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聖女BATTLE!第5話「影」

プロローグ

月も隠れる暗い夜、スマホの光を頼りに一人の女性高校生が足早に歩いていた。

「レッスンが遅くまでかかってこんな時間になっちゃった、帰らなきゃ!」

 スマホの時刻を見ると23時10分。高校生が出歩くには少し遅すぎる時間だ。

 時を少し前にさかのぼる。23時前、ミーミーはウサバでアルバイトをしていた。

 本当なら22時に上がりなのだが、一人遅刻したので23時まで入っていて欲しいと頼まれたのだ。

 あのダンスバトル以来、ヘンなお客さんも増えたのだがマネージャーのかずみが対策をしてくれたおかげで一応日常生活を送れている。

 他のバイトの子たちも最初こそは迷惑がっていたが、ミーミーの人柄もあってか、守るようになってくれた。

「おや、君は確か……ミーミーちゃん」

「いらっしゃいませ! って、寿さん!?」

 驚いて大きな声を出すと、指を唇に当てて寿はしーというポーズをした。

 政治家であり、有名人である寿がウサバなんかに来るのかと驚いてしまったのだ。

「寿さんも、ウサバに来るんですね……」

「たまにね。君はこんな時間までバイトしているんだね」

「交代の子が遅刻しちゃって、たまたまです」

 苦笑するミーミーに寿はお疲れ様と言ってくれた。

「何かオススメはあるかな?」

「あ、それならウサラテがオススメです! キャラメルをトッピングするとさらに美味しいです!」

 うーんと考え込む寿を見てミーミーはしまったという顔をした。

「あ、甘いの苦手ですよね……すみません……」

「いや、それをいただこう」

 ふっと笑う寿を見て、ミーミーは胸がとくんと高鳴るのを感じた。同じ年頃の男子にはない色気、そして優しさ。何より男性としての美しさもある。

「ミーミーちゃん?」

「あ、ありがとうございます!」

 顔を赤らめて、ミーミーはウサラテをお会計したのだった。

 寿が帰った10分後、仕事が終わったミーミーは着替えて帰ろうとした。

「ミーミーちゃん、妹ちゃん来てるよ」

「マオミーが?」

 何かあったのだろうか? 慌てて従業員出入り口に行くと腕組をし、怒ったマオミーがいた。

「おねえ遅い!! 迎えに来ちゃったよ!!」

「マオミー、ありがとう。でも、危ないよ?」

「そうだけど、遅くなるなら連絡してよ」

「ごめんごめん。一時間だけだからいいかなって思って」

 ぷんぷん怒るマオミーにミーミーは耳をしゅんと垂らして謝る。

「とにかく、帰ろ! ダンスバトル以来、ヘンな人増えてるんだから」

「そ、そうだね……えへへ~」

「どうしたの?」

「マオミーが迎えに来てくれて、うれしいなって思って」

 ミーミーがふにゃっとした笑顔を浮かべて言うと、マオミーは顔を赤くして頬を指先でカリカリとかいた。

「だって、心配なんだもん! さ、帰ろう」

「うん!」

 失礼しますと言って、ミーミーはマオミーと一緒に帰った。

 

スマホの光を頼りに二人で夜道を歩いていると、突然女性の悲鳴が聞こえた。

「え? 何?」

「向こうから聞こえたよ?」

 二人は声の聞こえた方へと走っていく。すると女子高校生ぐらいの女の子がうずくまっているのが見えた。

 何者かに襲われているらしく、悲鳴を上げながら腕をぶんぶんと降っているのがわかる。

「何しているの!?」

「大丈夫?」

 スマホのライトをかざすと襲っていた人物は顔を覆った。髪が腰まであり、ワンピースのような服を着ている。おそらく女性だろう。

「大丈夫? え? これ血……?」

「警察に電話……あ、待って!!」

「おねえ!?」

 襲っていた女性は二人を見て慌てて逃げていった。ミーミーは立ち上がり、追いかけていく。

「待ちなさい!」

 ミーミーの言葉に、女性は立ち止まる。すると雲間に隠れていた月がさぁぁと地上を照らした。

 長い銀の髪、白い肌。長いまつげの下にあるギラギラと輝くブラックオパールの瞳。整った顔立ちに赤い紅を差した薄い唇。

 豊かな胸の谷間がよく見える黒衣のドレス。ミーミーはどこかでその顔を見たことがあるような気がした。

「あなた……誰?」

 月が再び雲間に隠れると、女性は角をさっと曲がっていってしまった。呆然としていたミーミーだったが、慌てて角を曲がったがもうそこには誰もいなかった。

(どこで見たんだろう、それにあの黒衣のドレス……あれは確か魔界の人の服のはず)

