(浅井茂利著作集)2022年闘争を振り返る(2022年発表のものです。ご注意ください)
株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1676(2022年7月25日)掲載
金属労協主査 浅井茂利
<情報のご利用に際してのご注意>
本稿の内容および執筆者の肩書は、原稿執筆当時のものです。
当会(一般社団法人成果配分調査会)は、提供する情報の内容に関し万全を期しておりますが、その正確性、完全性を保証するものではありません。この情報を利用したことにより利用者が被ったいかなる損害についても、当会および執筆者は一切責任を負いかねます。
連絡先:info@seikahaibun.org
2022年闘争は、わが国の低い賃金水準や労働分配率がクローズアップされ、政労使を含め社会的な共通認識となる中で、JC共闘の賃上げ額は2014年以降で最高水準となるなど、従来と異なる展開となっています。こうした状況を踏まえつつ、今後の春闘の課題について、考えてみようと思います。
JC共闘における賃上げ獲得組合の割合
2022年闘争の賃上げ獲得状況についてJC共闘の全体集計(5月下旬時点)を見てみると、次のような状況となっています。なお、ここで「賃上げ」とは、いわゆるベースアップなどを意味しており、賃金構造維持分は含みません。
まず、回答引き出し組合における賃上げ獲得組合の割合ですが、回答引き出し2,294組合中、賃上げ獲得は1,439組合、その割合は62.7%となりました。これは2020年の51.3%、2021年の38.4%を大幅に上回るものですが、コロナ禍前と比較すると、全体での賃金闘争が復活した2014年からコロナ発生前の2019年までの平均的な水準と言えます。2014年以降で最も高かった2018年の69.9%と比べると、7.2ポイント下回っています。
組合規模別では、組合員1,000人以上の大手組合では78.0%となっているのに対し、299人以下の中小組合では56.7%に止まっています。2021年からの回復の度合いで見ても、大手では37.9ポイント上昇しているのに対し、中小では20.4ポイントに止まり、上昇幅は大手の半分ということになります。
平均賃上げ額は2014年以降で最高水準
次に、賃上げ獲得組合における賃上げ額の平均は1,796円となっており、2014年以降では、2015年の1,804円(同時期)と並ぶ最高水準となっています。ちなみに2015年は、2014年4月の消費税率引き上げにより、過年度消費者物価上昇率が高く、このためJC共闘の要求基準は「6,000円以上」となっていました。2022年闘争の要求基準は「3,000円以上」でしたが、2015年に匹敵する賃上げを獲得しました。
組合規模別で見ると、大手組合が1,709円、300~999人の中堅組合が1,607円、中小組合が1,886円となっており、6年連続で中小が大手を上回ることとなりました。ただし、中堅組合は4年振りに大手を下回っています。
また、賃金水準が大手組合に比べて低い中小組合において、大手を上回る賃上げを獲得するだけでなく、あるべき賃金水準を掲げ、数千円、数万円という引き上げを実現した組合も見られたことは特徴的と言えます。
クローズアップされた日本の低賃金、低労働分配率
2014年以降で最高水準の賃上げを獲得した背景には、日本の低賃金、低労働分配率がクローズアップされるようになったこともあると思います。
2021年11月に発表された政府の「新しい資本主義実現会議」の「緊急提言」では、
*我が国の労働分配率は、2010年代の経済成長に伴い低下傾向にあり、OECDによると、2019年の日本の労働分配率は50.1%であり、米国(52.8%)やドイツ(52.3%)などと比べて低い水準にある。
*成長と分配の好循環を実現するための鍵は賃上げである。
*来春の労使交渉では、新しい資本主義の考え方に基づいて、労働分配率の向上に向けて、事業環境に応じた賃上げが行われるよう、政府、民間企業、労働団体がそれぞれの役割を果たしていくことが必要である。
