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(浅井茂利著作集)惑わされない景気指標の見方

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1619(2017年10月25日)掲載
金属労協政策企画局長 浅井茂利

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 2017年4~6月期のGDP統計(国民経済計算)の2次速報値が発表され、前期比年率の実質成長率が、1次速報値の4.0%から2.5%に大きく下方修正されたことが話題となりました。経済の動向を把握するためには、統計の数値を見ることが不可欠なことは言うまでもありませんが、新聞などで報道される数字、判断をそのまま信じてしまうと、せっかくの統計から正しいサインを得ることができない場合もあります。統計を見る際には、しっかりと出典を確認し、自らの判断基準に従って、数字を読み込んでいくことが必要です。

GDP成長率「前期比年率」の不思議

 実質GDP成長率が報道で紹介される際、最も不思議なのは、四半期ごとの成長率の場合、「前期比年率」が、重視されているということだと思います。
 前期比年率というのは、季節調整値の前期比成長率が、もし4四半期続いたらどうなるか、というデータです。仮に前期比成長率が0.5%だったとすると、
100 × 1.005 × 1.005 × 1.005 × 1.005 = 102.0
ですから、前期比年率は2.0%ということになります。近似値ということなら、
0.5 × 4 = 2.0
となります。
 前期比年率の問題点は、まず第一に、あくまで架空の数字であるということです。「もし4四半期続いたら」という仮定の話ですし、4四半期連続で同じ前期比成長率となる可能性はほとんどないわけですから、そのような架空の数字で、経済状況を判断してよいのか、ということになります。
 問題点の第二は、「年率」と言いつつ、年(年度)の成長率がどうなるのか、イメージできないということです。2017年4~6月期の前期比年率の成長率が2.5%だったからといって、2017年度は2%台半ばの成長ペースで推移していると判断する人はいないでしょう。2015年度における前期比年率の成長率は、4~6月期以降、マイナス0.1%、0.7%、マイナス0.9%、2.1%と推移しましたが、この4つの数字で、年度の上昇率1.3%をイメージすることはできないと思います。
 その点で前年同期比の成長率は、もちろん実績値ですし、4四半期の数字を平均すれば、年(年度)の成長率の近似値となります。2015年度について見ると、四半期ごとの前年同期比上昇率は1.7%、2.0%、0.9%、0.5%と推移していますが、これを足して4で割ると、2017年度の成長率と同じ1.3%となります。2017年は、1~3月期1.5%、4~6月期1.4%ですから、足許の成長ペースは1%台半ばくらいだな、と判断することができます。
 もちろん、前年同期に特殊な事情があった場合などは、前年同期比だけでは判断できませんが、そのような場合は、前期比を併せて活用すればよいと思います。
 民間調査機関のレポートなどを見ると、日米については前期比年率、EUなどは前期比か前期比年率、新興国・途上国は前年同期比を主に使う傾向があるようです。なぜ前期比年率のような架空の数字が重視されるようになったのか、筆者は知識不足で承知しておりません。筆者の推理は、プラスにしろ、マイナスにしろ、数字の振れ幅が大きいほうが、株式の取引が活発になり、ウォール・ストリートの方々に都合がよかったのではないか、というものですが、まったく根拠がありませんので、真相をご存知の方に、ぜひご教示いただきたいと思います。
 また、GDPの統計で注意しなくてはならないのは、「民間在庫」の動きです。GDP統計では、生産された付加価値の中で、家計にも、企業にも、政府にも購入されず、輸出もされなかったものは、在庫投資としてカウントされます。従って、一概には言えないのですが、成長率が高くても、在庫投資のプラス寄与度が大きければあまりよいことではありませんし、逆に在庫投資のマイナスの寄与度が大きいために、成長率があまり高くない、ということもあるわけです。2015年度と2016年度は同じ成長率1.3%でしたが、在庫投資の寄与度(成長率の内訳)は2015年度がプラス0.4%だったのに対し、2016年度はマイナス0.4%と真逆でした。従って、在庫投資を除いた成長率は、2015年度は0.9%、2016年度は1.7%ということになります。景気の判断にかなり大きく影響する違いと言えるのではないでしょうか。

