聖女BATTLE!/第4話『開催』(前編)
眩いライト、シンと重たい空気。
この日のために用意した煌びやかな衣装を身にまとい舞台に立つ。
ドクンと跳ね上がる心臓に私はできる、今までだってやってきたじゃないと言い聞かす。
私を、私という存在を見せ付けるのだ。観客全員が私に釘付けになるように。
澄んだ美しい声、個性を爆発させるダンス。ぶつかり合う少女達。
「刮目せよ。戦う乙女は美しい」
バトルの先に、一体何が待っているのか。
かくして、聖女バトルの幕は開く。
聖女BATLLE 4話「開催」
雨が降っていた。遅い時間だからか、ほとんど人はいない。
傘をさしながら、マオミーとミーミーはトボトボと歩いていた。
いつもと違い元気はなく、落ち込んでいるようだ。
その日は家に帰っても何もする気が起きず、二人はぼーと過ごし、宿題をして寝た。
次の日、ぼーっとしながら通学路を歩いていると前を歩く女子生徒と目が合った。
黒髪の清楚な雰囲気の美少女だった。紫のリボンをしているから三年生だろう。
「どうしたの? あやめ」
「……ううん、何でもない」
隣を歩くショートカットの女子生徒に声をかけられ、黒髪の少女は前を向き、それきり目が合うことはなかった。
ミーミーと別れ、傘を傘立てに入れると教室に入る。席に近づくと宮川さくらのグループが一斉にマオミーを見た。
ざわり。アイドル候補生達の空気が不穏なものに変わる。
恵美と智恵と一科はどうしようと宮川さくらの顔色を見ている。薫は余裕たっぷりの顔でマオミーを見つめる。
さくらが負けるわけがない、そう思っている顔だ。
「お、おはよう……」
マオミーが声をかけると、宮川さくらはガタンと立ち上がる。
あの日、さくらが図書館を出てすぐに校内放送はかかった。だからさくらも聞いているはずである。
「さくらちゃん……」
「マオミー」
さくらは挑発的な目でマオミーを見つめ、ふっと不適に笑う。
「やっぱり、ライバル同士が本当に友達になるなんて、あり得ないのね……」
「さくらちゃん……!!」
さくらはそういい捨てて教室を出て行った。
残された恵美と智恵と一科は顔を見合わせて、マオミーの方をごめんねという顔をして一緒に出て行った。
「さくらがそういう対処をするなら、私もそうせざるをえないわね」
「薫ちゃん……」
ふふと笑って薫がマオミーを見つめる。
「私たちはね、宮川さくらという光に憧れて一緒にいる、いわば友達というより、ファンに近いの。
マオミーというライバルができたのはさくらにとっていい傾向だわ」
バトル、楽しみにしてるからねと言って薫も出て行ってしまった。
残されたマオミーはしゅんとしながら自分の席につく。
「ひゃーすごいね、火花散ってるじゃん」
「美知子ちゃん……」
落ち込むマオミーに一般生徒の伊川美知子が話しかけてきた。
「聞いたよ、今度の聖女バトルマオミーちゃん出るんでしょ?」
「う、うん。そうだよ。美知子ちゃんも見に来るの?」
「え? 何言ってるの?」
「へ?」
マオミーがきょとんとしていると美知子はあちゃーと顔を手で覆った。
「……もしかして、何も知らない?」
マオミーは顔を少し赤くして小さくこくんと頷いた。
聖女になるためにこの学校に来たのであって、この学校の歴史や仕組みは何も知らない。
本来ならば自分で調べなければいけないのだが、マオミーは忘れていたのだ。
アイドル候補生ならば知っているべき知識を知らないのをいぶかしみながらも、美知子は説明してくれた。
「開催場所はわかる?」
