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トランプ裁判が始まった!

 暴君の落日となるか、それとも思わぬ逆転劇か。
 米国史上初の大統領経験者の刑事裁判が4月15日、ニューヨーク州で始まった。

 傍若無人な言動で世間を騒がせてきたトランプ前大統領は被告として裁判所に到着するなり集まった内外の報道陣に向かって「こんなことはいまだかつて起きたことがない。政治的迫害だ!」といつもの調子で叫んで法廷に入ったが、その表情には焦燥感が漂っていた。

 罪状は、大統領選の投票日が目前に迫った2016年秋に不倫スキャンダル隠しのため元ポルノ女優に支払った口止め料13万ドルを巡って一族企業の業務記録を改ざんしたというもの。計34の罪に問われている。

 業務記録改ざんは通常ニューヨーク州では禁固1年未満の軽犯罪(misdemeanor)だ。だが打倒トランプに執念を燃やす検察は前大統領が選挙法や税法にも抵触したとみて重罪に問えると判断したようだ。つまり、2016年大統領選挙中に自分に不利な情報を有権者から隠したのは選挙法違反で重罪(felony)だというわけだ。その場合の最高刑は一件につき禁固4年になる。
 「不倫口止め料」と聞くといかにも軽い響きだが、その支払いを担当したトランプのフィクサーで「闘犬」と呼ばれたマイケル・コーエン弁護士は2018年に選挙資金法違反や脱税を含む複数の罪状を認めて有罪判決を受け禁固3年の刑期を終えている。

 トランプはさらに3つの刑事事件でも起訴されている。2000年大統領選でジョージア州開票集計作業への介入、在任中の機密文書の隠匿・破壊、そして司法省がもっとも力を入れている2021年1月に起きた連邦議会襲撃事件の扇動だ。

 トランプは裁判の日程が大統領選挙の選挙運動を妨害するなどと難癖をつけ、すべての裁判を選挙後まで延期させようとしてきた。しかし、ニューヨーク地裁のホアン・マーシャン判事は法的根拠がないと退けついに裁判開始となった。お得意の引き延ばし作戦で大統領職に返り咲き、起訴の取り下げを狙っていたトランプにとっては大誤算だ。お抱え弁護士たちに怒りを爆発させたという。

 他の裁判の評決は11月の大統領選後になる可能性が高いだけに、今回の裁判の行方は大統領選に大きな影響を与えることは間違いない。

 司法など何処吹く風で負けず嫌いのトランプはどこまでも無罪を主張するだろう。有罪となれば選挙戦で大きな痛手を負うからだ。ロイター・イプソスの世論調査が4月初めに全米で行った世論調査によると、共和党員の約4分の1が、重罪で有罪評決が出ればトランプに投票しないと回答している。また登録有権者の約6割が11月5日の投票日前にすべての裁判を行うべきだと答えている。

 米メディアの記者時代からトランプの悪行を追ってきたジャーナリストのひとりとしてはトランプが有罪となれば喜ばしい限りだが、まだ予断を許さない。

 初公判ではまずニューヨーク市民から無作為に選出された96人の中から陪審員12人と6人の代理陪審員を選ぶ手続きが進められた。なにしろ国民の評価が真っ二つに分かれている前大統領の犯罪を裁くのだから、「証拠、事実だけに基づいた公平な判断」ができる陪審員(量刑には関与しない)を選ぶのは容易ではない。
 初日にすでに50人を超える陪審員候補が辞退している。ただ2日目には驚くほどの速さで7人の陪審員が選任された。迅速な裁判を目指すマーシャン判事の姿勢がうかがえる。彼と彼の家族は裁判前からトランプの口汚い批判に晒されてきた。

 さらに、ニューヨーク州では評決は全員一致が原則なので、ひとりでも意見を異にする陪審員がいれば評決が不成立になってしまう。トランプ弁護団はこれを狙って裏工作に動くだろう。

 裁判は水曜日を除く平日に開かれ、トランプ被告も原則として出廷が求められる。選挙キャンペーンには足かせになるだろう。しかしメディアの過熱取材合戦で裁判が劇場化すればトランプ支持者たちの勢いが増すかもしれない。評決までには6~8週間程度かかる見通しだ。

