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2023年春闘労使交渉一問一答(5.賃金の国際比較について)

2023年2月3日
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利

<情報のご利用に際してのご注意>
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 なお、本稿の掲載内容を引用する際は、一般社団法人成果配分調査会によるものであることを明記してください。


 「2023年春闘労使交渉一問一答」は、調査会レポート「2023年春闘の論点」にこれまで掲載してきた論考を、一問一答形式で整理するとともに、掲載後の状況も踏まえ、さらに補強したものです。
 なお、賛助会員のみなさまには、ご希望に応じて、バックデータなどを提供いたします。

(1) 国際比較でわが国の賃金水準が低くなっているのは、円安のためではないか。海外では賃金水準が高くても、物価も高いのではないか。

*一般社団法人成果配分調査会がOECDの資料から作成した2020年の「労働時間あたり人件費」の国際比較は、以下のような状況となっています。日本の人件費水準は主要先進国の中で最低となっており、韓国をやや下回り、チェコ、スロバキアを若干上回る水準となっています。
      全産業計   製造業    非製造業
日本    28.31USドル  30.04USドル  27.91USドル
米国    46.93      48.73      46.74
ドイツ   47.49      55.78      45.51
フランス  49.48      53.66      49.00
イタリア  37.65      40.09      37.07
英国    38.79
韓国    28.51
チェコ   26.84      26.58      26.93
スロバキア 24.37      24.98      24.20
(注) 1.ドル換算は、2021年の購買力平価(1ドル=100.41円)による。
  2.人件費はGDPベースの名目雇用者報酬。法定内外の福利厚生費を含む。
資料出所:OECD. Stat、内閣府「国民経済計算」より一般社団法人成果配分調査会作成。

*「日本の賃金水準が低いというけれど、円安だから低いんじゃないの」と考える人がいるかもしれません。しかしながら、上記の国際比較の為替換算は、2021年の購買力平価1ドル=100.41円を使っていますので、円安の為替相場で換算しているわけではありません。

*購買力平価とは、米国と各国との物価水準がイコールになる理論的な為替レートです。日米の購買力平価1ドル=100.41円は、米国で1ドルで買えるものが、日本では100.41円であることを示しています。「海外では賃金が高くても、物価も高いんじゃないの」と考える人がいるかもしれませんが、購買力平価での換算は、物価水準をイコールとしての比較ですから、こうした指摘は成り立ちません。

(2) 日本の賃金水準は先進国の中で低位となっているが、競争相手は先進国よりも新興国・途上国の企業であり、先進国との比較は意味ないのではないか。

*日本の賃金水準が先進国の中で低位にあるとしても、「日本企業の競争相手は新興国・途上国の企業だ」という指摘があるかもしれません。しかしながら、新興国・途上国の企業と競争しているのは、日本の企業だけではありません。米国の企業も、欧州の企業も、韓国の企業も、グローバル経済の下で、みな熾烈な国際競争を繰り広げています。そうした中で、欧米の企業は1時間あたり50ドルの人件費でやっていけるのに、なぜ、日本企業は30ドルの人件費に止まっているのかということを、考える必要があります。

*また、日本企業では、「自社が価格競争に巻き込まれていると感じている企業」の割合が他の主要先進国に比べて高く、「日本では、国内企業同士の競争が熾烈だからしょうがない」などといった反論も聞かれます。しかしながら、「日本企業の競争相手は新興国・途上国の企業だ」という意識があること自体、日本企業が「価格競争に巻き込まれている」というよりは、自ら低価格競争、「低賃金・低付加価値・低利益」の渦中に飛び込んでいっていることを示すのではないでしょうか。

*既存企業だけでなく、海外企業も、新興企業も、他業種からの新規参入企業も含めた大競争の中で、企業としては、素材・部品メーカーも含めたバリューチェーン全体で、価格競争に巻き込まれない経営、「高賃金・高付加価値・高利益」の経営への転換をめざしていかなければなりませんが、このシリーズの「4.労働分配率について」で触れているように、「日本は付加価値生産性が低いけれども、それ以上に人件費が低いために労働分配率が低い」わけですから、まずは低賃金の是正から始めることが必要です。

(3) 女性と高齢者の労働参加の進展、それに伴う非正規雇用の構成比の上昇が、わが国全体の平均賃金を押し下げているのではないか。

*女性と高齢者の労働参加の進展、非正規雇用の構成比の上昇が、平均賃金を押し下げているとの指摘を否定することはできませんが、「だから平均賃金が低くなってもしょうがない」ということにはなりません。企業は、全社的なベースアップを実施するとともに、
性別間格差、年齢間格差、雇用形態間格差などのない「同一価値労働同一賃金」の確立。
・非正規雇用で働いている人のうち、正社員化を望む者の正社員化
1990年代後半以降の中高年層の賃金水準低下への対処。
などを進め、あわせて、
・適正取引の推進や人権デュー・ディリジェンスなどを通じたグループ企業、取引先企業の賃金・労働諸条件の改善。
・企業別最低賃金の引き上げによって特定最低賃金の引き上げを図ることにより、労働組合未組織・未加入で労使対等の交渉が行われず、適正な賃金決定が行われていない企業で働く労働者に、労使交渉の結果を波及させる。
など、さまざまな対策を講じていく必要があります。

(このレポートは、お知らせなく内容の補強を行うことがあります)

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