見出し画像

(浅井茂利著作集)外国人技能実習制度の改善に向けて

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1584(2014年11月25日)掲載
金属労協政策企画局次長 浅井茂利

<情報のご利用に際してのご注意>
 本稿の内容および執筆者の肩書は、原稿執筆当時のものです。
 当会(一般社団法人成果配分調査会)は、提供する情報の内容に関し万全を期しておりますが、その正確性、完全性を保証するものではありません。この情報を利用したことにより利用者が被ったいかなる損害についても、当会および執筆者は一切責任を負いかねます。


 外国人技能実習制度については、2010年に大幅な制度改定が実施され、それまでは、入国後1年間は労働者として扱われず、労働法の保護が受けられなかったのが、おおむね2カ月間の座学終了後に雇用契約が締結され、労働法、社会保険が日本人従業員と同様に適用されるようになるなど改善が図られました。しかしながら、実習生の受け入れ機関(監理団体や受け入れ企業)による不正行為や、行方不明者などは、いったん改善したものの、その後、再び悪化してきています。
 一方、2020年東京オリンピック・パラリンピック開催などによる建設業での人手不足に対応するため、建設業、造船業に対し、時限措置として、技能実習修了者を対象とした新たな外国人労働者受け入れ制度が導入されることになり、その制度設計が進められています。また並行して、外国人技能実習制度自体についても、見直し作業が行われていますが、こうした見直しは、あくまでも外国人技能実習生の人権の状況を改善し、実習生による技能の修得、発展途上国への技能移転という、制度本来の趣旨・目的を具体化するものでなくてはなりません。

外国人技能実習生をめぐる状況は悪化している

 外国人技能実習制度において、不正行為を行った監理団体や受け入れ企業の数は、2010年に163機関となり、前年(360機関)から大幅に減少しました。それまで認められていなかった、入国1年目の残業が合法化されたことが、影響しているものと思われますが、それにもかかわらず、その後は2011年184機関、2012年197機関、2013年230機関と、毎年悪化の一途を辿っています。
 2013年における不正行為の類型別件数は、「悪質な人権侵害行為」が102件と最も多くなっていますが、このほか「研修・技能実習計画との齟齬」が87件、入国後おおむね2カ月間の座学期間中の業務への従事が79件、労働関係法令違反の25件などが、目立つところとなっています。
 一方、2~3年目の技能実習生の行方不明者数は、2007年度に2,138名に達していたのが、2009年度に954名、2010年度には1,052名とほぼ半減しました。しかしながらこれも、2011年度1,115名、2012年度1,532名と激増しています。
 死亡者数は2008年度の35名をピークに減少し、2012年度は19名となりました。ただし、「脳・心疾患」は減少しているものの、その他の要因については顕著な改善は見られません。

外国人技能実習制度に対する海外からの批判

 日本の外国人技能実習制度については、従来から強制労働との批判がありますが、アメリカ政府の発表している「人身売買報告書」で2010年と2014年とを比較して見ても、外国人技能実習制度に対する記載は、大幅に増えています。2014年の報告書で指摘されている問題点としては、
*過剰な手数料、保証金、罰則が設けられ、実習生となるために何千ドルも支払い、実習をやめようとすると没収される。
*パスポートなどを取り上げ、行動を制限する。契約書を隠される。
*本来の目的である技能ではない仕事に従事させられる。
*賃金が不十分、またはまったく支払われない。
*せま苦しく断熱性の低い住居の賃料として、法外な金額を要求されることで借金を抱え続ける。
などがあります。海外の送り出し機関の問題も含まれていますが、そうであっても、制度を構築している日本の責任であることは明らかです。実習生にとって、債務労働や人権侵害が重大な問題であるのは当然ですが、人権問題で対外的な信用を毀損することが許されない状況にあるわが国にとっても、国益を著しく損なうところとなっています。国内でも、日本弁護士連合会は、「新制度下においても、多くの問題事例が発生しているのであって、制度の抜本的な見直しが喫緊の課題である」として、「外国人技能実習制度を廃止した上で、非熟練労働者の受入れを前提とした在留資格を創設」すべきであると主張しています。

2020年度までの時限的な外国人労働者受け入れ制度

 首都圏での再開発ラッシュや震災復興需要に加え、景気の回復、2020年東京オリンピック・パラリンピック開催決定などにより、とくに建設業および建設業と職種が競合する造船業において、人手不足が深刻化することになりました。
 このため政府は、建設業と造船業に関し、2015年度から2020年度までの時限措置として、技能実習修了者が「特定活動」という入国資格で、業務に従事できるようにすることにしました。いったん本国に帰国し、1年以上経過している場合は最大3年間、技能実習に引き続き、もしくは帰国して1年未満で再入国の場合には最大2年間、就労できることになっています。