と指摘しています。
また、「新しい資本主義実現会議」に提出された「賃金・人的資本に関するデータ集」には、1991年を100とした1人あたり実質賃金の伸び率の国際比較が掲載されていますが、2019年に日本はわずか105に止まっているのに対し、英国は148、米国が141、フランス、ドイツが134となっています。
金属労協では従来より、国際比較で見たわが国の低賃金、低労働分配率を指摘してきましたが、ようやくそうした事実が、社会全体の共通認識になったということになります。
人手不足の状況
賃上げの背景のひとつとして、人手不足、とりわけ人手の流出が加速しているという指摘もあります。コロナ禍が続く中でも完全失業率は低下傾向が続いており、2022年4月には2.5%となっています。
有効求人倍率も2020年9月には1.04倍に悪化していたのが、2022年4月には1.23倍に回復しています。コロナ発生前の2019年の同月と比べると、いまだ0.39下回っていますが、「生産工程の職業」で見ると、2019年4月の1.74倍に対し、2022年4月には1.87倍となっており、すでに3年前を上回っています。
とくに有効求職者数の推移を見ると、「職業計」ではこの3年間で14.0%増となっているのに対し、「生産工程の職業」ではマイナス9.8%となっています。金属産業を担う職種の不人気が顕著となっており、こうした傾向が賃上げ結果に反映されている可能性があります。
交渉における変化
賃上げ結果だけでなく、労使交渉の経過の中でも、変化が見られるとの指摘があります。もともと2022年闘争をとりまく環境は、絶好調というわけではありませんでした。2021年度の企業業績こそ大幅に回復し、史上最高益の企業も少なくない状況ではありましたが、半導体をはじめとする部品供給の停滞、エネルギー価格の高騰、ロシアのウクライナ侵攻など、産業・企業をとりまく環境は日々悪化していきました。しかしながら、
*「人への投資」の必要性について、労使がこれまで以上に認識を深めることができた。
*企業が、コロナ禍における従業員への協力・努力や生産性向上に報いる姿勢を示した。
*DXやカーボンニュートラルへの対応など産業が大変革期にあることから、企業は変革を担う人材の獲得や定着に向けて、初任給や若年者賃金の引き上げに積極的な姿勢を見せた。
*「固定的な支出増である賃上げの累積は、企業にとって重荷である」「賃金以外の一時金や福利厚生も含めて、配分すべきである」という従来の経営側の主張が、前面に出てこなかった。
などという変化が指摘されており、これが2014年以降で最高水準の賃上げ、要求満額を獲得する組合も少なからず見られた、という成果につながっているものと思われます。
変化は一時的か、永続的か
問題は、こうした変化が一時的なものなのか、永続的なものなのか、ということだと思います。
わが国経済は、1980年代後半以降、円高不況、バブル経済、その崩壊、その後の「失われた20年」と、苦難の道を歩んできました。この間、東西冷戦終結後の経済のグローバル化、国際競争の激化とも相まって、1990年代後半以降には、企業は総額人件費の抑制と人件費の変動費化を進め、それが低賃金、低労働分配率として、今日に至っています。
2014年以降は、ベースアップなどの賃上げが毎年行われるようになりましたが、2022年闘争では、前述のように2014年以降の趨勢を上回る賃上げを獲得する状況となっています。継続的な賃上げの必要性に対する認識が深まり、「総額人件費抑制・人件費の変動費化ありき」という1990年代後半以降の経営側の姿勢に変化が見られるのかどうかが焦点と言えます。
日本鉄鋼連盟の橋本英二会長は、3月29日の定例会見において、2022年闘争において高炉3社が1998年以降で最大の賃上げ回答を示したことについて、日本製鉄社長として、「良い方向に転換したと受け止めている。企業物価の低さを是正する観点だけでなく、人材の採用・定着という点でも(経営者として)継続的に賃上げを実施していく覚悟が必要」と発言しています。 現時点では、必ずしも経営者全体の共通認識というわけではないと思いますが、今後、広く共有化されることを期待したいところです。
