またGDP統計は、多数の基礎統計を統合して作成される加工統計なので、時間が経つにつれて使用できる統計が増えてきたり、基礎統計の数字の修正が行われると、GDP統計の数字の修正が行われることになります。ソフトウェアに対する投資は従来、生産活動の段階で消費される「中間消費」として扱われ、GDPの中に含まれていませんでしたが、設備投資(民間企業設備)の中に含まれるようになり、GDP統計の修正の振れ幅が大きくなっている点には注意が必要です。

足元のGDPの動向はどうか

 四半期ごとの実質GDP成長率の動きを「前年同期比」で見てみると、
2021年4~6月期 7.3%
   7~9月期 1.2%
   10~12月期 0.5%
2022年1~3月期 0.6%
   4~6月期 1.6%
となっています。
*2021年4~6月期の成長率が高いのは、前年同期(2020年4~6月期)の経済活動の落ち込みが甚大だったため。
*2021年10~12月期の成長率が小さいのは、前年同期(2020年10~12月期)の水準が比較的高かったため。
*2022年1~3月期の成長率が小さいのは、コロナの再拡大があったため。
ということになると思います。
 GDPの項目のうち、個人消費(民間最終消費支出)は、同じく前年同期比成長率で、
2021年4~6月期 6.8%
   7~9月期 0.4%
   10~12月期 1.5%
2022年1~3月期 2.0%
   4~6月期 3.1%
となっており、成長率が高まってきていることがわかります。とくに2022年4~6月期についてはコロナ禍が一服していたことが大きいと思います。
 一方、設備投資(民間企業設備)は、
2021年4~6月期 3.2%
   7~9月期 1.0%
   10~12月期 ▲0.3%
2022年1~3月期 ▲1.0%
   4~6月期 0.3%
と目立った回復が見られない状況が続いています。DX、GX、経済のデカップリング(分断)により、設備投資の拡大要因が山積しているにもかかわらず、こうした状況に止まっているのは、コロナ禍に端を発した部品・材料の供給不足がなかなか解決せず、ロシアのウクライナ侵攻に伴う資源価格の高騰、世界経済の不安定さなどが相まって、設備投資意欲にブレーキをかけてきたということがあります。直近の2022年4~6月期については、「名目」では4.3%とそこそこの成長率に回復していますので、設備価格の上昇が「実質」での不振を招いているものと思われます。
 輸出については、
2021年4~6月期 27.3%
   7~9月期 15.6%
   10~12月期 5.9%
2022年1~3月期 4.5%
   4~6月期 2.7%
と成長率が鈍化してきています。財務省「貿易統計」で中国向けの輸出数量の動きを前年同月比で見ると、ロックダウンなどの影響により、
2022年1月 ▲18.2%
   2月 8.5%
   3月 ▲13.0%
   4月 ▲22.6%
   5月 ▲17.6%
   6月 ▲15.1%
   7月 ▲9.9%
   8月 ▲9.1%
と大幅なマイナスが続いており、GDP統計の輸出にもそれが大きく影響しています。なお、中国向け輸出数量は、直近ではマイナス幅がやや縮小していますが、企業として、中国向け輸出の回復を期待するというよりは、これを機に、中国向け輸出や中国市場での販売、中国での生産に依存しないビジネスモデルを構築するという姿勢が重要となっています。

経済予測の代表的なもの

 経済予測はさまざまな機関から発表されていますが、このうち代表的なものとしては、
*政府によるもの
*日本銀行によるもの
*公益社団法人日本経済研究センターが発表している「ESPフォーキャスト調査」
*第一生命経済研究所が発表している「日本経済見通し」
があります。

 政府は、毎年12月に「経済見通しと経済財政運営の基本的態度」を発表し、1月にこれを閣議決定します。また7月には「内閣府年央試算」が示されます。
*年に2回しか発表されない。
*純粋な予測というよりは、政策的な意図が込められている場合がある。
という点で使いにくさがあります。

 日本銀行では毎年4回(1月、4月、7月、10月)、「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)を発表しています。2022年10月は、28日に発表が予定されています。
*年に4回しか発表されない。
*実質GDP成長率、消費者物価上昇率(除く生鮮食品)、消費者物価上昇率(除く生鮮食品・エネルギー)という3つの指標しか発表されない。
という問題があります。

 「ESPフォーキャスト調査」は、もともと経済企画庁の外郭団体だった経済企画協会が発表していたものを、日本経済新聞社系のシンクタンクである日本経済研究センターが引き継いだものです。民間調査機関おおむね40機関程度の経済予測の平均を集計したもので、毎月半ばに発表されています。エコノミストがどのように経済状況を見ているのか、その「コンセンサス」を示すものであり、あたりはずれはともかく、数字の納得性・説得性に優れたデータだと思います。

 「ESPフォーキャスト調査」では、民間調査機関のそれぞれの予測について「パフォーマンス評価」を行っており、予測を担当しているエコノミストについて、成績がとくに優秀な者数名を「優秀フォーキャスター」として発表しています。2008年度から2021年度までの14年間の予測のうち、2019年度を除く13年間において「優秀フォーキャスター」に選出されているのが第一生命経済研究所の新家義貴(しんけ・よしき)氏です。
 第一生命経済研究所の予測は、成績が優秀というだけでなく、新しいGDP統計が発表されると、その直後に予測が発表されるという利点があります。GDP統計は、算出に使用できる基礎統計が増加したりすると、数字が修正されていきますが、前年同期比や前期比の成長率の予測数値は、前年同期や前期のGDP統計が修正されてしまうと、極端に言えば、その瞬間から無意味な数字になってしまいます。第一生命経済研究所の予測は、新しいGDP統計に合わせて直ちに修正されるので、大変使いやすいということが言えます。

2022年度、2023年度の成長率はどうなるか

 2022年度通期の実質GDP成長率予測は、
政府(7月時点)        2.0%
日本銀行(7月時点)      2.4%
民間調査機関平均(ESPフォーキャスト調査、10月時点) 1.92%
第一生命経済研究所(9月時点) 1.7%
となっています。2021年度の実績が2.3%ですので、これをやや下回る2%弱程度というのがコンセンサスだと思います。
 一方、2023年度については
政府(7月時点)        1.1%
日本銀行(7月時点)      2.0%
民間調査機関平均(ESPフォーキャスト調査、10月時点) 1.26%
第一生命経済研究所(9月時点) 1.0%
ですから、1%ないし1%超という程度がコンセンサスになっています。

*この記事に関するバックデータは、会員向けの記事において、随時、提供していきます。

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