 米国では起訴や有罪になっても立候補が可能だ。合衆国憲法が大統領になる要件を①米国生まれ②35歳以上③14年以上居住の3つしか規定していないからだ。

 日本では「もしトラ」とか「ほぼトラ」とか喧しいが、米大統領選挙の行方は終盤にならないと分からない。なぜなら大半の州は伝統的に共和党と民主党の色分けが決まっていて、勝敗を左右するのは「スウィング・ステート」と呼ばれるフロリダやオハイオ、ペンシルベニアなどの激戦州の結果にかかっているからだ。

 民主主義の旗手を標榜するハイテク大国アメリカだが、大統領選挙はじつは極めて非民主主義的だ。大統領選では白人エリートが政治を独占していた開拓時代の伝統的陣取りゲームが今でも繰り広げられている。共和党が勝った州は赤色、民主党が勝った州は青色という具合だ。

 しかも大半の州が最多得票の候補が人口比で各州に割り当てられた選挙人(538人)を全て獲得する「勝者総取り方式」を採用している。最終的には選挙人の過半数270人以上の票を獲得した候補が大統領に選ばれるのだ。つまり一般有権者の投票で多数票を獲得した候補が選ばれるとは限らない甚だ民主的とは言えない制度なのだ。

 だから2016年の大統領選で、民主党のヒラリー・クリントン候補に一般投票で286万票も負けていたトランプが306人の選挙人を獲得して大統領に選ばれてしまう。実際、一般投票で最高得票を得られなかった候補者が当選した大統領選挙haこれまで4回もあった。

 この矛盾に満ちたややこしい間接選挙制度は1787年に合衆国憲法が制定された時に始まったものだ。当時はテレビやラジオのようなマスコミもなく、一般の識字率も低く大統領候補を知る術も無かった。交通手段も未発達で広大なアメリカ全土で直接選挙をするのは難しかった。

 そこで地域の名士や知識人を選挙人に選んで代理投票をしてもらうことにした。その際、ほとんどの州が州の結束と独立性を保つ目的で勝者総取り方式を採用。ごとにどちらかの党の大統領候補を選ぶため、さながらオセロのような陣地捕りゲームが展開されるようになったのだ。

 民主主義の本質は市民が投票で国家の未来を決められることのはずだが、米国では旧態然とした非民主主義的制度が現代のインターネット時代でも存続しているのである。

 さらに言えば、日本や欧州先進国では選挙前に有権者に通知が郵便で届く。ところがアメリカでは投票するためにはまず自分で有権者登録をしなければならない。登録には免許証やパスポートなどの身分証明が必要だが、そんな物を持っていない多くのアフリカ系アメリカ人は登録が出来ない。つまり投票ができない。だから投票率は50~60%程度と低い。なんともアンフェアな制度だ。

じつはその裏には隠された理由として選挙権のない黒人奴隷の存在があった。独立宣言の署名者ジェイムス・ウイルソンは当初から直接選挙を主張していた。だが第4代大統領ジェームズ・マディソンは選挙権のない奴隷が多い南部諸州が不利になるとして反対。奴隷に選挙権を認めることは論外だった時代である。

 そこでマディソンが考え出したのが「奴隷は3/5人(のちに3/4人)とみなし、人口数に含めた上で、選挙人の分配に反映する」という選挙人制度だったのだ。奴隷の数だけを利用して選挙権は認めないずる賢い策だ。やがて奴隷制度が廃止され普通選挙が導入されたが、選挙人制度だけは残って現在に至っている。

 いい加減にそんなあほらしい制度はやめてしまえばいいと思うのだが、二大政党制を存続させたい民主共和両党とも制度変更をするつもりはなさそうだ。長年の利権構造もある。民主的制度だと言い張っても、資金力と買収も含めた抜け目のない選挙戦術がものを言うのが米大統領選挙の実体だ。嘘とカネと脅しで学歴も名声も手に入れてきたトランプにとってはお得意の分野なのである。
 選挙戦はともかく、とりあえずトランプ裁判の行方を注目しようではないか。
                                 (写真はBBC NEWS JAPAN)

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