 チュエに聞けばわかるだろうか? 明日にでも連絡してみよう。

 その場に背を向け、ミーミーはマオミーの元へ戻る。

「おねえ!」

「マオミー、警察に電話した?」

「したよ!」

 マオミーが背中をさすっている少女はぐったりとして俯いたままだ。

「怪我は?」

「それが……」

 ミーミーの言葉にマオミーは目をそらす。

「もう、おしまいだわ」

 少女が顔を上げた。それを見てミーミーは小さく悲鳴を上げた。

 少女の頬には深くナイフで切りつけられたような切り筋が刻まれていた。

「あの人こういって襲ってきたの……聖女は皆滅んでしまえって!

……こんな顔になったら……もう聖女バトル参加できないよぉ……!!」

 涙を流しながら少女が絶叫する。顔に傷を負ったアイドル候補生に二人は何も言えず、ただ呆然とするだけだった。


第5話「影」

 次の日、学校に行くと校門の前には報道陣が集まり登校している生徒にインタビューを求めていた。

 新聞にもデカデカと取り上げられ、ニュースにも報道された。心配した親に車で送られてきた生徒もいた。

 マスコミに捕まらないように、生徒達への連絡用ラインに裏門から登校するようにと連絡が入る。

 マオミーとミーミーも見つからないようにコソッと裏門から学校へと入った。

「おはよう、ミーミー。ねぇ、知ってる? 切られた子ってアイドル候補生で一年生だったらしいよ」

「おはよう、茜。そうなの?」

 ミーミーが教室に入ると、ウェーブかかった茶髪の少女、小田茜が声をかけてきた。

 茜はミーミーが編入してきて一番に友達になった女子生徒だ。

「怖いよね、連続魔にならないといいけど。ミーミーも気を付けなよ?」

「ありがとう、茜」

 カバンを机に置き、椅子に座る。昨日警察の事情聴取でミーミーは見た事全て話した。

 角を曲がってすぐに消えたのは足が速かったか、乗り物を用意していたのかもしれないと言われた。

(銀髪の黒衣の女性……あの黒衣は確か魔族の服のはず……魔族が何故……)

 天界と対なる存在、魔界。天界から堕天した者や、闇落ちした者が行きつく地の底とされている。

 天界の住人は清らかでおっとりとした者が多いが、魔界はズルく好戦的な者が多いらしい。

(あの胸の空いた黒衣のドレス、あれは中級の魔族が着る服だったはず)

 天界にいた頃、魔界について勉強したはずなのだが特に興味がなかったのであまり覚えていない。

 天界も魔界も、階級によって衣服が変化する。天界は上級になるほど神聖的でゴージャスになっていく。魔界は上級になるほど誘惑的で煌びやかなものになっていく。

 

(低級の妖魔が人間に憑りついて暴れるのは、よくあることだけど……何故中級の魔族が?)

 ミーミー達が人間界に修行をしにきているように、魔界も何かしにきているのだろうか?

