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(浅井茂利著作集)GDP統計は経済動向を適切に示しているか

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1586(2015年1月25日)掲載
金属労協政策企画局次長 浅井茂利

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 2014年7~9月期のGDP統計は、2期連続のマイナス成長ということで、世の中に大きな衝撃を与えました。消費税率引き上げを前にした駆け込み需要があったので、引き上げ直後の4~6月期については、反動減により前期比マイナス成長となることは誰しも想定していましたが、反動減がある程度落ち着くはずの7~9月期には、少なくとも4~6月期よりはプラスになるのが当然だろうと見られていました。しかしながら現実には、2期連続のマイナス成長となり、その上、12月に発表された「2次速報値」では、11月の「1次速報値」よりも「下方修正」と報道されたため、経済の落ち込み感はさらに大きなものとなりました。
 先月号(2014年12月25日号)の本欄で指摘したとおり、駆け込み需要の反動減、消費税率引き上げによる消費意欲の減退、天候不順に加え、金融緩和の縮小があったので、ある程度の落ち込みはやむをえないところですが、それでも7~9月期の落ち込みは大きすぎるように感じられます。

2期連続のマイナス成長

 2014年11月に発表された2014年7~9月期の実質GDP成長率(1次速報値)は、前期比△0.4%、前期比年率△1.6%、前年同期比△1.2%となりました。いずれの数値も、4~6月期に続いて2期連続のマイナス成長となっています。4月の消費税率引き上げを前にした駆け込み需要が想定以上に大きかったため、反動減もある程度大きくなることは、あらかじめわかっていましたが、実際の経済の落ち込みは、反動減を大きく超える状況となりました。
 4~6月期に大きく落ち込んだため、反動減がある程度落ち着くはずの7~9月期には、さすがに前期比ではプラスになるだろうと予測されていたのが、実際には引き続きマイナス成長となってしまい、世の中に大きな衝撃を与えました。安倍総理が消費税率再引き上げの延期を決断した、最後のひと押しにもなったのではないかと思われます。
 加えて、12月に発表された「2次速報値」では、前期比が△0.5%、前期比年率が△1.9%、前年同期比が△1.3%にそれぞれ「下方修正」されたため、景気後退感は、さらに強まりました。

前期比年率では判断を誤る

 若干、GDP統計の説明をしますと、GDP統計というのは、たとえば「GDP調査」というような、直接的な調査データがあるわけではなく、家計調査とか、建築物着工統計とか、法人企業統計とか、家計や企業などに対して直接調査を行った統計データを組み合わせて加工し、推計した統計です。時間が経過すると、利用できる統計データが増えていくので、GDP統計も修正されていきます。「1次速報値」「2次速報値」などとあるのは、そのためです。
 GDP統計は四半期ごとに集計されますので、前期比というのは、前の四半期からの増減率、前期比年率は、前の四半期からの増減率が仮に4四半期続いた場合の増減率、前年同期比は、2014年7~9月期であれば、2013年7~9月期からの増減率です。
 統計データでは、前年同期(同月)比の増減率が一番重視されるのが普通です。消費者物価上昇率などは、その典型と言えます。しかしながら、おそらくアメリカの影響だと思いますが、日本のGDP成長率については、「前期比年率」がマスコミでは一番大きく報道されています。
 これに対し、最近は中国のGDPの数値などもよく報道されますが、中国をはじめアジア諸国のGDP成長率を語る時は、いまでも「前年同期比」を使うのが普通です。
 前期比年率は、前の四半期からの増減率が、「仮に4四半期続いたとしたらどうなる」という仮定に立った架空の数値です。それにもかかわらず、数値自体はおおむね前期比増減率の4倍(厳密には4倍ではない)になりますので、小さな動きを大きく見せる、という効果があります。たとえば、2014年7~9月期の1次速報値と2次速報値を比べると、前期比の成長率は0.1%ポイントの下方修正ですが、前期比年率では、0.3%ポイントの下方修正となってしまいます。0.1%ポイントの下方修正であれば、誤差の範囲のように感じられますが、0.3%ポイントであれば、大変な下方修正のように見えます。
前年同期比の下方修正が0.1%ポイントであることからしても、0.3%ポイントという前期比年率の修正幅は、実態を表していないように思われます。

