見出し画像

聖女BATTLE!第6話/「沈黙のディーヴァ」

 月が照らす先に、銀髪の女性がいた。

 昔の面影は一切なく、ヒビの入った陶磁器のような肌は退廃的で美しい。

 光が宿らぬ瞳で見つめる先には黒髪の美しい少女。類まれない美貌と才能を持ちながらも、精神的に不安を抱えている。

「聖女の復活には、うら若き完璧な少女の器が必要なのよ……」

 今は手を出さない、だが近いうちに彼女の毒牙にかける。その時、少女は今のままでいられるだろうか……?

聖女BATTLE! 第6話

「まだ提出してない人だれー?」

 休憩時間、紫のリボンを付けた少女が声を上げる。クラスはがやがやと賑やかで皆あまり話を聞いてない。

「もー、早く提出してよね。休憩時間終わっちゃうじゃん」

「もう全員提出しちゃったんじゃない? 職員室行っちゃいなよ」

 文句を言う少女に友達の少女が笑いながら言う。その時だった。

 ずいっと二人の間を引き裂くように後ろから一枚の紙が差し出された。

 二人は誰よ、と目線だけを向けてげっという顔をした。

「あ、矢沢さんだったんだ……」

「……あの」

 ハスキーな掠れ声が何かを言おうとする。が、怖がっているのか前の二人は笑顔を作って手をふる。

「ごめんねー! 別に怒ってないから!」

「いや、あの」

「ほら、行こ」

 紙を受け取り、そそくさと少女達は去っていく。それを口をもごもごさせながら見送る。それがいつもの光景だった。

 矢沢まりや、十七歳。高校三年生のモデルコースを専攻している。

 身長190cm、すらりと長い脚、バランスの取れた体。完璧なモデル体型のため胸はそこそこだが、スタイルの良さで気にならない。

 ふわっとした髪を軽くサイドに括り、クールに振舞う彼女はクラスで浮いていた。

 高身長で無口でギャル、それに加えてハスキーボイスというのが威圧感を与えるのか、他のクラスメイトは近づかない。まりやはこの三年間ずっと一人だった。

(……このままじゃいけないって、わかってるんだけどな)

