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聖女BATTLE!第2話/「最強3年生」

 プロローグ

雨が、降っていた。止むことのない、天からの涙。

 マンションのベランダに出て、空を見上げる。柔らかい風が少女の頬を撫でる。

 窓から部屋の中が見える。部屋の中にはアップライトのピアノがあった。

「全てを洗い流せたら、いいのにね」

 自分の歌で、自分のピアノですべての人の心を洗い流し、感動させたい。

 何もかも忘れ、音楽に没頭し人の心を動かしたい。そう、自分の心も。

 隣の部屋で、両親が険しい顔をして書類にハンコを押している。

 たった紙切れ一枚で、家族がバラバラになるというのか。

 必ず終わりは来る。それはもうすぐかもしれない。家族がバラバラになり、心が離れていく。

 あきらめていた、今の自分にはどうしようもできない。それでも、家族仲良く暮らしていた日々を取り戻したいとも思う。

「お父さん、お母さん……」

 終わったのだろう、バタンと扉が閉まる音がする。どちらかが出ていったのだ。

 やまない雨はない。なら、いつ止むのだろう。自分の頭上の雨雲を払ってくれるのはいつ……。

 

聖女BATTLE! 第2話「最強3年生

 

朝起きて、トーストを焼く。それにバターを塗って台所で立ったまま食べる。牛乳で軽く押し込むと制服に着替える。

 紫のリボンをきゅっと結び、洗面台に行き歯を磨き、顔を洗う。寝ぐせを直し、カバンを持って玄関へ向かう。

「……行ってきます」

 誰もいない、それはわかっている。それでも彼女は毎日行ってきますと言ってから家を出る。

 壊れてしまった家族がまるでそこにいるかのように。

「おはよ、あやめ」

 紫のリボンを揺らして、ショートカットの少女が後ろから声をかけてきた。目力が強く高校生にしては大人っぽい顔立ちをしている。

 クールな雰囲気を醸し出しているが優しいというギャップが女子生徒にはたまらないらしい。

「おはよう、るな」

 るなに挨拶され、あやめは振り返った。胸元に紫のリボンを結び、少し愁いを帯びた瞳をした黒髪の美少女。

 清楚な雰囲気と成績トップである事、生徒会長である事から男子女子共に人気がある。

「北条先輩と天王寺先輩だ」

ルナティック・アイリスよ」

 数人の女子が遠巻きに憧れの視線を向ける。

 北条るなと天王寺あやめは三年生であり、ルナティック・アイリスという現役聖女トップアイドルグループだ。

 成績も歌もダンスも他のグループと群を抜いてうまく、先生からの評価も高い。

 おそらく、アイドルとしてバックアップされデビューするのは彼女たちだろうともっぱらの噂だ。

 だがそれを鼻にかけるでもなく、凛として美しくアイドル道を突き進む彼女たちに皆憧れを隠せない。

 あやめがるなとグループを組んだのは一年生の時だった。

 お互いの得意なジャンルで発表をさせられ、一人ずつ歌ったり踊ったり、楽器を弾いたりしていた。

 あやめはピアノを弾き、圧倒的なうまさに一同を飲み込んだ。

 そして一緒にアイドルを目指すために誰か相方はいないか観察をしていたが、中々現れない。

(一人でアイドルを目指すしかないのかしら)

