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「ベルゴロド」というロシア海軍の怪物

 その大きさにまず圧倒された。長さはジャンボ機の倍以上の175メートル、幅23メートル、見上げると2階建住宅ほどの高さがあろうかというその不気味な黒い姿が私の目の前に現れた。

 モスクワから北へ2000キロの北極圏の秘密基地で、私が西側TVジャーナリストとして初めて潜入取材に成功した史上最大の戦略原子力潜水艦「タイフーン」のことである。1991年のソ連崩壊後、半年かけて2万キロを取材し、ついに辿り着いた北極圏でのスクープだった。91年ソ連崩壊直後の事である。

「タイフーン」は北大西洋条約機構(NATO)が付けたコードネームで旧ソ連では「アクーラ(鮫)」と呼ばれていた。その巨大“鮫”は180日間も潜行可能で、いざ攻撃となれば浮上して120発の核弾頭をアメリカに向けて同時に発射可能。まさに人類滅亡への究極の核兵器だったのだ。CIAと内通していた作家トム・クランシーのベストセラー『レッドオクトーバーを追え』(1990年)のモデルとなった原潜でもある。

 米ソ冷戦終結でそんなぶっそうな兵器はもう過去の遺物かと思っていた。しかしそれは大間違いだった。先月初め、ロシア海軍にタイフーンを凌ぐ巨大原潜「ベルゴロド」が納入されたという。ロシアの国営メディアTASSが伝えた。ウクライナ危機をきっかけに海洋でも米ソ冷戦が始まるのだろうか。

 モスクワの北セヴェロドヴィンスクの原潜基地で行なわれた式典で、ロシア海軍の最高司令官ニコライ・エフメノフ海軍大将は、ベルゴロド潜艦は「科学的遠征や救助活動」など平和的活動に従事することを強調した。だがそんなことはにわかに信じられない。

 なぜなら、この世界最長184メートルの特殊作戦原潜「ベルゴロド」が世界を破滅させることができる100メガトン旧の核魚雷ポセイドン6発を搭載できるからだ。
 魚雷といっても「大陸間弾道魚雷」といって私たちがイメージする魚雷とは似て非なるものだ。全長20メートル、直径1.8メートル、重量は従来の魚雷の30倍の100トンもある。小型の原子炉を搭載し1万キロも移動可能で、時速110~130キロのスピードでロシアから米国東海岸まで到達して物理的被害だけでなく広範な放射能汚染を引き起こすという。

 しかも最大潜行深度1000メートルで海底に沿って進むため、検知、迎撃することはほぼ不可能だというから危険極まりない。

 「(大陸間弾道魚雷)はまだ開発段階だろう」と米科学者連盟で核情報プロジェクトを率いるハンス・クリステンセン氏は米CNNに語っている。20年代後半まで配備できないだろうと同氏はみているのだ。

 しかしロシアの戦略軍能力を過小評価するのは危険だろう。ベルゴロドには魚雷以外にも無人水中ドローンが搭載され、小型スパイ潜水艦もドッキングできるという。
 トム・クランシーの小説に登場した戦略原潜「レッドオクトーバー」が実在したことを私はこの目で確認した。ベルゴロドもその全貌が明らかになる日は近いだろう。
              写真はOleg Kuleshov/TASS/ZumaPress

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