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(浅井茂利著作集)CSRの観点から見たユニオン・ショップ

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1615(2017年6月25日)掲載
金属労協政策企画局長 浅井茂利

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 CSR推進機関が策定しているCSR指針の中で、「労働者の組合非加入の権利」を記載する事例が出てきており、その場合、ユニオン・ショップ協定との関係はどうなのか、が議論になる可能性があります。
 CSR指針は、当該CSR推進機関に参加している企業だけでなく、その企業の取引先についても、遵守が求められるわけですから、仮にCSR指針の認証取得審査の際、ユニオン・ショップが不適切と判断されれば、わが国の労使関係に大きな影響が生じてきます。
 結論から言えば、組合非加入の権利がCSR指針に記載されていたとしても、ユニオン・ショップはこれに抵触しないということになると思いますが、審査では、この点をしっかり伝えていく必要があります。

組合非加入の権利とCSR指針

 近年アメリカにおいて、労働組合費のチェックオフを禁止するとともに、労働組合に加入しない権利を労働者に認める「ライトトゥワーク法」を制定する州が増えてきています。おそらくこうした影響を受けて、CSR指針でも、「労働者の組合非加入の権利」を盛り込む事例が出てきているのだろうと思います。
 企業がCSRの活動を展開する際、CSR推進機関の策定したCSR指針に基づいて取り組み、認証を取得する、というやり方があります。独りよがりの取り組みに陥らず、適切な仕組みができているか、適正に運用されているかを、外部の目で客観的に評価してもらえるとともに、企業のステークホルダーや、広く社会に対して、審査結果をアピールすることができるので、それ自体は優れたやり方だと思います。しかしながら、肝心のCSR指針自体に問題があれば、元も子もありません。

CSRでは、海外労働問題が主要なテーマ

 1990年代以降のCSRの動きでは、多国籍企業の海外事業拠点における労働問題が中心的なテーマとなっています。
 旧共産圏の崩壊に伴い、1990年代には、市場経済化とグローバル化が急速に進展しました。こうした中でクローズアップされたのが、多国籍企業の、新興国・途上国の事業拠点における労使紛争です。
 労使紛争といっても、賃上げ交渉が決裂してのストといったようなものは、なくて済めばそれに越したことはないものの、労働組合の交渉力を高める手段として、争議権が認められている以上、スト自体はごく当たり前のことだと言えます。しかしながら、そうしたストだけでなく、労働組合の結成・加入に対する妨害や労働組合リーダーの解雇といった労働基本権に関わる労使紛争が多発しました。
*労働組合の組織化や労働組合活動の妨害、具体的には、業務上の怠慢や能力不足を名目にした、あるいは些細な規律違反を理由とした組合リーダーの解雇や配置転換。労働組合の団体交渉要件を満たすための認証選挙への会社側の介入、認証選挙の結果を否定し続ける。
*ストを指導した組合役員や、参加した組合員の解雇。
*会社側が団体交渉や労使協議に応じない。会社の経営状況などについて、労働組合に情報を提供しない。
などが典型的な事例と言えます。
 賃金や労働諸条件は、当該労使が労使対等の立場で交渉を行い、自主的に決定すべきものですが、このような労使関係では、望むべくもありません。
 国内法によって、経営側のこうした行為が厳しく規制されていればよいのですが、新興国・途上国の労働法制は、外資の誘致を狙って企業側に甘い場合が少なくなく、労働組合の団体交渉権獲得のためのハードルが非常に高かったり、特区では労働組合の加入・結成が認められなかったり、労働組合弾圧のため軍隊を出動させたり、ということがありました。
 裁判となった場合も、会社側に有利な判断が下される場合が多く、そもそも大部分の組合員は、解決に長期間を要する裁判に耐えられず、流れ解散のようになってしまうということもありました。

