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惜しまれて去る世界最強の女帝

「あなたとこうして会えなくなると思うと寂しい。心の底からそう思う」

 ホワイトハウスで会談を終えたバイデン米大統領は世界最強の「女帝」に親しみを込めてそう話しかけました。もちろん某国の虚飾まみれの都知事のことではありません。

 歴史の激流に晒されながらドイツ史上初の女性首相として15年以上も欧州の舵取り役を務めてきたアンゲラ・メルケル首相(67歳)のことです。メルケル氏は政界を今年10月に引退することをすでに決断しているため、7月15日にワシントンで行なわれた米独首脳会談はおそらく彼女の最後のホワイトハウス訪問でした。

 意見の相違はあれ、ふたりの大ベテラン政治家同士のことですから、お互いに胸に去来する熱い思いがあったのではないでしょうか。

「メルケル首相はいつも何がただしいかを語り、人間の尊厳を語ってきた。・・・あなたらはずっと太平洋同盟の熱烈な擁護者だ」と、バイデン大統領がメルケルさんに最大の賛辞を送ったのも印象的でした。

 4年前の総選挙で4選を果たしたメルケルさんでしたが、政権内の混乱や相次ぐ地方選挙での敗北に加え健康上の不安から引退を決断したそうです。近年になって公の場で突然身体が震える場面が幾度も目撃されています。

 大量の難民流入や経済危機など深刻な問題から極右政党の台頭を許してしまったメルケル政権ですが、多くのドイツ国民はメルケルさんの揺るぎない中道路線、人道主義、そして安定感を評価し、今も彼女を親しみを込めて「ムティー」(お母ちゃん)と呼んでいるのです。

 ナチス犯罪という忌まわしい過去と経済危機にゆれたドイツは、冷戦後に一国主義から国際協調主義にシフトし、過激なイデオロギーや非人道的行為を厳しく批判してきました。それを支えてきたのが旧東ドイツで自ら過酷な体験をしたメルケル氏なのです。

 北朝鮮のミサイルを発射に政府もメディアも国民も慌てふためいて先制攻撃もやむなしなんて議論が噴出したり、オリンピック開催のためなら国民の命も後回しの日本とは月とすっぽんです。

 メルケルさんは1954年、ドイツ北部の経済の中心地ハンブルグで生まれた。お父さんは福音主義教会の牧師、お母さんは語学教師でした。しかし生後間もなくお父さんが東ドイツに赴任することになたため、その後は1990年の東西独統一まで東の抑圧的な社会主義国家の市民として生きるという異色の経歴の持ち主となりました。

 それでも学生時代は成績は飛び抜けて優秀で、大学入学試験の成績はオール満点だったそうです。とくに理数系が得意で物理学者になる道を選びました。語学も得意で、ロシアのプーチン大統領が首相となったメルケル氏と会談をした際に彼女のロシア語があまりにも流ちょうで舌をまいたという逸話も残っています。

 面白みのない優等生の「リケジョ」のようですが、プーチンのものまねが大得意で、案外おちゃめなところもあったようです。ベルリンの壁が崩壊時も時もサウナでのんびり汗を流していたという話しも有名です。

 メルケル氏の政治手法は物理学者らしく、まず実現可能な成果を想定してから物事を慎重に進め、決断は早い。その思考法でこれまで幾多の試練を乗り越えてきました。社会主義独裁体制下の監視社会で育ったことで人間の本心を見抜く能力も鍛えられたタフ・ネゴシエーターなのです。

 私が以前に東京特派員だた米ニュース週刊誌『タイム』は、2015年のパーソン・オブ・ザ・イヤー(時の人)にメルケル氏を選んでいました。理由は「道徳が欠乏している世界にあって、確固たる道徳の指導力を発揮した」ということでした。リーダーシップとは突き詰めれば人類への奉仕です。日本の総理は総じて奉仕の精神が足りませんね。


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