(……一度、チュエさんに連絡してみよう)

 チュエに連絡を取るには、テレパシーを送らなければいけない。そのためには本来の姿に戻る必要がある。

 外で戻って、人間に見られる可能性がある。家の自室なら、誰にもバレることなく連絡を送ることができるだろう。

(……この事件をきっかけに、天界と魔界がいざこざって事にならないといいなぁ……)

 はぁと小さくため息を吐いて、ミーミーはうさ耳をへにょっと垂らした。

                                 ※※※

 理事長室に電話の呼び鈴が鳴り響く。聖女の理事長、葵春香は今日何度目になろうかわからないため息を吐いた。

 おそらく受付の人間はもっとつらいだろう。聖女バトルという全国的にも人気なイベントを開催しているからか、今回の事件はマスコミの恰好のターゲットとなった。

 ふと、自分のスマートフォンがバイブレーションしているのに気づく。見ると寿修二郎からだった。

「……はい」

「葵さん? 今日の新聞やニュースは見られましたか?」

「見ずとも、何度も鳴り響く電話でわかります」

「大変ですね。ということは、聖女バトルは取りやめるのですか?」

「まさか」

 葵が鼻で笑うような声で言うと、寿は何故だ!? と噛みついてきた。

「女子生徒が切り付けられたんですよ!?」

 いつも冷静で、手腕な男が声を荒げるなど珍しい。

 葵ははぁとため息を吐いて、冷たい声を向ける。

「即刻聖女バトルは中止すべきです!! これ以上犠牲者を出さないためにも!!」

「それは、ジャッジメントの判断ですか?」

「え? い、いえ、私の個人的意見です」

「ならば、個人的に受け止めておきましょう。聖女バトルは中止いたしませんし、この事件が関係しているとも思いません。では」

「葵さん!!」

 プッと電話を切り、葵は電話を切った。すぐにバイブが葵を呼び戻そうとするがうるさいので電源を長押しした。

 スマートフォンは静かになり、呼び鈴だけが鳴り響いていた。

                                 ※※※

 ミーミーは何か気配を感じていた。

「おねえ、どうしたの?」

「ん? 何でもないよ」

 お昼休み、校舎裏でマオミーとお弁当を食べていると中々食べ始めないミーミーに、マオミーが首を傾げた。

(何だろう、別に嫌な気配じゃないんだけど……)

 マオミーは感じないらしく、おいしそうにお弁当を食べている。

(……昨日のことで、ピリピリしてるのね、私)

 ふぅと気持ちを落ち着けて、お弁当を開く。白米の上に描かれたタマゴのそぼろでできたウサギの絵。

 マオミーの方を見るとシャケフレークで猫の絵が描かれていた。

「お母さん、毎朝作ってくれるね」

「うん、おいしいよね」

 ふわふわの卵焼き、焼いたアスパラを巻いたベーコンにプチトマト。ほうれん草の醤油和えも朝ゆでて入れてくれている。

 可愛い娘二人のために、母親は嫌な顔一つせずお弁当を毎日作り、送り出してくれる。

 その顔を見る度に、ミーミーは胸の奥が切なくなるのだった。

「……もし、お母さんがいたらこんな感じなんだね」

「……そうだね」

 マオミーとミーミーは特定のお母さんという人がいない。天界では家族というものはなく、子供は皆で育てるものだからだ。

 だから、夫婦は存在しても親子は存在しない。子供達は同じ所で育てられ、教育される。それが普通だと思っていた。

 だが、人間界にきてチュエ達によって用意された洗脳済みの人間の家族と触れ合う事によって家族というものに強い憧れを抱くようになった。

 子供という存在に無償の愛を与える母親と父親、特別に自分の子供だからと愛してくれる両親。

 洗脳されているから、とわかっていてもその愛は優しく心地よいものだった。そんな二人に育てられた弟の弥彦は純粋でまっすぐに育っている。

 弥彦や父親と母親を見ると、いつか私もこんな家族というものを持ってみたいと淡い思いを抱いてしまう。

 愛する人と一緒に暮らし、子供のために早起きしてお弁当を作り、笑顔で送り出す。

(アリアさんも同じ気持ちを抱いたから、人間界に留まったのかな?)

