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賃上げの参考書(2)日本の賃金水準低下の背景

2024年4月12日
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利

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<概要>

*「日本企業にとって人件費引き下げ圧力となったもの」という点で、真っ先に頭に浮かぶのは、①東西冷戦の終結に伴うグローバル経済化による途上国、新興国、移行国を含めた熾烈な国際競争、②株主重視経営への転換、であるが、日本企業において、熾烈な国際競争が人件費引き下げの理由になったのは事実だとしても、だから人件費引き下げはやむを得なかった、ということにはならない。新興国・途上国の企業との低賃金・低価格競争の渦中に自ら飛び込んでしまったのには、そうした行動を後押しする別の事情があるはず。

*株主重視経営についても、欧米系企業に比べて低い人件費水準、労働分配率、売上高人件費比率を正当化する理由にはならない。

*日本企業に対する人件費の引き下げ圧力となったのは、バブル崩壊以降、第2次安倍内閣の発足まで続いた長期にわたるデフレである。物価が下落するのは、経済全体の供給力に比べ、需要が少ないからであるが、これは、①必要生計費が減少するため、人件費を引き下げても生活は維持できる、やむをえないという雰囲気が醸成される、②雇用が過剰となっているので、人員整理を回避するため、あるいは人員整理の規模を可能な限り縮小するために人件費引き下げが行われる、③必然的に低成長・ゼロ成長にならざるをえないが、現場の物的生産性は向上していくので、雇用の過剰が拡大していく、④企業では増益確保が至上命題であり、物価が下落すると、そのままでは減益になってしまうので、人件費を引き下げて利益を捻出することになる、⑤需要不足による物価下落は、中央銀行による資金供給が不十分であることから発生するが、日米において、米国に比べ日本の金融緩和の度合が小さい場合、為替相場は円高となるので、輸出産業の業績が悪化し、人件費引き下げを促進する、⑥円高は、国内投資の抑制や生産拠点の海外流出、それによる競争力の弱体化を招き、一層の人件費の引き下げにつながる、といったルートで、人件費引き下げ圧力となる。

*なぜ需要不足による物価の下落が放置されていたのかは、明確にはわからないが、バブル経済を収束させた三重野日銀総裁が示していた、高齢化によって「人手不足経済」が到来する中で、人手不足が物価上昇につながらないように、金融政策を含めた総需要管理を徹底する、企業に安定成長に見合った強固な経営体質づくり、リストラクチャリングを促す、という姿勢が受け継がれていた、と考えるのが自然である。

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