 そう諦めかけた時だった。黒髪のショートカットの少女がマイクを持ちアカペラで歌った。

 それはロックだったが、彼女の歌声は力強く、あやめの心の中に立ち込めていた雨雲を一瞬で消し去った。

 しかも、太陽のようにギラギラとした晴れではない。雨雲が晴れ静かに月明りが海を照らすような、美しい月光。 

 突然訪れた月光にあやめはただただ放心するしかなかった。あの日から止むことのなかった雨が、彼女の歌声によって一瞬にして消えたのだ。

 彼女が歌い終わると、再びしとしとと雨が降り、一緒に組むのなら彼女しかいないと思った。

「ねぇ、あなた待って」

 発表会が終わり、あやめは小走りでその少女を追いかけた。

 少女の顔は女子高生にしては大人びていて、少しかっこよかった。

「何?」

「私は天王寺あやめ。あなたの歌声を聞いてぜひ一緒に組みたいと思ったの。いいかしら?」

 突然の申し出に少女はぎょっとする。

 あやめも不思議でならなかった。普段自分はクールでどちらかというとこんな行動はしないほうだ。

 だが、彼女の歌声を聞いていてもたってもいられなかった。じっと瞳を見つめると彼女はふっと笑った。

「いいよ、私も天王寺さんのピアノいいなって思ってたんだ」

「あやめでいいわ。えっと……」

 名前を思い出そうとするが出てこない。

「北条るなだよ。よろしくね、あやめ。るなでいいよ」

「……えぇ、よろしく、るな」

 二人の少女は手を握り合い、こうしてあやめは月を手に入れた。

 