 高橋かずみの母親、高橋アリアは元天界の人間である。人間界に修行に来て、今の夫と出会い、人間界に留まったのだ。

「おねえ? おーい、起きろ~~」

「お、起きてるよ!」

 ぽぉと考え事をしているとマオミーに目の前で手を振られる。ミーミーは笑いながらパクリと卵焼きを口に入れた。

「……ねぇ、マオミーはお母さんやお父さんの事、どう思ってる?」

「ん? 優しくていい人達だと思うよ。天界のお世話人達とはまた違う優しさだけど」

「だよね、すごく惹かれるし、うらやましいと思うんだ」

「……おねえ、私達聖女様になるために人間界に来たんだよね?」

「え?」

 さぁぁと春の風が二人の間に割り込むように吹いた。

「おねえは……私から離れないよね?」

「マオミー……」

「修行を終わらせて、天界で聖女様になるんでしょ? そうだって言ってよ」

「も、もちろんだよ!」

「……だったらいいけど」

 マオミーはまだ不安そうな顔をしている。ミーミーはその不安を紛らわせようとパクパクお弁当を食べる。

 甘くてちょっぴりしょっぱい卵焼きが、二人の気持ちを表しているようだった。

 マオミーと別れて、体育の授業でグランドを走っているとやはり熱心な視線を感じる。

 聖女バトルの影響でできたファンからだろうか? あれから日にちが経って、だいぶ寄ってくる人は減ったが熱狂的な人たちが残ってしまった。

 彼らは自分達でファンクラブと称し、静かに見守りミーミーちゃんは僕達が守る派とミーミーちゃんに膝枕してほしい過激派がいるらしい。

 マオミーのファンは活発な感じで一緒に楽しもう! という気さくな感じのが多いのに対し、ミーミーのファンは濃いのが多い。

 さすがにウサバにまで押しかけてくるのはいなくなったが、いまだにこうして熱心な視線を送ってくる。

(気にしない、気にしない! 何かされるわけじゃないし)

 首を横に振って授業に集中する。

 その後も掃除をしていても、放課後家の中に入るまでその熱心な視線はなくなることはなかった。

 部屋に誰も入ってこないよう鍵を閉め、ミーミーとマオミーは天界の姿になった。

 

そして目を閉じ、チュエにテレパシーを送る。

【はい、こちらチュエ。お久しぶりですね、どうされました?】

【チュエさん、久しぶり。ちょっと気になる事があって……】

 ミーミーは黒衣の女性が聖女のアイドル候補生を襲っている現場に出くわした事と、その女性は魔界の中級の衣服を身にまとっていたという事を話した。

【中級の魔族が? それは変な話ですね。低級にも満たない妖魔ならわかりますが】

【マスコミは聖女バトルに恨みがある女性が犯人ではと報道しているんですけど、魔族の女性がそんな事をするなんてと思って……】

【う~ん、魔界に変な動きはないですけど。一応探ってみますね】

【お願いします】

【それはそうと、おめでとう二人共。聖女バトルに勝ったと聞きました。これからもっと大変だろうけど、がんばってね】

【うん、がんばるね!!】

【えへへ、ありがとーチュエさん】

 テレパシーを切って、二人は人間の姿に戻る。

「ふぅ、久々にあの姿になると緊張するね」

「人間の姿に慣れちゃったっていうのもあるかも」

 えへへと二人で笑いあう。

「あ、ウサバに行く時間だ!」

「おねえ、気を付けてね。昨日の犯人が襲ってくる可能性だってあるんだから」

 マオミーに言われて、ミーミーははっと気づいた。

 もし今朝から感じている熱心な視線は犯人のものだとしたら?

 ファンだと思い込んで気にしないようにしていたが、目撃者である自分を殺そうと思って見ていたとしたら?

「……今日はもう残らないようにするね」

「気を付けてね!」

 うんと小さく頷いて、ミーミーはカバンに痴漢撃退スプレーを入れたのだった。

 ウサバが終わり、しんとする夜道を歩く。いる、確実にいる。しかもバレてないと思っているのだろうか、写メの音もする。

 ミーミーが足を早めると、相手も同じく早めてくる。ミーミーはカバンから痴漢撃退スプレーを取り出し、ばっと振り返った。

「誰!? 今朝からついてきている事はわかっているんですから!!」

 スプレーを構えて暗闇をじっと睨む。場はしーんとし、誰も動かない。

「で、出てこないと警察に電話しますから!!」

 震える声でそう言うと、電信柱の陰からこそりと誰かが出てきた。

(黒い服を着た女性……!! 昨日の犯人?)