2023年闘争に向けた課題
賃上げ額の平均では中小組合が大手組合を上回っているものの、賃金構造維持分の規模間格差が大きいことから、賃上げ額とともに、賃金構造維持分の格差に着目した取り組みが行われるようになっています。中小組合の中には、賃金構造維持分が明確でないところも少なくなく、賃金制度の整備や自社の賃金分析を通じて、賃金構造維持分を労使で明確化し、確保していくことが不可欠です。
こうした観点から、ここ数年、いわゆる純ベア方式一本ではなく、さまざまな方式での取り組みが行われてきています。しかしながらこれによって、要求・回答内容の相互理解が困難になっているという問題もあり、その解決が課題となっています。
2021年度の消費者物価上昇率は、ほぼ0%と見込まれていましたが、交渉段階では、食料品やガソリン価格など生活必需品の価格上昇が顕著となりました。2023年闘争における過年度物価上昇率である2022年度は、2%程度が見込まれています。物価上昇の要因が需要拡大ではなく、資源・エネルギー価格の高騰であることから、2023年闘争では、物価上昇による生活の圧迫という側面と企業収益の圧迫という側面とを両方、見極めていくことになりますが、労働組合として、組合員の生活の安定、実質賃金の維持・向上を基本に要求を組み立てていく必要があります。幸い現時点では、2022年度の企業業績は2021年度をやや下回るものの、それでも高水準に止まることが予測されています。
いわゆる「ジョブ型」の賃金・処遇制度がクローズアップされ、すでに具体的な制度改定が行われている企業も見られます。「ジョブ型」の捉え方は、企業によってさまざまですが、職場の実態にそぐわず、生産性や職場全体のモチベーションの低下、生活や雇用の不安定化を招きかねない制度が拙速に導入されることのないよう、注意していくことが重要です。また、一部では、いわゆる「ジョブ型」を人材の流動化促進や解雇規制緩和と関連付ける主張も見られますが、賃金・処遇制度と解雇規制とは別問題であり、ジョブ型の導入が、解雇の金銭解決や整理解雇の四要件の緩和などに利用されることのないよう、注視していかなければなりません。
根拠のある賃上げへ
政労使で確認してきた「生産性運動三原則」を実践し、「国民経済の実情」に応じた「成果の公正な分配」を実現していくためには、
*賃上げは、マクロ経済指標を反映した社会的相場を踏まえ、その中で産業・企業の事情を加味しつつ決定する。
*マクロの実質生産性の成長成果が、実質賃金に反映されることを基本とする。
という点について、労使の認識の共有化を図り、具体化していくことが重要です。
政府ではいま、EBPM(証拠に基づく政策立案)を進めていますが、労使においても、マクロ経済の根拠に基づく賃上げを実施していくことにより、「総額人件費抑制・人件費の変動費化ありき」というくびきから完全に脱却し、ドイツやフランスのような「高賃金・高生産性」の産業構造への変革を遂げていかなくてはなりません。
マイナス成長や物価が下落したらどうするのだ、という懸念もありますが、
*わが国では、現金給与に占める所定外賃金や一時金の割合が高く、マイナス成長や物価下落の影響を吸収できる。
*景気回復・拡大の期間は、景気後退の期間よりもはるかに長い。マクロ経済を反映した配分が、安定的・持続的な成長につながり、景気後退のリスクを小さくすることにもなる。
*何らかのショックによってマイナス成長や物価下落が生じた場合でも、適切な金融政策により長期化させないことが可能である。
と言えると思います
根拠に基づく賃上げを通じて、配分構造の転換を図り、成長に見合った賃上げ、経済力に相応しい賃金水準を追求していくことが、産業・企業の健全な発展と働く者の永続的な生活向上、そして経済の持続的な成長にとって不可欠となっています。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?