設備投資の先行指標である機械受注

 設備投資の先行指標として重要なのが、内閣府で調査している「機械受注統計」で、とくに「船舶・電力を除く民需」が注目されています。
 機械受注統計については、報道では、前月比増加率が重視されていますが、月ごとの変動が非常に激しいデータなので、前月比増加率で状況をつかむことは困難です。四半期の前年同期比増加率を見るのを基本にして、1、2、4、5、7、8、10、11の各月については、前年同月比増加率を参考として見る、というのが、実態を把握するのに適した見方と言えるのではないかと思います。
 2017年4~6月期の実質GDP成長率の大幅下方修正は、設備投資が原因ということで、設備投資の前年同期比成長率は、1次速報値で5.8%だったのが、2次速報値では2.8%に下方修正されました。しかしながら、機械受注統計(船舶・電力を除く民需)を見れば前年同期比マイナス1.0%となっていましたから、1次速報値の5.8%という高い成長率とは整合性がとれないことは明白だったと言えます。

使いやすい景気ウォッチャー調査

 内閣府の「景気ウォッチャー調査」は、経済活動の動向を敏感に観察できる職種の人を対象にしたアンケート調査で、全員が「良くなっている」と判断すれば100、「悪くなっている」と判断すれば0になるというものです。従って、50が重要な判断基準となります。
 景気動向を総合的に判断するものとしては、同じく内閣府の「景気動向指数」がありますが、景気の趨勢と直近の方向感を掴むという点では、使いにくいところがありますので、筆者は以前、鉱工業出荷指数の前年同月比増加率と鉱工業在庫指数のそれとを比較して、景気の判断を行っていました。景気は、
出荷(+)・在庫(+)
⇒ 出荷(-)・在庫(+)
⇒ 出荷(-)・在庫(-)
⇒ 出荷(+)・在庫(-)
⇒ 出荷(+)・在庫(+)
という順番で循環するからです。
 しかしながら、「景気ウォッチャー調査」が発表されるようになってからは、そのような面倒な作業の必要がなくなり、大変助かっています。ただし、「景気ウォッチャー調査」も、ひと月の動きでは判断しづらく、ふた月連続で上昇する、あるいは低下すると、ただちに景気転換というわけではありませんが、少し雰囲気が変わったサインと見ることができると思います。
 景気ウォッチャー調査で疑問に思うところは、季節調整値が重視して報道されている、ということです。季節ごとの特性を除去できる季節調整という作業は大変ありがたいものですが、景気ウォッチャー調査の場合は、あまり必要でないように思われます。
 理由の第一は、回答者が回答する時点で、すでに頭の中で季節調整をしているのではないか、ということです。
 景気ウォッチャー調査の質問の中で最も重要なものは、「今月のあなたの身の回りの景気は、3か月前と比べて良くなっていると思いますか、悪くなっていると思いますか」というものです。従って12月に判断する場合は、9月と比べることになりますが、例えば9月の売れ行きと12月の売れ行きを単純に比較して回答しているとは考えにくいと思います。実際には、回答者がイメージとして持っている9月の売れ行きと現実の売れ行きとの差、そして12月にイメージする売れ行きと現実との差、これらを比較して回答しているのではないか、と考えるほうが自然です。このようなかたちで、回答者が無意識のうちに自ら季節調整を行っているのであれば、内閣府の行っている季節調整は二重の作業となり、余計だと思っています。むしろ、季節調整を行うと微妙な変化が見えにくくなりますので、景気の転換点があいまいになり、判断に支障をきたすのではないかと思います。
 ちなみに2017年4、5、6月の3カ月間について見ると、「景気の現状判断(方向性)」は、季調値では48.1、48.6、50.0と上昇していましたが、原数値では、逆に50.4、50.1、49.9と低下しました。
 小売業販売額指数や鉱工業生産指数、機械受注統計の動きなどと比較すると、季調値よりも原数値のほうが整合性があるように思われます。

貿易統計では数量や価格も

 貿易統計は財務省から発表されていますが、
速報 ⇒ 輸出確報・輸入速報 ⇒ 確報 ⇒ 確定
とめまぐるしく更新されていきますので、注意が必要です。
 一般的に注目されているのは、輸出額、輸入額、貿易収支ですが、筆者は輸出数量や輸出価格もチェックしています。輸出価格には、円建てと契約通貨建てがありますが、契約通貨建ては貿易統計では発表されていないので、日銀の企業物価指数を見ています。
 2013年の量的金融緩和によって、円高是正が進みましたが、当初、日本企業は現地価格(契約通貨建て価格)をあまり下げず、円建ての利益を増やすという対応をとりました。この時に現地価格を引き下げて、シェアを固めていれば、その後の展開に違いがあった可能性があります。残念ながら、現地価格を引き下げたのは、中国経済に対する不安から、世界貿易が軟調となってからでしたので、日本企業の競争力強化に関する円高是正の効果は、限定的だった可能性があります。


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