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ヨーヨーマが思い出させてくれた、いま大切な言葉

 エアコンの無い場内の気温は39度。ステージ上は強い照明でさらに暑いという苛酷な条件の中、イベントは始まりました。こうなると命がけです。3000人を超える観客は忙しなく団扇を振り、タオルで汗をぬぐっていました。会場は愛知県にある愛・地球博内のエクスポ・ドーム。

 イベントは環境NPOグローバル・スポーツ・アライアンス(GSA)などが主催した『スポーツサミット2005』で、理事のひとりである私はその総合司会を務めました。IOCや国連をはじめ世界のスポーツ団体や選手たちが一同に会して自然環境を守ろうというメッセージを発信する意欲的なイベントで、高円宮妃殿下にもご来臨いただきました。

 第一部が終わってバックステージで一息入れていると、「カニセサン、オヒサシブリデス」と声をかけてくれた人物がいた。世界的チェリストのヨーヨー・マでした。私たちのプロジェクトに賛同してくれ、なんとジョイント・コンサートまで実現させてくれたのです。本当にひさしぶりの再会だした。

 ヨーヨーと初めて会ったのはその5年前の夏。シルクロード・プロジェクトのスタート地点として彼が奈良の東大寺の大仏殿で「奉納演奏」を行ったときのことでした。夕方にかなりの雨が降ったため湿度100%という劣悪な環境にもかかわらず、メガネを曇らせながら荘厳かつ情熱的な演奏を繰り広げる彼の姿に圧倒されました。

 額を流れ落ちる汗などまったく気にしていない。高さおよそ15メールの大仏の前で世界初演の「ジャーニー」(作曲タン・ドゥン)を奏でるヨーヨーは本当に気高かった。あれから5年経っても、人懐っこい彼の笑顔や話し振りはひとつも変わっていませんでした。初対面の人とでも長年の友人のように接する彼の姿勢には今でも学ぶところが多いです。

 最近は勝ち組になる方法や自己主張の必要性ばかりが強調される風潮ですが、彼のように相手を立ててその懐に飛び込める力を私たちはもっと見習うべきだと思います。なぜなら本物の人間関係は相手に対する敬意なしでは持続しないからです。

 奈良の正倉院からローマまでというヨーヨーのシルクロード・プロジェクトはシルクロード・アンサンブルという国境を越えた素晴らしい民族音楽楽団を生みました。

 「今世紀の世界において、最も重要な問題はアイデンティティです。どこの国も、どの人々も、どの人種も、どの宗教も、そのアイデンティティを失うことなくこの世界に居場所を求めているのです」

 新型コロナ禍で世界中が苦しみ対立が深まる今、彼のそんな言葉の重みをあらためて実感しています。


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