4つの中核的労働基準は国内法に優先

 こうした状況を背景に、ILOは1998年、「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」を採択し、結社の自由・団体交渉権、強制労働の禁止、児童労働の廃止、差別の排除という4つの中核的労働基準を規定する8つの基本条約(29号、87号、98号、100号、105号、111号、138号、182号)に関しては、すべての加盟国は、条約を批准していない場合においても、まさにこの機関の加盟国であるという事実そのものにより、尊重し、促進し、かつ実現する義務を負うことが宣言されました。
 4つの中核的労働基準は、どれも当たり前のように思われますが、新興国・途上国では、結社の自由が制限され、労働組合の結成や産別加盟が難しいなど、国内法が十分に対応できていないことが少なくありません。日本でも、105号(強制労働の廃止に関する条約)、111号(雇用及び職業についての差別待遇に関する条約)については、未批准のままとなっています。しかしながら、そのような国内法であっても、1998年のILO宣言により、中核的労働基準を定めた8つの基本条約を遵守しなければならないことになったわけであり、企業のCSRの取り組みにおいても、ILO基本8条約をはじめとする「確立された国際法規」「国際行動規範」については、国内法が対応できていない場合でも、国際法規、国際規範を遵守するということが、中心的な課題となったわけです。
 たとえば国連の提唱するCSR指針である「グローバル・コンパクト」では、進出先の政府が人権(職場での権利を含め)の尊重を認めていないか、労使関係と団体交渉について適切な法的・制度的枠組みを提供していない国においては、労働組合とその指導者の秘密性を保護することを求めています。
 また、ISO26000(社会的責任に関する手引)では、
*国内法で適切な保護手段がとられていない場合は、国際行動規範を尊重する。
*国内法が国際行動規範と対立する場合は、国際行動規範を最大限尊重する。
*国内法が国際行動規範と対立しており、国際行動規範に従わないことによって重大な結果が予想される場合、その国での活動について確認(review)する。
*国内法と国際行動規範の対立を解決するよう、関連当局に影響力を及ぼす。
*国際行動規範と整合しない他組織の活動に加担しない。
と規定されています。
 CSR指針の中には、「国内法に則って、結社の自由を尊重する」というような表現になっているものもあります。しかしながら、「国内法に則る」だけであればわざわざCSR指針に記載する必要はありません。国内法が不十分な場合に、国内法を超えた対応を行っていくというCSRの本旨からすれば「国内法に則って」というような記載のあるCSR指針は、むしろ非常に問題があると言わざるを得ません。
 ちなみに、経団連の「企業行動憲章実行の手引き(第6版)」では、結社の自由、団結権、団体交渉権に関し、「労働関係法令を遵守するとともに、従業員が自由に自分達の代表を選ぶ権利、および労働組合など団体の結成や使用者と団体交渉を行う権利(結社の自由と団体交渉権)をはじめとする労働基本権を尊重する」とされています。結社の自由や団体交渉権の尊重を、「労働関係法令を遵守するとともに」という表現で、法令遵守と並列で記載していますので、法令遵守を超える対応を求めたものと解釈できるでしょう。

「組合非加入の権利」は国際法規、国際規範となっていない

 こうしたCSRの本旨からすれば「労働者の組合非加入の権利」が、もし仮に「確立された国際法規」「国際行動規範」として確立されていれば国内法でユニオン・ショップが合法であっても、CSRの上で争点となってくる可能性があります。逆に国際法規、国際規範となっていなければCSR上も問題ない、ということになります。「労働者の組合非加入の権利」に対するILOの判断が、きわめて重要となるわけです。
 ILO87号条約(結社の自由及び団結権の保護に関する条約)第2条は、「労働者及び使用者は、事前の許可を受けることなしに、自ら選択する団体を設立し、及びその団体の規約に従うことのみを条件としてこれに加入する権利をいかなる差別もなしに有する」と規定し、労働者の組合加入および選択の自由を保障しています。しかし、1947年のILO総会において、労働者の組合非加入の権利 “the right not to join an organization’’ の条約上の明示が否定されたことに鑑み、条約勧告適用専門家委員会(専門家委員会)は、かかる労働者の権利を保障するために協約される “Trade Union Security Clauses”(組合保障条項、労働組合の組織維持のための協約上の制度全般を指し、ユニオン・ショップ、クローズド・ショップ、エイジェンシー・ショップ、組合員優遇制度などを含む)を禁止するかどうか、またはこれを許容するかどうかについての判断は、各批准国の判断に委ねられると解釈しています。
 従って、「組合非加入の権利」は、「確立された国際法規」「国際行動規範」とは言えず、ユニオン・ショップのような「組合保障条項」の是非は、国際法規、国際規範たるILOのルールが、各国国内法の判断に委ねていますので、わが国でユニオン・ショップが合法である以上、たとえ「組合非加入の権利」を記載したCSR指針があったとしても、ユニオン・ショップが問題となるわけではない、ということになります。むしろユニオン・ショップが合法な国で、これを否定するCSR指針を展開すれば、そちらのほうが、「結社の自由」や「団結権」の侵害になるのではないでしょうか。

ユニオン・ショップは市場経済が有効に機能するために重要

 市場経済が有効に機能するためには、売り手と買い手の対等性確保が何よりも重要です。労働市場では、労働力の売り手(勤労者)は買い手(企業)に対し、「交渉上の地歩」が著しく弱い状況にあり、これを補完するための仕組みのうち、最も重要なものが、労働組合の団結です。ユニオン・ショップなど組合保障条項は、勤労者の「交渉上の地歩」を高め、労使対等を確保する上で、きわめて有効な仕組みです。欧米では、ユニオン・ショップは必ずしも一般的ではありませんが、その代わりに、産別組合が交渉し、協約を締結するという、「交渉上の地歩」を高める仕組みがあります。
 市場経済原理の立場からすれば、本来なら、ILOは労働市場における市場参加者の対等性を損なう「労働者の組合非加入の権利」などはっきりと否定すべきだと思います。もちろん、自らの意に反する結社に参加しない自由は、基本的人権として、当然、認められなければなりません。しかしながら労働組合の場合、その目的が、たとえば資本主義からの体制転換などにおかれているのであれば、「組合非加入の権利」も重要な人権と言えますが、団体交渉による賃金・労働諸条件の改善・経済的地位の向上を目的とする、「労働組合主義」に立った労働組合であれば、労使合意の上で加入を強制されることで生じる勤労者のデメリットは非常に小さく、労働組合の団結によって勤労者にもたらされるメリットは、はるかに大きいと言えるでしょう。

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