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プーチンの「核の脅し」は本気か?

 ロシアのウクライナに対する容赦ない攻撃が行われている真っ最中に、プーチン大統領は核戦力の「特別警戒態勢(special regime of high alert combat duty)」を命じた。

 まさに露骨な「核の脅し」である。本気なのか、それとも虚勢を張ったハッタリなのか。全面的軍事侵攻を開始でルビコン川を渡ったロシア大統領の真意を誰もが測りかねている。

 「我々の邪魔をするもの、我が国と我が国民に脅威を与えようとするものは誰であれ知っておくべきだ。ロシアは間髪を入れず報復し、お前たちが歴史上味わったことのないような結果をもたらす。・・・ロシアは今日、世界最強の核大国のひとつだ」 

 侵攻を開始した先月24日にプーチンはそう警告していた。そして27日にはショイグ国防相らに対し、核抑止部隊に特別警戒態勢をとるよう命じたのだ。

 ロシアは核兵器使用の手順を公開していない。従って「特別警戒態勢」が何を意味しているか定かではない。恐らく核発射の手順を平時から戦時の即応体制に切り替えることだろう。国連軍縮研究所のパベル・ポドビグ上級研究員もブルームバーグ通信の取材でそう分析している。

 ストックホルム国際平和研究所によると、ロシアは約4500発の核弾頭を保有しており、そのうち1588発が陸上のミサイル発射装置や潜水艦、戦略爆撃機などに配備されているという。米国と肩を並べる核大国だ。

 ウクライナ軍の強い抵抗や欧米の団結に業を煮やしたプーチン大統領がウクライナでの戦争を終結させるために戦術核兵器の使用の可能性も考えられる。ロシアは積極核使用(先制攻撃)のドクトリンを堅持しているから、なんとも恐ろしい話しだ。もしそうなれば危機は世界レベルに拡大する。

 時を同じくして、ウクライナの隣国のベラルーシでは「欧州最後の独裁者」と呼ばれる親ロシアのルカシェンコ大統領の提案で憲法改正の是非を問う国民投票が27日に行なわれ、核兵器をもたず中立を保つとの現行憲法の条項を削除することが承認された。これでベラルーシにロシアの核兵器を配備することが可能になる。「核の脅し」を狙ったロシアのプーチン大統領との連携プレーだろう。

 しかし、欧米はプーチンの挑発はブラッフ(こけおとし)だとみているようだ。
 核戦争の可能性を米国民は心配するべきかとの記者からの質問に対してバイデン米大統領の返事はそっけない「ノー」だった。ホワイトハウスのサキ報道官によれば「米政府はプーチン大統領の命令を精査しており、現時点での警戒レベルを変更する理由は認められない」という。
 
 2日、議会で行なった施政方針演説でバイデン大統領は冒頭15分をウクライナ危機に費やし、「酷い判断ミスを犯した」としてプーチン大統領を改めて厳しく批判した。しかし直後のCNNの世論調査では、演説を聴いた人の64%はウクライナよりも国内経済に関する発言の方が重要だと答えている。

 英国のウォーレス国防相もバイデン大統領とほぼ同じ見方だったが、こちらの発言はより慎重だった。

 「ウクライナ侵攻計画がうまく進んでいないことから、西側を怖がらせて注意をそらすための試みだろう。・・ただ、プーチンは最近数々の非合理的な振る舞いをしている。英国としては強力で準備態勢の整った核抑止力を維持して警戒を続ける」

 そんな中、米国内の有力議員からはプーチン大統領の精神状態を疑問視する声が上がっている。米上院情報特別委員会のルビオ上院議員はツイッターで「本当はもっとお話したいが、今言えるのは誰もが分かるとおり、プーチンは何かがおかしいということだ」と指摘した。

 ジョージ・W・ブッシュ政権の国務長官でロシア情勢に詳しいコンドリーザ・ライスも「プーチン氏とは何度も会ったが以前の彼と違う。不安定に見え、違う人物になってしまっている」とFOXニュースに語っている。

 私もロシア取材の経験があるが、昨年の夏あたりからのプーチンの発言や表情は確かに鬼気迫るものがある。

 CNNによれば、米国の情報機関の最近の最優先事情はプーチンの「不安定で不合理な」精神状態の分析だという。その結論を出すためには「SIGINT(シギント)」が必要だ。SIGINTとは情報機関の専門用語で、敵対陣営の電子信号を傍受することである。だが、ロシア政府の幹部の間のコミュニケーションをリアルタイムで傍受するのは非常に難しいのが現状だ。

 プーチンの健康不安説に関しては、過去にもパーキン病説やPTSD説などが流れた。しかしいずれも推測の域を出ていない。

 英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)の報告によれば、今回のロシアのウクライナ侵攻は1年以上前から綿密に計画され、占領まで視野にいれた何段階もの戦略が用意されていたというからプーチン精神状態異常説は割り引いて考えた方がいいだろう。

 プーチンは西側陣営が軍事介入に及び腰であることも、バイデンが中国対策と11月の中間選挙に向けての国内対策で手一杯であることもよく知っている。その上での全面攻撃だ。彼にとっての誤算は想定以上のウクライナの抵抗と、不協和音が鳴り響いていた欧州各国が団結したことだろう。

 思い返せば、2014年にロシアがクリミアを併合した際にもプーチンは「核の脅し」を使った前科がある。今、ロシアのウクライナ攻撃で恐らく参考になるのは19世紀ドイツの鉄血宰相ビスマルクの次の言葉ではないか。

 「ロシアは見かけほど強くないが、見かけほど弱くもない」

                      (写真はnewsweekjapan.jp)

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