外国人技能実習制度見直しの動き

 こうした時限的な受け入れ制度導入とともに、外国人技能実習制度自体についても、実習期間を3年から5年に延長することを柱とした見直し作業が進められています。
 法務省の「第6次出入国管理政策懇談会・外国人受入れ制度検討分科会」が2014年6月にとりまとめた「技能実習制度の見直しの方向性に関する検討結果」によれば、
*制度を廃止するのではなく、指摘されている問題点を徹底的に改善した上で、活用する。
*技能の修得・移転という制度本来の趣旨・目的を離れて制度を利用することが困難な制度とする。
*人権侵害が発生しないよう十分に配慮し、単純労働・低賃金労働で制度が利用されているという批判を受けないような枠組みにする。
という基本的な考え方に立って、
*実習修了時の技能評価試験を義務づける。
*複数の技能を修得できるよう、技能実習計画を見直す。
*JITCO(国際研修協力機構)などが実効ある監視を行えるよう体制整備を行う。
*不適正な監理団体・受け入れ企業に対し新たな罰則を設け、制度から排除する。
*本来の要件である「日本人が従事する場合の報酬と同等額以上」の実効性を高めるため、具体的指標を定める。
*送り出し機関は、相手国政府が認定する優良な機関に限定する。
*一定の要件を満たす実習生により高度な技能実習を行うため、2年程度の実習期間の延長または高技能実習を認める。
*現行でおおむね2カ月の座学期間について、柔軟に対応する。
*団体監理型の受け入れ人数枠について、きめ細かい区分を設け、優良な受け入れ機関に対し、人数枠の増加を認める。
*多能工化や技術の進歩を踏まえて、職種の追加を認める。
ことなどが提案されています。

外国人技能実習制度改善に向けた論点

 日弁連のように、外国人技能実習制度を廃止して、韓国で導入されている、実習という建前を取り払った短期就労制度を創設すべきという意見もあります。しかしながら、建前と実態に乖離があるからといって、建前を捨て去ることで、実態が改善するかどうかはわかりません。
 本来は本国の発展に尽くすべき、働き盛りの人材に日本で働いてもらうわけですから、単に労働力として活用するというのではなく、その間に技能を身につけてもらい、帰国後、本国の発展に役立ててもらう、という基本姿勢は捨て去るべきではないと思います。
 そうした前提で改善すべき点としては、
①パスポートの保管など現在でも禁止されている行為について、取り締まりと処罰を徹底する。
②実習生が送り出し機関やブローカーなどに対し、債務を負わないようにする。
③実習生の意思で受け入れ企業の変更ができるようにする。
④技能教育と生活指導が適切に行われるような受け入れ人数枠とする。
⑤日本人と「同等額以上」の報酬を徹底する。
⑥実習修了時の技能検定3級受検を義務づける。
といったことではないかと思います。
 ②については、法務省の報告書で提案されているような、相手国政府認定の送り出し機関への限定などは、当然のことですが、債務労働の事実を監理団体や受け入れ企業が感づいた場合に、見て見ぬふりのできない仕組みにしていかなくてはなりません。
 ③については、実習生が特定の受け入れ企業から移動することができなければ、強制労働につながりやすく、また受け入れ企業に対して、賃金・労働条件を労働市場の実勢に即したものにするプレッシャーをかけることができません。建設業と造船業の新しい受け入れ制度では、受け入れ企業の変更(転職)が可能になるものと思われますが、監理団体が外国人就労者と受け入れ企業の話し合いを仲介することなどにより、過度に転職を抑制することにならないように注意しなくてはなりません。
 ④については、1年間の受け入れが常勤職員20名ごとに実習生1名という「5%ルール」が原則(中小企業は別途基準)とされていますが、団体監理型の場合、たとえば農協を監理団体とし、その組合員(非法人)が実習を実施する場合、農家一軒で2名、3年間なので常時6名を受け入れていることが可能となっています。2013年に不正行為を行った受け入れ企業(法人・個人含む)数を見ると、210の中で「農業・漁業関係」が実に79を占めています。前述のような受け入れ人数枠では、適切な技能教育や生活指導を期待することは困難です。「5%ルール」をどのような規模の受け入れ企業であっても徹底するような、受け入れ枠の適正化が不可欠です。
 ⑤の日本人と「同等額以上」の報酬については、建設業の新しい受け入れ制度のガイドライン案では、対象者が3年間の技能実習の修了者であることから、「3年間の経験を積んだ日本人の技能者に支払っている報酬」が目途とされています。
 ただし、対象となる日本人がいない場合、賃金表などで支払われるべき報酬額を提示すればよいということになっているので、実体のない賃金表が提示される懸念があります。社内の賃金水準とともに、社会的な水準をも考慮した「同等額以上」が確保されるような仕組みにする必要があります。
 技能実習期間を5年間に延長するという点については、
*3年間でいったん帰国し、
*本国で一定期間、当該職種に従事し、
*一層のスキルアップのための再実習。
という場合には、再実習を許可すべきであると思います。しかしながら、3年間を延長しての5年間という仕組みは、
*2年間の延長で、技能はより習熟するものの、新たに習得できるスキルがどれだけあるのかは疑問。
*継続した5年間の実習よりも、いったん帰国し、当該職種に従事したのちの再実習のほうが、効果的ではないか。
*本国の発展に尽くすべき、働き盛りの人材を5年間も日本に留めておくというのは、本国にとってマイナスではないか。日本のエゴということにならないか。
*実習生の家族関係にも、大きな影響をおよぼすのではないか。家族帯同やその就労の問題も避けられないのではないか。
*これらのことから、実習生のモチベーションを損なうのではないか。
といったことが論点とされるところであり、十分慎重に判断すべきでしょう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?