 戦いの技術ならある程度身に着けている。マオミーのように華麗には戦えないかもしれないが、距離を縮めれば空手で倒せるかもしれない。

 身構え、警戒するミーミーに女性は気圧されたのか怯えている。

「出てきなさい!!」

 ミーミーの毅然とした声に女性はおずおずと出てきた。

 黒のパーカーにミニスカートを履いた、おさげの女の子だった。彼女は怯えてはいるが、目はらんらんと輝いている。

「ミ、ミーミーちゃんってそんな怖い声も出せるんですねーーー!!?」

「ふぇ!?」

 少し釣り目気味の太眉毛の顔は嬉しそうににこにこしている。そして空手の構えをするミーミーを感激したのか許可も取らず写メを撮りまくっている。

「きゃー! かっこいい! Twitterにあげていいですか?」

「え? だ、ダメダメーー!!」

「え~……じゃぁ、個人で楽しみます……」

 しゅんとして少女はスマートフォンをパーカーのポケットにしまう。

「えっと、あなたは誰? ずっと朝から私を見てたよね?」

「はい! 朝からどころか、聖女バトルの次の日から見てました!! 名前は檜前明日香です!!」

「ひのまえ……あすか……ちゃん?」

 ミーミーがそう言うと明日香はきゃーっと嬉しそうに両腕で自分自身を抱いた。

「ミーミーちゃんが私の名前を呼んでる~~自慢しよ~~」

「あ、あの……」

「アイドルが好きで聖女に入学したんですけど、これといった子がいなくて~、んでこの前の聖女バトル見たら好みがドンピシャなミーミーさんがいて~大ファンです!!」

「あ、ありがと……」

 ひきつった笑いを浮かべると明日香は心底嬉しそうな笑みを浮かべた。

「あ、よかったら握手してもらってもいいですか!?」

「え? あ、う、うん……」

 この子、押しが強すぎる……グイグイ押されて、ミーミーは右手を差し出すと両手でぎゅっと握られた。

「柔らか~い! 白いし小さい!! 綺麗だし、理想の女の子の手ですね!!」

「あ、ありがと……はっ! あ、あのね」

「何ですか?」

「ファンなのは嬉しいけど、こんなバイトの帰り道とかストーカーみたいに追いかけまわすのはやめてね」

「え~……わかりました、バイトの帰り道はやめます! じゃぁ、気を付けて帰ってくださいね!!」

「あ、ちょっと!」

 バイトだけじゃないよ! と言いかけたのに、明日香は足が速くもう見えなくなっていた。

「う~ん、アイドルって大変だなぁ」

 まだアイドル候補生だというのに、こうした行為をするファンがいる。もし本物のアイドルになったらどうなるのだろう?