 叶る事なら変わりたい、今とは違う自分に。

 窓際の自分の席に着き、はぁとため息を吐く。頬杖をつきながら頭を窓にくっつけるとひんやりとして気持ちが良かった。

 元々無口で話すのが苦手だったが、あの日以来更に無口になったような気がする。

 それはまりやが中学生の時。好きな男子がいて、校外学習でその子がいるグループと同じ班になった。

 まりやは嬉しくて勇気を出してその子に話かけてみた。するとその子は驚いたような顔をして言った。

「矢沢って、男みたいな声だったんだな」

 ショックだった、元々低いなと自覚していたが勇気を出した声をそう言われた事が。

 それだけでもショックなのに他の男子がどうした? と近づいてきた。

「どうしたんだよ」

「いや、矢沢の声って男みたいな声なんだよ」

「マヂで? ただでさえデカイのに、もう女じゃないじゃん」

「デカすぎるし、邪魔だよな」

 それはまりやの胸に激しく突き刺さった。高身長、ハスキーボイス。思春期真っただ中の中学生には自分より大きい女子など目障りなだけだったのだと思い知った。

 それからまりやは一切喋らず、ひたすら泣くのを我慢した。その日はそれ以降何をしたのかは覚えていない。

 喋るのが怖くなって、友達とも喋れなくなると、人は離れていった。

 ポツンと孤立し、極力声を出さないように暮らしてきた。休日は友達は離れていったので一人街をブラブラしていた。

 中学三年生の時に街中で今のマネージャーにスカウトを受けた。

 こんな高身長などスポーツもしていなければ無駄ななだけだと吐き捨てるように言うと彼女は目を見開いた。

「何を言っているの! こんなに背が高くてスタイルが良くて、更に顔が可愛いなんて最高じゃないの!!」

 自分が光る宝石だということをわかっていないとこんこんと説明され、気づけば事務所の机に座っていた。

 眼鏡をかけ、ショートボブの彼女は「牧みどりです」と名刺を渡してきた。

「あなたの才能を必ず引き出して見せるわ」

「で、でも……その……」

「ん?」

「あの……」

 みどりはまりやがもごもご言い始めてもじっと待ってくれた。

「私、声男みたいだし……」

「そんなの関係ないわ、モデルは体が売り物の仕事なの。あなたにピッタリだわ」

 それに、あなたの声ハスキーでとっても素敵よ。そう言ってみどりはにこっと笑った。

 営業スマイルかもしれない、それでもまりやは泣きそうになるほど嬉しかった。

 その日家に帰って一日悩んでから、まりやは事務所と契約した。親は放任主義だから、好きにするといいと言われた。

 みどりにモデルと学業を両立させるなら、私立聖秀女子学院のモデルコースをすすめられ、受験した。

 

(……確かに、モデルの仕事は無口でもやっていけるけど)

 モデルとして仕事をする場合は事前にメールで打ち合わせをし、極力当日喋らなくてもいいようにしている。

 前日にもしかしたら聞かれるかもしれない事をメモし、ポケットに忍ばせておく。そうすればもごもご率は減るような気がする。

(……みどりさんはクールキャラ、いいじゃないって言ってくれたけど……はぁ)

 ちらっと斜め向かいの席を見る。艶やかな黒髪、白くきめ細やかな肌。そして圧倒的美少女。醸し出す雰囲気はクールで口数も少ない。

 だがまりやと違いカリスマがあるのか、圧倒的人気で友達も何人かいる、天王寺あやめ。

 彼女と自分はどう違うのだろう。入学してから誰一人として友達ができなかった。

「ねー! あやめ、今度あそこのライブボックスに参加するって本当?」

「うん、よかったら来て」

「あやめ単体じゃないよね?」

「もちろん、私も参加するよ。ルナティック・アイリスで参加だよ、ぜひ来てね!」

 ショートカットのボーイッシュな少女が会話に参加する。

 繊細で美しいはずなのに、聞けば身を乗り出してその背後にある月光を浴びたくなるような歌声を持つルナティック・アイリスのボーカル、北条るなだ。

「あやめ達ってスタジオで練習してるんでしょ? すごいよねー」

「……」

「あやめ……?」

 何か悩み事があるのか、あやめはぼーっと視線を宙にさまよわせている。自分に話を振られたことに気づいていないようだ。

「スタジオはあやめのお母さんが借りてくれてるんだ、ね? あやめ」

「え? あ、うん……」

 るなの声ではっと現実に引き戻されたのか、あやめはよくわからず頷いた。

「あやめ、大丈夫? 顔色悪いし、最近ぼぅっとしている事多いね? 何か悩んでる?」

 るなはすっとあやめの頬に手を伸ばし、細く長い指でさらりとあやめの髪を一房梳かした。

「ん、大丈夫。……まだ、言うべきじゃないから」

 あやめはるなの手のひらに頬を寄せ、るなの手に自分の手を重ねた。

 まわりから声にならない黄色い悲鳴が起こる。

 ミステリアスな美少女とボーイッシュな美少女が手と手を重ね、見つめあうその姿は美しく、まるで一枚の絵のようだ。

 

(……いいな、まるで心から信頼しあってるって感じ)

 そんな友達、今まで一人もいなかった。それはこれからもだろうか?

 ルナティック・アイリスの醸し出す世界に教室が飲まれる中、まりやは小さくため息をついた。

 時間は過ぎていき、昼休み。まりやは教室に一人いるのがつらくて屋上へと向かった。

 屋上は危険だから本来なら立ち入り禁止なのだが何故か鍵が開いており、誰もいないので気持ちを落ち着けるには最適の場所だった。

「……気持ちいいな」

 ひゅぅと風が吹き上げる。波打つ髪を手で抑えながら、上空の太陽を見上げる。

「そういえば、あの日もこんな晴天だったな」

 純白の花嫁、幸せそうな人々。子どもの頃、両親に連れられて参加した結婚式。

 あの時教会で歌った讃美歌が今も忘れられない。気づくとまりやは誰もいないのをいいことに歌いだしていた。

**

「いつくしみふかき ともなるイエスは つみ とが うれいを とりさりたもう

こころのなげきを つつまず のべて などかは おろさぬ おえる おもにを」**

 気持ちいい、他人を気にせず声を出すのはなんて気持ちがいいのだろう。

 まるで歌詞のように、まりやの憂いが取り去られていくかのように声はさらにのびやかになっていく。その時だった。

 