「え? あの礼拝の授業がある……そうだ、パイプオルガンのある所だよね!」
「聖堂ね。そうそう、そこで当日発表されるテーマを元にバトルするの」
「え? テーマって歌って踊るんじゃないの?」
マオミーの言葉に、美知子は何から説明したものかと眉根を寄せた。
「12人のジャッジメントによってその都度決定されるの。
純粋にダンスや歌の技術を争うバトルもあれば、特殊なルール下でアイドルとしての適正を問うようなバトルもあるの」
「ジャッジメント……? 審査員みたいな感じ?」
「う~ん、まぁ簡単に言うとそうね」
正体秘密のジャッジメント、それは政治家、大物女優、大富豪など国内の有力者の集まりとされ、真っ当なものもいれば若い女同士を争わせて楽しむような変質狂もいる。
その中から選ばれし12人のジャッジメントがそれぞれどの月に、なんのルールで、どのアイドルに戦いを要求してくる。
その目的は謎だが聖女バトルは国内外から熱狂的に評価されている。やはり若い女性が汗を流し必死で戦う姿は美しく、扇情的なのだろう。
裏では多額の賭け金も動く全世界向けのエンタテインメントとなっている。
「毎月金曜日の夜に聖堂で開催されて、インターネットで全国配信されてるの。その場にはジャッジメントの一人が必ず立ち会うのよ」
「夜にするの!?」
「そう、だから生徒だけじゃなくて一般の人もお客さんになれるの。
といってもチケットは有料だから私はネットから応援してるわ」
生徒は割引してくれるらしいけど、今月ピンチだからと美知子は苦笑した。
「美知子ちゃん、物知りだね。ありがとう!」
帰ったら、ミーミーにも教えてあげよう。
耳をぴんと立ててお礼を言うと、美知子はふっと笑った。
「私ね、ルナティックアイリスが好きでこの学校に入学したの。だからルナティックアイリスのバトルは貯金叩いて応援しにいってるんだ。
この学校の生徒は、結構好きなアイドル候補生がいるから入学したっていう子、多いよ」
「そうなんだ……」
「マオミーは何でこの学校に入学したの?」
「私は……」
聖女様になるため、と言いかけて口を閉じた。
神様から聖女の修行が人間界のアイドルに近いからと言われて下界し、入学したがそれほどこの学校にこだわっているわけではない。
この学校の人は皆いい人達だし、学校生活も楽しい。だが、自分の周りの人たちはこの学校のこういうところが好きだから、という明確な理由がある。
ただアイドルになるための近道だからと思って入学した自分は、周りと浮いているような気がしてきた。
(私は何でこの学校にいるんだろう……)
頭がぼーとして、美知子の話を心あらずで聞いてしまう。担任が来たのでホームルームが始まる。
その日、マオミーの心が晴れることはなかった。
バトルまでもう一週間もないのに、二人はまだふさぎこんでいた。
せっかく友達になれたのに、友達と戦えないよ! その思いが二人を蝕む。
大好きなイチゴアイスクレープもなんだか味気なく感じてしまい、喉に通らない。
食事中も何度もお箸を落としたり、食も進まず母親にどうしたの? と心配される始末。
校舎裏で練習をしているが、それも身が入らない。
「ちょっと、あなたたち」
校内放送から三日目、中途半端な練習を中断し休憩していると三年生のグループがやってきた。
「そんな中途半端な練習するんだったら、やめてくれない?」
「え、なんでですか」
むっとして言い返すとリーダー格の少女が大きい声で怒る。
「ここはね、元々ルナティック・アイリスの練習場所だったの!!