「……寒っ」

 ぶるりと全身を震わせたのは、春の寒風のせいか将来の怯えか。

 ミーミーは視線から解放され、早足で帰宅したのだった。

 次の日、家から出て学校へ行こうとすると電信柱の影から明日香が出てきた。

「おはようございます、ミーミーさん!」

「? おねえ、知り合い?」

「え? あ、うん……」

 ミーミーとマオミーの間に入り込み、明日香はニコニコしている。

 マオミーはえ、何この人……と怪訝な顔をして耳を逆立てている。

「あ、あのね檜前さん」

「明日香でいいです! 明日香って呼んでください!!」

「あのね、明日香ちゃん。昨日も言ったと思うけど……その……」

 どう説明すればわかってもらえるだろう。はっきりと冷たくやめてと言うべきなのだろうか。

「私、憧れのミーミーさんと一緒に登校できて幸せです!!」

「あのね、その……」

「ツイッターでウサバ帰りのミーミーさん待ち伏せしたって言ったら炎上しちゃって、昨夜は大変でしたー!」

「え?」

 さぁぁと血の気が引いていく。マオミーもドン引きした表情で明日香を見ていた。

「ファンなら、ミーミーさんのために迷惑な行為をしちゃダメだって言うんですよ。でも好きだから仕方ないじゃないですか。オレもやろうって言う人もいましたよ」

「ちょっと! おねえ!」

「明日香ちゃん、あのね……」

「ミーミーさんといられるの、すごく幸せです!」

 注意しようとしたが、明日香に幸せそうな顔をされてうっと詰まる。

 自分の存在がこんなにも幸せそうな笑顔を引き出しているのかと思うと、ちょっと一緒にいるぐらいならいいのかなと思ってしまう。

「あ、着いた。またね、ミーミーさん!」

 いつの間にか学校に着いてしまい、明日香は笑顔で離れていった。

「おねえ、このまま放置しておくと第二の明日香ちゃん、第三の明日香ちゃんが現れるよ」

「うぅ……どうしよう」

 黒衣の女性も気になるし、明日香も気になる。

 悩みの種が増えてばかりで、ミーミーははぁと大きなため息を吐いた。

「……ねぇ、ミーミー。気づいてる?」

「? 何が?」

 茜は振り返ることなく廊下を指差した。そちらに目を向けると、明日香が廊下から教室をのぞき見ていた。

「あの子、だいぶ前からミーミーのことストーキングしてたけど、今日すごく大胆だね」

「え……だいぶ前からなの……?」

「だいぶ前からだよ。あれ、段々エスカレートしていくよ。今のうちに手を打たないと」

「ふみゅ~……」

 うさ耳をしゅんと垂らしてミーミーはうな垂れた。よしよしと茜は頭を撫でて優しい声で言う。

「私がガツンと言ってやろうか?」

「……ううん、ありがとう。大丈夫だよ」

「いつでも言いなよ」

 先生が教室に入ってくると、明日香はチャイムの音と同時に姿を消した。

 それから休み時間になるごとに同じ行為を繰り返したのである。

 昼休みになり、校舎裏でマオミーとお弁当を食べていると明日香がやってきた。

「ミーミーさん、探しましたよ!」

「あ、明日香ちゃん……」

 明日香は嬉しそうにミーミーを見ながら隣に座る。もちろん、その隣にはマオミーがいる。

 突然やってきて、姉妹仲良く食べているのにその間に座るなんて、無遠慮すぎる行為をよくできるなとマオミーは睨むが明日香には効かない。

