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帰らざるふたりの死からみるアフガニスタン紛争の真実

 米軍撤退でまたもアフガニスタン情勢が混沌としています。そもそもなぜアフガニスタンで紛争が絶えず、世界から注目されるのでしょうか。

 そのことを考える時、私はいつもふたりの人物を思い出します。

 ひとりは、現地でまさに命がけの人道支援に取り組んでいた口ひげがトレードマークの故中村哲医師。アフガニスタンとパキスタン国境近くを取材したときに出会い、情熱溢れる話しぶりと確信に満ちた瞳に圧倒されました。2001年9月にイスラム過激派テロ集団アルカイダが米同時多発テロを起こしてからまだ間もない頃のことでした。

  あれから20年、また緊迫するアフガニスタン情勢を見ていると、「アフガニスタンにはあなたたちが想像するような国家が存在していません」と喝破した彼の見方はまさに卓見でした。アフガニスタンがが国家というよりはお互いの利害で対立する部族の集合体だという実体を見事に捉えているからです。

 「山の民の国」という意味の国名をもつアフガニスタンは、中東と中央アジアに挟まれた標高1800メートルの山岳地帯に位置する要衝です。東と南にパキスタン、西にイラン、北にトルクメニスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、北東に中国と国境を接する他民族国家で、人口は約3800万人。

  1919年に英保護領から王国として独立、73年のクーデターで共和国となりました。その後はソ連軍の侵攻や米軍率いる有志連合によるテロ報復攻撃を経て新政権が成立しましたが、イスラム過激派の攻勢でふたたび状況が悪化しています。

  じつは民族対立以外にもいくつかの理由があります。
まず、アフガニスタンはアジアと中東の結節点で地政学的な重要度が高いことです。現代地政学の開祖マッキンダーがこの地域を制する者はユーラシアを制するとさえ言ったほどです。
また、治安が安定すれば、周辺国や国際石油資本にとっては石油や天然ガスを最短距離で安価で輸送できるルートなのです。
 さらには、アフガニスタン東部のジャララバードは、アジアの「黄金の三角地帯」と並んで世界最大の麻薬の密造地帯。1999年にはヘロインの原料であるケシの生産量は世界シェアの8割を占めていました。ふたたび急激に台頭してきたイスラム原理主義勢力タリバンの主な資金源です。

  米軍不在となれば、今後のアフガニスタン支配を巡ってタリバンと周辺イスラム諸国、ロシア、中国の間で熾烈な綱引きがすでに始まっています。
一度はアフガン戦争から不名誉な撤退を余儀なくされたロシアは、是が非でも中央アジアでの勢力拡大を実現したい。一方、中国はイスラム過激派の新疆ウイグル自治区への流入を警戒しつつ、巨大経済圏構想「一帯一路」の重要中継地点としてアフガニスタンを支配下に置きたいと思っているのです。

  この勢力争いをもっとも恐れているのは他ならぬアフガン国民です。すでに何万人もが避難を強いられ、多くが殺害されたり負傷したりしています。タリバンによる子供に対する「残虐行為は日増しに酷くなっている」という国連児童基金(ユニセフ)の痛ましい報告もあります。

 過酷な刑罰で知られるタリバンの復活で、いまやアフガニスタンの前途は暗澹としていますが。今は中村医師が残した次の言葉だけがわずかな希望を繋いでいます。
 「治安は最悪です。でも絶望はしない」

 もうひとりの人物は、

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