なのに、何も知らないあなた達が練習場所にしたから彼女達は場所を変えたの!!」
そんなの初耳だった。知ってた? とミーミーの方を見ると彼女も首を振る。
「あなた達が一生懸命に努力して、練習しているから。
って彼女達が言ったから私たち何も言わなかったけど、さっきから見てたら何よあなた達。小学生でもそんなダンスしないわよ」
どうやら彼女達はルナティック・アイリスのファンらしい。
元々ルナティック・アイリスの居場所だったのに、新参者が場所を奪い、それだけでも腹が立っていたのに、身の入らない練習を見て堪忍袋の緒が切れたようだ。
「とにかく、迷惑なのよ!! やる気が無いならここで練習しないで!!」
ふんっとそれだけ言うと彼女達は帰っていった。
残されたマオミーとミーミーはしばらくぼぉとしていたが、目が合い、もう今日は帰ろうかと同時に立ち上がったのだった。
制服に着替え、二人で歩いていると渡り廊下の下から音楽が聞こえてくる。
「……さくらちゃんだ」
窓の外を覗くとさくらが練習していた。彼女のダンスには迷いはなく、マオミーと正反対だった。
「……さくらちゃんは、私と戦っても平気なんだ」
「マオミー……」
マオミーがしゅんと猫耳を伏せると、ミーミーも共感してうさ耳をしゅんと伏せる。
一体どうすればいいのだろう。そんな中途半端な気持ちで二人は下駄箱へと向かった。
その日の夜、マネージャーのかずみから電話があった。
「久しぶりね! 元気にしてる?」
かずみは二人の他にもマネージャーを掛け持ちしているので、学生である彼女達はなかなか会えない。
「もうすぐ初のバトルね! 明日衣装合わせをしましょう」
「う、うん……」
電話を切って、ミーミーにその事を伝える。
刻一刻と迫ってくるバトルの日。こんな嫌な気持ちになるのなら、聖女に入学しなければよかったのだろうか?
考えても答えは出ず、二人は大きなため息を吐くのだった。
放課後、事務所のドアを叩く。
すると中からかずみが出迎えてくれた。
「さぁ、入って。二人とも太ってないでしょうね? 一応衣装は最初に採寸した時のサイズに合わせてあるから」
「そう」
「……二人とも、どうしたの?」
耳をしゅんと垂らして元気のない二人を見て、かずみは怪訝な顔をした。
そして話を聞くべく、応接間に二人を連れて行った。
革張りのソファに並んで腰をかける。そしてかずみに何があったのか話した。
「あなた達なに考えてるの? お友達作るために聖女に入ったわけ?」
「え?」
呆れた顔でかずみは二人を睨む。
「アイドルになるために、あの学校へ編入したんでしょう? 違う?」
「ち、違わないよ!」
口ではそう言っているが、いまいちマオミーとミーミーの中で聖女の修行=アイドルになる、が繋がっていないままであるため納得はしていなかった。
私たちは聖女の修行をするために下界に降りてきたのに。なのに何故こんな友達と戦ってまでアイドルにならなければならないのか。
それが顔に出ていたのだろう。かずみははぁと大きくため息を吐いた。
「あなた達がアイドル=何と結び付けているのかは私にはわからない。でもね、アイドルは観ているファンを笑顔にするお仕事で、ファンのことを第一に考えなきゃならないの。
でも今のあなたたちは何? お友達と戦いたくない、悲しい、と自分のことばかり。ぜんぜんファンのことを考えていないわ」
「かずみん……」
「一度アイドルになると言ったからには、戦い抜きなさい。そしてその程度で壊れるのなら、それは友情とは言わないわ」
かずみからのキツイ言葉に、二人は目の前から霧が晴れたような気分になった。
戦うから、絶交したわけではない。それに、ライバル同士が友情を結ぶ事だってある。
それに、全力で戦わなければさくらにも、応援してくれているファンにも失礼だ。
「……かずみん、私がんばる!!」
「私も!!」
急に耳をぴょこんと立てて元気になった二人を見てかずみはふっと笑った。
「その情熱を忘れちゃダメよ。さ、衣装合わせをしましょうか」
「「はい!!」」
二人は立ち上がり、闘志に燃えた瞳をかずみに向けた。もう迷わない、今は全力で戦い抜くだけだ。
三人は応接室を出て、衣装合わせを始めたのだった。
To Be Continued
小説:ぷよつー
原案:聖女BATTLE!制作委員会
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