ガタンッ

 扉が外れるような音がして、まりやは人の気配を察知し歌うのをやめ振り返った。

 そこにいたのは眼鏡をかけた小柄な少女だった。リボンの色からすると二年生だろう。

「あ、あの……」

「……」

 聞かれた、恥ずかしい。まりやは俯きながら早足で屋上から逃げ出そうとした。

 だが、すれ違う時に少女に腕を強く掴まれる。

「え、あの……」

「先輩!! 私についてきて!!」

「え?」

 興奮しているのか少女の顔は真っ赤だ。まりやの腕を強く掴んだまま階段を降りていく。小柄なのに力が強く、腕を振り払えない。

 仕方なくまりやは少女についていった。

※※※※※

 佐藤杏子は自分の限界に焦っていた。自分には歌唱力がある、それは他の合唱部の子も同じだ。

 特に突出した才能があるわけでもなく、このままでは自分は埋没してしまうと感じていた。

(指導する力は、自信があるのになぁ……誰か組んでくれる子いないかな)

 見た目も地味で、可愛いが普通だ。普通、それは常に杏子に付きまとう言葉。

 歌が好きでアイドルコースを専攻したが、他の候補生は目がくらむような子ばかり。

 才能がある者同士は引き合うらしい。次々にコンビやグループを組んでしまい、気づけば杏子はソロになっていた。

 最初はソロでもやっていく自信はあった。だが見せつけられる他の候補生の実力、そして合唱部に入ってそれは更に思い知らされた。

 井の中の蛙だったのだ、そう思いアイドルを諦める子もたくさん見てきた。だが杏子は諦めたくなかった。

(今のところ、運よく聖女バトルに当たってないだけで……実際ソロでバトルに参加させられたら打ちのめされて辞めてるかも……)

 暗い気持ちはネガティブな思想を呼ぶらしい。杏子はぷるぷると首を振り、気分転換をしようと屋上へ向かった。

 屋上は普段誰も近づかず、気分転換には絶好の場所だった。屋上の扉に近づくにつれて、ふと誰かの歌声が聞こえてきた。

(誰かいる……?)

 ドアノブをそっと回し、隙間から屋上を覗く。すると杏子の耳に、全身に風と共に美しい旋律が吹きつけてきた。

 

(だ、だれ?)

 歌声は美しく、自然と目が大きく見開かれていく。目の前には高身長の少女がのびのびと美しい旋律を発していた。

 力強く、心に抉り込むように入ってくる声に杏子はゾクリと鳥肌を立てた。そしていつの間にか涙が目じりから零れていた。

(結婚式で歌う曲のはずなのに、何故なの、すごく涙が出てくる。悲しかったんだね、辛かったんだねっていうのが全身の毛穴に入り込んでくるみたい……!!)

 思わずドアノブを握る手に力が入る。するとドアノブはガタンッと音を立てて床に落ちた。

「え? うそ、老朽化してだよね?」

 音に気付いたのか美しい声は止まっていた。振り返った高身長の少女は紫のリボンをつけていた。

「あ、あの……」

「……」

 三年生である少女は口を固く結び、杏子を軽く睨むとずんずんとこちらに近づいてくる。

(い、行ってしまう!!)

