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金は入っただけ出るRedux

 日本が物価高、円安、コロナ禍の三重苦に悩まされている今、忘れられない一冊の経済本を改めてご紹介したい。62年前、つまり1960年に出版されたものだ。そのタイトルはズバリ『金は入っただけ出る』。なんとも直截的で神田の古本屋で見つけたときに衝動的に購入したものである。

 著者は英国の歴史・政治学者シリル・ノースコート・パーキンソン。世にパーキンソンの法則で知られているユーモア好きの人物であることを後に知った。

 本の内容はいわゆるパーキンソンの第2法則で「支出の額は、収入の額に達するまで膨張する」というもの。我々人間は貧しいうちは食べるだけで精いっぱいだが、所得が増えてくるに従ってそのお金をどう使おうかと考えだす。やがて支出は所得に応じて増えるばかりでなく、所得を超える傾向があるというのだ。どうりでいつまで経っても貯蓄が増えないわけだ。

 それでも個人の借金には限界がある。銀行も親戚も友人もやがて誰も貸してくれなくなるからだ。ところが国家となると話は別である。借金に歯止めが利かなってしまうのだ。ヨーロッパ金融危機を引き起こしたギリシャ、スペイン、ポルトガルなどを見ればよくわかるだろう。

 日本もけっして褒められたものではない。国家予算は本来税収の範囲内で賄うべきものである。しかし戦後、歳入が不足してしまった時にその穴を埋めるため1年に限って“例外的”に赤字国債を発行できる特例公債法というのを制定してしまった。この味を一度覚えてしまうともう止められない。発行した国債、つまり借用証は金融機関などを通じて国民が何の疑いもなく負担し続けてくれるからだ。

 特例のはずがいつの間にか毎年になり、借金は積もり積もって1200兆円を超えて増え続けている。90年代、借金は一気に膨らんだ。原因はバブル崩壊だった。今や政府債務残高がGDPと比べて260%を超える先進国は世界を見渡してもベネズエラ(198%)しかない。借金王ギリシャでさえ160%程度なのだ。

 幸い日本は600兆円以上の政府金融資産に加え、411兆円の対外純資産1900兆円の家計の金融資産があるから持ち堪えているが、それも少子高齢化で先行きは明るくない。つまり金は入ってくる以上に出ているのである。それでも危機感が乏しいところがこの国の摩訶不思議だ。

 子供の頃に親から「いつまでも在ると思うな親と金」と華美を戒め質素倹約するよう教えられたが、今は世の中が様変わりしてしまった。

 パーキンソンによれば、政治家がまずなすべきことは国家が支出できる金額を知ることだそうだ。過去の浪費がその味を教えてくれた金額(借金+税収)ではなく、まともに手にすることが出来る金額(税収)であると。さらに政府の浪費熱は国民に対しても悪影響を与えるとも書いている。政府が使い過ぎの常習犯なら、個人も所得の範囲で済まそうとはしなくなるからだそうだ。その結果、国民も浪費が癖になりクレジット地獄に堕ちていく。米国がいい例だ。

 それならば増税をすればいいと思うのは大間違い。税金の徴収には一定の限界があり、それを無視すれば民衆が反発してろくな事にはならない。結論は、歳出に合わせて歳入を測ると失敗するということだろう。

 日銀にカネを刷らせて改革を進めていくアベノミクス手法はかつての小泉構造改革と一見よく似ている。しかし小泉改革では金融緩和政策を積極的に行う一方で財政出動を極力抑えて財政再建とデフレ解消を目指した。アベノミクスは借金が膨らむ大規模な公共事業の実施を掲げている。景気が良くなれば税収も増えるという理屈だが、そんな程度で莫大な借金が減るとは思えない。景気が回復して金利が上がれば利払いも増える。政治家にはまず茶色に変色した古本『金は入っただけ出る』を読み直すことから始めてもらいたい。

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