放課後になり、あやめはるなと校舎裏に行く。

 いつもそこで自主練習をしているからだ。

 あやめはキーボードを担ぎ、るなと喋りながら校舎裏へ向かっていた。

「るな、あなた今の練習曲、走って歌ってる時があるわ」

「本当? 自分じゃ気づかなかった」

「そう言うと思ってメトロノームを持ってきたの」

 小さな携帯用のメトロノームを見せると、るなはさすがあやめと笑った。

「……誰かいる?」

 いつもの場所に誰か先客がいるようだ。

 この場所はルナティック・アイリスの自主練習場所と周知の事実であり、誰も近寄らないのに。

 誰だろうと校舎の影で足を止め覗くと二人の少女が踊りながら歌っていた。

「誰だ、あの子達」

「あれは……見ない顔ね」

 ピンクがかったブロンドにうさ耳をつけた少女と黒髪のショートボブに猫耳をつけている少女がいた。

 二人の少女は一生懸命歌い、踊っているが見ていられなかった。

「歌もダンスも私たちの足元にも及ばないわね。全然洗練されていない」

 あやめはそう毒づいたが、目線を外せないでいた。

 確かにヘタクソだ、だが人を引き付ける魅力がある。

 るな程ではないが、雨がさぁぁと少し引いていったような感覚がした。

「確かにヘタクソだけど、楽しそうだね」

 るなの言葉に、あやめは少し彼女たちが羨ましいと思った。

 自分たちは音楽も踊りも完璧に近い。だからこそ心から楽しむという事をつい忘れてしまう。

 光る汗を飛ばしながら一心不乱に踊り、笑顔を絶やさず歌う彼女たちはとても眩しい。

「彼女達は伸びそうな気がする。あやめもそう思うだろ?」

「……」

 るなはあやめが二人に魅力を感じているのがわかるのだろう。にやっと笑いながらあやめの方を見る。あやめは無言で答えなかった。

 だが心の中では二人はこれから伸びるだろう。そしていつの間にか背後にもう立っているかもしれない。そう思っていた。

 しばらく見ていたが、まだまだ伸び始めた芽だ。きっと美しい花を咲かすだろう。

 二人は顔を見合わせ、校舎裏を離れた。

 朝起きると、雨が降っていた。雨が降る日は体が重いような気がする。あの日を思い出すからだろうか。

 ゆっくりと起き上がり、トーストを焼き、バターを塗ると台所で立って食べる。牛乳で流し込むと制服に着替える。

 準備を整え、とある一室の入り口に立つ。

「……お母さん、寂しいよ」

 ひと月に一回、海外を飛び回って仕事をしている母が使う部屋。

 部屋の中は生活感はなく、いつも家政婦さんによって綺麗にされている。

 父と離婚後、母は会社を立ち上げ独立した。そしてそれが成功し、海外まで市場を伸ばして活躍している。

 普通のマンションから、高級マンションへ移り、毎日家政婦さんが掃除と夜ご飯を作りに来てくれる。

『あやめ、あなたは努力家よ。自信を持ちなさい』

 そう言って励ましてくれる母は美しいと思う。前だけを見て突き進むその力強い姿に憧れさえ感じる。

 あやめがアイドルとしてデビューすればちゃんと契約を結んで会社ブランドのイメージキャラになってほしいと言ってくれた。

「……やまない雨は、ないよね」

 母のためにも、自分のためにも絶対アイドルになってみせる。

「行ってきます」

 誰もいない部屋に、あやめの声がポツリと響いた。

「おはよう、あやめ」

「おはよう、るな」

 傘を射して歩いていると後ろからるなが歩いてくる。

「……どうしたの?」

「え?」

「何だか、泣きそうな顔をしてるから」

 顔を覗き込まれ、あやめはぱっと下を向いた。母に会えなくて寂しいのが顔に表れていたのかもしれない。

「あやめ?」

な、何でもない!」

 それがバレると恥ずかしくて、あやめはつい大きな声で言ってしまった。

 しまったとるなの方を見ると、彼女は優しく微笑んでいた。

「雨の日は、あやめ体調悪そうだもんな。何かあったらいつでも言ってよ。私でよかったら相談に乗るから」

「るな……」

 るなはいつも優しい。自分と違って心が広く、まるで夜空を照らす月光のよう。

 その美しさと優しさに心惹かれた人は皆ふらふらと彼女に吸い寄せられるように近寄っていく。

 あの日るなの歌声に惚れた自分のように。

「……ありがとう、るな。本当に大丈夫だから」

「そう? ならもっと笑いなよ」

 るなは自分の両頬を持ち上げてにっと笑う。それを見てあやめがふっと笑うとさらに笑顔になった。

「あやめはいつもクールだから、笑うとすごく可愛く見えるね」

「ふふ、そうかしら。でも、笑顔なんてるなだけよ、見せるのは」

「ふふ、何か嬉しいな」

 笑顔で二人で並んで歩くと女子達が小さく黄色い声を上げる。

「あやめ先輩素敵……」

「あ、ねぇあの子達って確か……」

「……えぇ、確か編入生の可☆愛ね」

 取り巻きの生徒の声を聞き、あやめは目線だけ後ろに向ける。

「ねぇ、あの二人って昨日の……」

 あやめの声にるなも目線を後ろに向ける。

「おっはよー! あやめ、るな」

 クラスメイトの井上万葉がバンと二人の肩を叩く。

「おはよう、万葉」

「ねぇ、万葉。あの二人知ってる?」

 ん? とるなが指を指す方を万葉は見るとあぁと嬉しそうな顔をした。

「ピンクがかったブロンドにウサギ耳をつけた、大きい胸の上で赤いリボンを結んで歩いているのはミーミーっていう二年生。

 その隣を歩くのは黒髪ボブの猫耳をつけた、緑のリボンを胸元に結び少しいたずらっ子のような顔をしたマオミーっていう一年生。

 二人は姉妹で、季節外れの編入性として噂になってるのよ。確か可☆愛っていうグループだったはず」

「可☆愛……」

「候補生だったのか」

 二人が少し熱のこもった視線を送っていると万葉がふぅんと珍しそうな顔をする。

「珍しいわね、いつも候補生なんて自分たちの足元にも及ばないって顔してるのに」

「ちょっと、ね」

「まだまだよ。今は足元にも及ばないわ」

 今は、ね。

 そう小さく聞こえない声でつぶやくとあやめは視線を再び二人に向ける。

 姉妹は仲が良さそうで楽しそうにお喋りをしている。いつかきっと同じステージに立ち、ライバルとして並ぶかもしれない。その時はきっと……

「どんなライバルがいようと、私たちルナティック・アイリスは一番よ」

「そうだよね、誰にも負けないよ」

 やまない雨はない。やまぬなら、自分で晴らしてみせる。

 頂点を突き進む二人は頷きあうのだった。

小説:ぷよつー

原案:聖女BATTLE!制作委員会

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