「ミーミーさんのお弁当、可愛い!」

「え? ちょっと!?」

 突然スマートフォンを取り出し、写メを撮る明日香にマオミーはキレた。

 嬉しそうにツイッターに上げようとしたので、マオミーはその手首を掴み上げた。

「きゃ!? 何するんですか!?」

「それはこっちのセリフだよ。私達を許可なく写真撮るのはルール違反だよ。写真撮りたかったら事務所通してからにしてよね」

「な!? 駆け出しアイドルのくせに!!」

「え?」

 その言葉は、ミーミーの心を酷く傷つけた。ミーミーさんと慕っている割には本音はそう思っていたのか、と。

 かけだしだから、無遠慮に間に入ったり、勝手に写真を取ってツイッターに上げたり、ストーカーしてもいいと思っているのか。

 ミーミーはきゅっと下唇を噛み、マオミーと言い合いをしている明日香を睨んだ。

「だいたい、あなた妹でしょう? 妹なのに何でお昼ご飯ミーミーさんと食べてるんですか。普通友達と食べるでしょうに」

「そんなのこっちの勝手でしょ? そっちこそ、他人のくせに姉妹水入らずの場に入ってこないでよ」

「なっ! あんたのこと、ツイッターに書きまくってやる!!」

「書いたらいいじゃん! そんな嘘っぱちのファン心程度で、私は傷つきはしない!!」

 あっかんべーをしながら、明日香は荷物をまとめ立ち去っていった。

「……マオミー、ありがとう」

「ふん、おねえが優しいからってつけあがりすぎ」

 もし、明日香が同じようなことをしてきたら今度こそ自分が言おう。

 怒るマオミーの横顔を見ながら、ミーミーは決意したのである。

 怒られたせいか、下校に明日香は現れなかった。二人で帰宅し、ウサバに行く時間まで喋っていた。

【マオミー、ミーミーよ……】

「ふぁ!?」

「な、何!?」

 突然、頭の中から鳴り響くような、荘厳な声が語りかけてきた。だが声はそれ以上何も言わない。

「あ、これ神様からの神託だ。たぶん、チュエさんから何か連絡があるんだよ」

「あ、天界の姿に変身してって意味だったのね……」

 天界の姿にならなければ、テレパシーは使えない。

 天界の長である神様は人間に神託を送ることはできる。だから呼びかけてくれたのだろう。

 二人は部屋の鍵を閉め、天界の姿に戻る。

【チュエさん、いますか?】

【あ、長、連絡つきました。もう大丈夫です】

【何かわかったんですか?】

【はい、魔界の人に知り合いがいて聞いてみたんですが……魔界の人は人間界で暮らすには肉体が必要となります。

それは私達も一緒なのですが、魔界で生まれた人は人間界で暮らす肉体をあらかじめ持っているんですが、

天界から堕天した人は堕天する過程で人間の姿を無くしてしまうんです】

【無くなってしまう……?】

【はい、何故かというと堕天する人は何かに絶望して堕ちていくからです。堕天し、魔界の住人になるけれども、

人間界で暮らすには肉体がいります。その肉体を得るには人間の夢や希望といったものを奪い去る必要があるんです】

 そのときミーミーは襲われた女子生徒がもう聖女バトルには出られないと絶望していたのを思い出した。

 顔の傷のせいで錯乱していたのかと思ったが、もし夢を奪い去られていたとしたら?