 すれ違う時、思わず杏子は彼女の腕を掴んでいた。

「え、あの……」

「先輩! 私についてきて!!」

「え?」

 この出会いを無駄にするものか、杏子は彼女の腕を掴み、音楽室へと早足に向かっていた。

 

※※※※※

 連れてこられた場所は音楽室だった。中には合唱部の子が数人いて、突然入ってきたまりや達に戸惑いの表情だ。

「杏子、誰その人」

「あとで!」

 杏子と呼ばれた、自分の腕を強く掴んでいる少女は友人を押しのけピアノの所まで行く。

 そしてグランドピアノを開き、椅子に座るとようやく掴む手を離してくれた。

「私がピアノとコーラスでサポートするから自由に歌って。さっきみたいに自分を解放して」

「は? 意味わかんないんだけど……」

 眉間にしわを寄せ、軽く睨む。すると杏子の友人はビクリと震えた。

(……これがいつもの反応だよね……きっとこの子も)

 そう思ったが、杏子は目をかっと見開き自分の目を見つめていた。

 その目は情熱的で、まりやの臆病な心を絡めとる。

「歌えばわかる! 私の直観がそう言ってるの!!」

 そう言って、杏子はピアノの鍵盤に指を滑らせた。

 讃美歌312番 いつくしみふかき。先程まりやが歌っていた讃美歌だ。

(歌えって……こんな人がいる所で声を出せっていうの?)

 恥ずかしい、しかもここは合唱部がいる音楽室だ。自分なんかのヘタクソな歌声を聞いて笑われたらどうしよう。

 自然とまりやの声はもごもごと小さく聞き取りづらいものになる。泣きそうだった。

(何? 新手のいじめ?)

 涙目になった瞳を杏子に向けると彼女は鍵盤を見ずに、じっとまりやの目を見つめていた。

 その目は大丈夫、私がついていると言っていた。私を信じて、と。

(……なんか、みどりさんに似てるな)

 こんなに一生懸命自分なんかの歌声を聞きたいと言っているのだ。それなら聞かせてやろうではないか。

 あとはがっかりするなり、好きにしたらいい。

 まりやは覚悟を決め、すぅぅと深呼吸をし、発生した。

「いつくしみふかき ともなるイエスは われらのよわきを しりて あわれむ

なやみ かなしみに しずめるときも いのりに こたえて なぐさめたまわん」

※※※※※

 ピアノを弾きながら、杏子は涙をこらえるのに必死だった。

 ひしひしと伝わってくる、見えてくる。彼女の張り裂けそうな叫びが歌声となって。

 心に響く、美しい歌声。それは天にも昇るものだった。

 今の彼女には音楽室にいる全員が自分の声に聞き入って涙を流しているとは気づいていないだろう。

 彼女の歌声には心に食い込むような力がある。それは杏子にも、今の合唱部にもない力だった。

 最後の音符を引き、手を離すと周りはシーンとしていた。

 彼女は目を開き、俯き悲しそうな表情をする。恥ずかしい、消えてしまいたい。そう言いたいようだ。

「……すごかったわ」

 一人がぽつりと言うと自然と皆拍手をしだした。

 全員が大きな拍手を彼女に向けると、彼女はポカンとした顔をしている。

「え、あの……」

「すばらしいわ、ぜひ合唱部に入って欲しいわ」

「杏子、すごい逸材見つけてきたね!」

「えっと、その……」

 口々に感想を言いあう合唱部員に気圧されているのか元々なのか、彼女は俯きもごもごと口ごもっている。

「私の声なんて、気持ち悪いだけなんじゃ……」

「何を言ってるの! こんな美しい歌声なんだから、自信持って!!」

 杏子が思わずそう言うと、彼女は大きく目を見開く。瞳が潤んでいた。

 きっと今まで声がコンプレックスだったのだろう。鼻先を少し赤くさせつつも、決して涙を流さない彼女を見て、杏子は椅子から立ち上がった。

「先輩!! 合唱部に入って!! そして私とアイドルのユニット組んで!!」

「は?」

 こんな逸材、きっとこの先誰も現れないだろう。この出会いは運命だったのだ。

 キラキラした目を彼女に向け、杏子は彼女の両腕を掴んだ。

※※※※※

 突然音楽室に連れてこられ、歌ってと言われ覚悟を決めて歌えば周りの人間は涙を流し拍手をしている。

 あまりの状況についていけず俯いてもごもご言うしかなかった。

 何故皆こんなに褒めるのか。自分の声を聞いても気持ち悪くないのだろうか?