本当は上方修正だった7~9月期

 12月の2次速報値において、7~9月期の数値が「下方修正」されたというのは、あくまで「成長率」の話です。「金額」で見ると、実は上方修正だったというのは、あまり知られていないように思います。
 7~9月期の国内総生産額(実質・季節調整値)は、「1次速報値」では522.8兆円(年額に換算しているので、実際はその4分の1)でしたが、「2次速報値」では523.8兆円と、ごくわずかですが「上方修正」されています。金額が上方修正なのに、成長率が下方修正となってしまった原因は、比較対象である前期と前年同期の金額も、この時点で同時に上方修正され、その修正幅のほうが大きかったためです。2014年4~6月期の国内総生産額の修正率はプラス0.24%、2013年7~9月期の修正率はプラス0.26%ですが、2014年7~9月期の修正率はプラス0.18%にすぎませんでした。
 過去のデータの修正は、当然行われるわけですし、そもそも1期間の増減率が、4期間も続くなどというのはありえないことです。「前期比年率」ばかりに目を奪われていると、判断ミスを犯すことになりかねません。実際の金額の変化や前年同期比など、幅広く目配りをしていくことが、経済の動向を的確に把握するために絶対に必要です。

個人消費の問題

 GDP統計でもうひとつの大きな問題は、個人消費の数値が実態を適切に表しているのかどうか、という点です。
 個人消費は、総務省統計局の「家計調査」が最も基本的な統計データとなっているのですが、「家計調査」の信頼性の低下が、とりわけ4月に入って以降、著しいように思われます。
 「家計調査」の調査世帯は、「2人以上の世帯」が8,076世帯、「単身世帯」が673世帯にすぎず、実際に回答する世帯は、もう少し少なくなっています(2014年10月の「2人以上の世帯」では7,775世帯)。
 その数であっても、日本全体の消費の動向を示すデータが得られればよいのですが、「家計調査」は、いわば詳細な家計簿をつけてそれを提出する調査なので、普通の世帯では、なかなか回答することが困難です。対応可能な世帯の結果を集計すると、バイアスが避けられないのではないか、ということが以前から指摘されていましたが、とりわけ4月以降の動向を見ると、調査結果が偏っているのではないか、その影響が見過ごせないのではないかと思われます。
 たとえば、「家計調査」で、「2人以上の世帯のうち勤労者世帯」における「勤め先収入のうち世帯主収入」を見ると、2014年4~6月期には前年同期比△0.3%、7~9月期には同じく△1.5%とマイナスが続いています。ところが、厚生労働省の「毎月勤労統計(毎勤統計)」の一般労働者の現金給与総額を見ると、4~6月期は前年同期比でプラス1.2%、7~9月期がプラス2.0%と、家計調査とはまったく異なる動きとなっています。家計調査と毎勤統計が違った動きを示すことは、けっして珍しいわけではありませんが、 それでも最近のズレは、過去20年間で最大級と言えるでしょう。
 厚労省の「毎勤統計」は、約33,000事業所の労働者の賃金調査ですから、家計調査より大規模であるだけでなく、調査内容がシンプル、記入者が業務として回答している、などという点で、信頼性の高い調査であると言えます。家計調査と毎勤統計に乖離があれば、家計調査に問題がある、と考えるほうが自然です。もし「家計調査」のデータが、収入の状況を適切に表していないとすれば、支出(消費)のデータも、状況を適切に表すものになっていない、ということになります。


家計調査の抜本的な改革が重要課題

 夫婦の片方が働いているというのであれば、詳細な家計簿をつけることも可能かもしれませんが、両方が働いている世帯では、かなり難しいのではないでしょうか。「家計調査」の調査依頼は、困難になる一方であろうと思われますが、消費の実態を網羅的に調査する公的な統計は、5年に1度、総務省統計局が実施する「全国消費実態調査」を除けば、家計調査しかありません。経済産業省の商業販売統計のような販売側のデータで補強するとしても、それには限度があります。
 GDPの6割を占める個人消費の実態を、適切に把握できているかどうかわからないということは、単にGDP統計が信頼できるかということに止まらず、政府や金融当局の経済運営を誤らせかねない、まさに由々しき問題だと思います。
 筆者としては、
*調査対象世帯に特別なクレジットカードを貸与し、支出については可能な限り、それを使用してもらい、データを収集する。
*調査期間終了後、ある程度の期間を経過した後に、相応の報酬を支払う。(報酬の支払いが、調査期間中の消費行動に影響を与えないようにしなければならない)
といったアイデアを持っています。スマホの「家計簿アプリ」も、活用できるかもしれません。どのようなやり方にしても、プライバシーの問題は避けられませんが、調査用紙での回答よりは、クレジットカードなどのデータのほうが、プライバシー保護になるかもしれません。
 いずれにしても、「家計調査は使えない」で済ませることのできる問題ではないので、幅広く議論を行い、色々な知恵を出し合って、「家計調査」の再構築を図っていくことが不可欠なのではないでしょうか。

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