【ちょっと思ったんだけど、魔界の人が天界の人になるのは可能なんですか?】

【めったにないけど、可能ですよ。でも、魔界の人は天界の世界は住みづらいと言って、ほとんどが出て行っちゃいますけどね。

魔界の人と天界の人が結ばれた場合は、大体人間界で暮らすケースが多いみたいですよ】

【へ~……アリアさんも?】

【いえ、アリアさんは人間の男性とです】

【じゃぁ、今回襲った女性は肉体を得るために女子生徒を襲ったのかなぁ】

【その可能性は高いですね】

 二人は顔を見合わせた。もし夢や希望を奪うのなら、思春期の高校生や中学生がもっともターゲットになるだろう。

 そして聖女のアイドル候補生など格好の的だ。女性は再びアイドル候補生を襲うかもしれない。

【私達の事は……バレてないのかな】

【ミーミーさん? 何か物騒なことを考えていませんか?】

【私達が囮になって犯人を捕まえるっていうのは……無理かな?】

「おねえ!?」

 マオミーが驚いて、テレパシーではなく声で咎めた。

「何考えてんの!? そんなの警察に任せようよ!!」

「……相手は魔界の人、しかも元天界の人かもしれない。なら、決着をつけるのは、私達天界の人じゃないかな」

「おねえ……でも、だからって私達がすることないよ! チュエさんに言って誰か派遣してもらうとか……」

【もしもし? 二人とも聞こえますか?】

 チュエの声がテレパシーとなって聞こえてくる。

【堕天した魔界の人が夢狩りをするのは珍しくはありません。だから天界は動けないんです。だからといって無茶はしないでくださいね】

【そんな……】

【わかりました、チュエさん。ありがとう】

【では、引き続き個人的に調べるのを続行しますね】

 ぷつんとテレパシーは途切れた。

 二人は人間の姿に戻り、鍵を開けた。すると部屋のドアがノックされた。

「はい、お母さん?」

 ドアを開けると心配そうな顔をしている母親がいた。

「もうそろそろウサバに行く時間だから声をかけようと思ったら、言い争うような声がしたから……喧嘩?」

 母親は二人の顔を心配そうに見ている。

「け、喧嘩なんてしてないよ!」

「ちょっと、大きな声が出ちゃっただけだから!」

 二人で手を取りあい、ニコニコと笑顔を向けると母親はほっとしたのか笑みを浮かべた。

「ならいいんだけど……、ミーミー、早くしないと遅れるわよ」

「はーい」

「おねえ、気をつけてね」

 マオミーに軽く手を振り、ミーミーはウサバへと向かった。

 ウサバでバイトをしていると、客席に明日香の姿があった。マオミーに注意されたのに、働いているミーミーを堂々と写メっている。

 それだけなら黙っておこうと思ったのだが、調子に乗った明日香はテーブルを清掃する他の店員にもちょっかいを出し始めた。

「ミーミーさんについて色々教えてください!」

「あの、個人情報なのでできません」

「いいじゃないですかーお客さんですよ?」

 スマホに何かを打ちながら明日香はなおも食い下がる。

 ツイッターに投稿しているのだろうか。そういえば、昼休みにマオミーの事を言いふらすみたいなことを言っていた。今頃炎上していなければいいのだが。

 明日香は客席から立ち上がり、ミーミーに視線を向けた。そしてカウンターへ来て他の店員に声をかける。

「ねぇねぇ、ミーミーさんについて教えて下さい!」

「お客様、他のお客様の御迷惑になりますので」

「何で教えてくれないの? 出し渋ってる?」

「だから……!!」

「ウサバにいたら、ずっとミーミーさん見れるんですよね。素敵、毎日通ったらミーミーさんの情報教えてくれますか??」

「この……!!」

「明日香ちゃん!!」

 他のお客さんもドン引きして見ていたが、とうとうミーミーは我慢できず大声を出した。

「明日香ちゃん、ファンでいてくれるのは嬉しいけど人間としてやってはいけないことってあると思う」

「ミーミーさん……?」

「帰り道を後ろから付いて回ったり、勝手に写真撮ったり、お店の人や他のお客さんに迷惑をかけてまでファンでいてほしくない。明日香ちゃんには思いやりが必要だと思う」

 場がしーんとなる。明日香はポカンとミーミーを見つめていたが、段々その瞳が潤みだし、口がわなわなと震えだした。

「わ、私、私……!!」

 明日香の目尻からぽろりと大粒の涙が零れ落ちる。

「うわーん!!」

「明日香ちゃん!?」

 明日香は涙を零しながら荷物を持って出て行った。心配そうに見るミーミーの肩を他のバイトの子がよく言ったとぽんぽんと叩いてくれた。

 次の日から、明日香の気配はなくなった。登下校にも、昼休みにも、バイト先にも現れなくなった。

 ミーミーの言葉がよほど効いたようだ。

「ちょっと言い過ぎちゃったかな」

「おねえが気に病むことないよ」

 マオミーはそう言ってくれるが、やはり気になる。

 ストーカー行為をやめてくれたということは、話し合えばわかってくれる子だったのだ。

 

 一週間経って、ふと明日香の気配を感じ振り返ると電柱の影に隠れていた。

 じっと見つめるともじもじしていて、出てきそうにない。仕方なくミーミーは自分から近づいた。

「あ、あのミーミーさん。私あれから反省したんですけど、やっぱりミーミーさんが大好きで……!」

「……えい」

「え?」

 目を潤ませて言う明日香の頭に、ネズミーランドで買ったうさ耳カチューシャをつけてやる。

 ピンクでもこもこのうさ耳をつけた明日香はきょとんとしている。

「……私も、言いすぎたかも。でも、もう二度と他の人に迷惑をかけるような行為はしないでね」

「ミーミーさん……!!」

 感極まったのか、明日香はミーミーの手を両手で握り締めた。

「もう二度としませんから、ファンでいていいですか?」

「うん、もちろんだよ」

 にっこり笑ってそう言うと、明日香は心底嬉しそうに笑ったのだった。

 それからしばらくして、明日香を中心として一年生の間にネズミーランドのうさ耳をつけて学校に来る集団が増えつつあった。

「あ、ミーミーさんおはようございまーす!!」

「お、おはよう……」

 彼女達は教師にカチューシャを怒られても外すことなく、嬉しそうにうさ耳を揺らしている。

「おねえ、あれはいいの?」

「うーん、まぁ人に迷惑かけてないし、いいかな?」

 苦笑いするマオミーに、ミーミーは苦笑するしかなかった。

小説:ぷよつー
原案:聖女BATTLE!制作委員会

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