「私の声なんて、気持ち悪いだけなんじゃ……」

 つい言葉にしてしまった言葉。だが眼鏡の少女は目をかっと見開き、言い放つ。

「何を言っているの! こんな美しい歌声なんだから、自信持って!!」

 その姿は、完全にみどりの姿と重なった。自分の身長にコンプレックスを持っていた自分を救ってくれたみどり。今度は声のコンプレックスに対し自信を持てというメガネの少女。

 嬉しかった、辛かったんだという押し込めていた感情がじわりと涙となってこみ上げてくる。

(な、泣いちゃダメだ……!)

 私まで泣けば、きっと雰囲気が悪くなる。長年のコンプレックスはまりやをネガティブ思考にしている。そうそういいように考えられない。

 すると突然、眼鏡の少女がガタンと立ち上がり自分の腕を強く握った。

「先輩!! 合唱部に入って!! そして私とアイドルのユニット組んで!!」

「は?」

 キラキラした視線を送るその目は一点の曇りもなかった。本気で言っている。

「そ、そんな突然言われても困るわよ、杏子ちゃん」

「でも!!」

 彼女を止めようと間に入った三年生も手にはもう入部届の紙を持っている。

「でも、できれば合唱部に入ってほしいかなーなんて」

「お願いします!! 先輩!!」

「え、あの、その……」

 キラキラした目が更に増えた。気づけば周りの少女達も見つめている。

(……信じていいのかな、みどりさん)

 そういえば、みどりもいつもキラキラした瞳をしていることを思い出す。信じていいのだろうか、この人たちを。

 まりやははぁとため息をつくと、ふっと笑った。その美しさに眼鏡の少女と三年生は見惚れた。

「……自己紹介」

「え?」

「自己紹介すらしてないよ、うちら」

 そう言うと眼鏡の少女はそういえばそうだったと苦笑した。

「私、佐藤杏子っていいます。アイドルコース専攻です」

「モデルコース専攻、矢沢まりや」

「矢沢先輩、ぜひ合唱部に入って私とユニット組んでください!」

 強引すぎる、だがここまで強引すぎると気持ちいいかもしれない。

 今まで他人と関わってこれなかったせいか、杏子のようにまっすぐに向かってくる子は嫌いじゃない。

「……こんな歌声でよければ、いいよ」

「やったぁぁぁ!!」

「痛いっ!!」

 小柄な割には力が強いのを自覚がないのだろう、まりやの細い腕を喜びで思いっきりぎゅっと掴み、まりやは悲鳴を上げた。

「す、すみません……先輩! 矢沢先輩が入ってくれました!!」

「これ、担任の先生に提出してねー」

「え、う、うん」

 入部届を渡され、まんざらでもない笑みを浮かべるまりや。

 心がじんわりと溶けるような感覚がした。

※※※※※

「ん?」

 人間界から、久々に天界まで届く美しい歌声が聞こえてくる。

 天界の長はちょいと人間界を覗く。するとそこはミーミーやマオミーが通う学校の音楽室からだった。

 コーラスの子達は普通だが、メインの少女の声が澄み切っていて、聞いていると全身をゾクリとさせられる。

 そして心に染み入ってくるさまざまな感情、今まで押し込められてきたものが一気に解放されているように思える。

「あら、長。珍しいですね、泣くなんて」

 傍に控えていたチュエがクスっと笑った。そう言った彼女も目じりに涙をためている。

「いやいや、久々に感動した。こりゃミーミーもマオミーも大変じゃな」

「そうですね」

※※※※※

 合唱部に入部し、一月が経った。まりやは即戦力となり、次の合唱コンクールのための練習をしていた。

 中々声を出すのを躊躇ってしまうまりやを、杏子は根気よく指導してくれた。時には何故こんなにも情熱的になれるのだろうと思えるほどだった。

「……あれ?」

 放課後、音楽室へ向かうと誰もいなかった。電気すらついていない。

 首を傾げて、そういえば今日は休みの日だったことに気づく。そして自分が合唱部にのめり込んでいる事にも。

「……ふぅ」

 誰もいない音楽室の椅子に座る。

 突如現れた自分を受け入れ、コンクールに出れるぐらい鍛えてくれた合唱部のメンバー。

 最初こそまりやを怖がっていたものの、目標を同じくしている者同士だからか段々おびえがなくなっていった。

 クラスでは浮いているまりやだったが、合唱部に来ればただの一生徒になれる。それがとても嬉しかった。

 仲間がいる、自分の声を変だと言わない人たちがいる。自分の存在を受け入れてくれる。まりやが喉から手を伸ばしてでも欲しがっていたものが、今ある。

「あれ? あ、そっか。今日休みなんだ」

 入り口で杏子がいた。彼女も間違えたらしい。

 中にまりやが居る事に気づいた杏子は中へと入ってきた。

「先輩も、間違えたんですか?」

「……うん、つい」

 私もです、と杏子が言うと二人はクスクス笑いあった。

「そういえばね、私達二人のユニット名考えてきたんですよ」

「え? あれ本気……?」

 もちろん! と言って杏子はポケットから紙を取り出した。

 小さく折りたためられた紙には「ディヴァイン・ノート」と書かれていた。

「どういう意味?」

「神に捧げる音色、っていう意味です。先輩の歌声にピッタリでしょう?」

 嬉しそうに微笑む杏子に、まりやは微妙な笑みを返した。

「先輩? いやですか?」

「いやっていうか、私なんかの歌声でこんな大層な名前つけていいのかなって思って……」

 段々語尾に行くにつれて声が小さくなっていく。

 合唱部に入って、仲間ができた。もしかしたら友達もできるかもしれない。それでも、まだまりやのコンプレックスを解消するには至らない。

 長年抉り続けてきた心の傷は中々癒えない。まりやは俯いてしまい、下唇を噛んでいる。

「先輩!!」

 杏子がまりやの両腕をがしっと掴んだ。その痛さで思わず杏子の顔を見る。

「先輩の声は世界一です!! 私が保証します!! だから……だから私なんかの声なんて言わないで……」

「佐藤……」

 杏子の目は少し潤んでいた。その目を見て、なんと感情の起伏が激しい子だろうと思う。

 見た目は小柄で地味で、だがその内には測れないほどの情熱を持っている。その情熱は自分に向けられており、悪い気はしなかった。

「……あのさ、何でそんなに必死なわけ?」

「え?」

「だって、出会ってから一か月しか経ってないじゃん。ほとんど見ず知らずの人なのに、なんでそんなに……」

 すると杏子は微笑んで、腕を掴む力を少し緩めた。

「それは、先輩の歌声が私の心を動かしたからです。逃がさない、絶対にこの歌声を磨き上げて見せるって」

 そして少し照れ臭そうに眼を反らした。 

「私、先輩が思ってるほど良い人でもないし、お人よしでもないですよ。自分の信じる道のため、まっすぐに突き進んでいるだけです」

(眩しいなぁ)

 自分を信じてまっすぐに突き進める人は、なんと眩しいことか。

 さながら杏子はまっすぐ前進する機関車で、まりやはその道を照らすライトというべきか。

 

(この子なら、信じてもいいかもしれない)

 裏表のない杏子に、まりやは心を寄り添ってみることにした。

「先輩、歌って!」

「……いいよ」

 ピアノの傍に移動して、二人は気が済むまで練習したのだった。

 合唱コンクールで優勝し、その功績をたたえて合唱部は全校集会の時に表彰される事となった。

 本来なら合唱部の部長が表彰を受け取りに行くのだが、部長はまりやが入ってくれたおかげだからとまりやに譲った。

 ドキンドキンと高鳴る心臓が口元まででそうなほど緊張しながらまりやは表彰状を受け取った。

 努力が、勇気が実を結んだ表彰状。こんなにうれしいと思えるのは久々だった。その時である。

「次回の聖女バトルはルナティック・アイリスとディヴァイン・ノートに決まりました」

 校内中に響いたこの言葉の意味を、まりやが思い知るのはもう少ししてからだった。

マオミーとミーミーは、アイドル活動のための皆様からの投げ銭を受け付けております!こちらから寄付をお願い致します。