忘れられた戦争~ミャンマー内戦

 ウクライナ戦争に世界の関心が集まる中、日本と馴染みが深いアジアの仏教大国で血みどろの「忘れられた戦争」が続いている。

ミャンマー内戦だ。

 国連の調査によれば、国軍がクーデターを強行してから2年半余りの間に、同国で少なくとも800人の子供を含む3000人以上の民間人が軍によって殺害され、およそ130万人が家を追われたという。

「これは忘れられた戦争であり、人道に対する組織的犯罪です」

 調査を担当した国連特別報告者トーマス・アンドリュースは記者会見でそう発言して軍事政権に対する怒りを露にした。

 国軍最高司令官ミン・アウン・フライン率いる軍隊は容赦なく村を焼き、無差別に住民を蹂躙し、敵対勢力の食料、資金、情報、兵士の4つを絶つ非人道的な「ピャッ・レーピャッ(四断戦術)」を駆使しているという。
2017年から18年にかけてロヒンギャ(同国のイスラム教徒少数民族)に対し
て行なわれた掃討作戦と同じ手法だ。

 とくに農村部では武装した反軍勢力と国軍側の戦闘が泥沼化して双方に多くの死者が出ているという。憎しみの連鎖で民主派勢力による残虐行為も起きていると地元メディアは指摘している。

ミャンマーは1962年から2011年の民政移管までの半世紀近く軍事政権の恐怖
政治に支配されてきた。しかし2015年の総選挙で建国の父アウン・サンの長女で非暴力民主活動家アウン・サン・スーチー女史率いる与党・国民民主連盟(NLD)が圧勝。初の文民政権が誕生した。欧米の制裁も緩和され、少数民族迫害問題は残るものの、経済も回復基調で国際的に評価が高まった。「アジア最後の経済フロンティア」と呼ばれ外国企業がこぞって進出した。

 ところが2021年2月1日、自らの独裁政権崩壊を恐れたフライン国軍最高司令官は突如軍事クーデターを決行。スーチー女史をはじめ数百人の民主活動家を拘束して全権を掌握した。国家最高顧問だったスーチー女史は国軍統制下の裁判で汚職や国家機密漏洩など19件の罪で禁錮33年の有罪判決を受け、首都ネピドー市内の独房に収監されているという。

 さらに気掛かりなことは、東南アジア諸国連合(ASEAN)の議長であるカンボジアのフンセン首相や欧米を始め国際的な人権団体などからの批判や経済への悪影響にも拘らず、軍政が残虐行為を続け独裁色をさらに強めていることだった。

 その背景にはじつは中国とロシアへの接近がある。クーデター後初めての外国要人としてミャンマーを訪問したのは他ならぬ中国の王毅国務委員兼外相だった。習近平国家主席が推し進める巨大経済圏構想「一帯一路」にとってミャンマーは地政学的要衝だからだ。ウクライナ戦争最中にもかかわらずロシアのラブロフ外相もフライン国軍最高司令官やワナマウンルイン外相と会談し、国際社会で孤立するミャンマーとの経済や軍事分野での協力関係の強化を訴えた。欧米からミャンマーを引き離そうとする意図が見え見えだ。

 さらに驚いたことに、前述の国連の調査報告書によれば、クーデター以降に国軍は少なくとも10億ドル(約1400億円)相当の兵器や兵器転用可能な製品、原材料などをロシアや中国だけでなく西側陣営であるシンガポールやタイ、そしてインドから輸入している。

 調査報告書は、広島で先進国首脳会議(G7広島サミット)が開催される直前に「10億ドルの死の取引:ミャンマーでの人権侵害を可能にする国際武器ネットワーク」というショッキングなタイトルで公開された。だが日本を含むG7諸国は見て見ぬふりで、メディアも関心も薄かった。

 では日本はどうか。かつてビルマと呼ばれたミャンマーと日本は長く緊密な経済協力の歴史がある。2008年に50社だったミャンマー進出日本企業は2015年の民主体制が確立後に加速し、2020年には408社まで増えた。

 2021年のクーデター後も7割近くの企業は縮小も撤退もしていない。欧米諸国が国軍に対して厳しい制裁を科す中、人権意識よりもビジネスを優先する我が国は虐殺の実態から目を背け軍事政権とも民主化勢力共付き合うという日和見主義だ。国内メディアの関心も低い。そんな煮え切らない日本の姿勢にミャンマー国民の間では日本に対する失望感が高まっている。

 それでも日本の政界、官界、財界には「ビルメロ」(ビルマ好きでメロメロ
になっている状態)という言葉が象徴するようにミャンマーに対する現実離れ
した歴史的な偏愛が今も残っているようだ。

 ノーベル平和賞受賞者で元国家最高顧問だったスーチー女史は国軍統制下の裁判で汚職や国家機密漏洩などの罪で禁錮33年の有罪判決を受け、首都ネピドー市内の独房に収監されたままだ。

「戦う孔雀」と呼ばれて国民から敬愛されてきた彼女も今や78歳と高齢。体調の悪化が伝えられている。心身ともに消耗しきっているのだろう。心配だ。
 国軍は総選挙を8月実施すると公言しているが、なりふり構わずスーチー女史の国民民主同盟(NLD)排除につながる厳しい法律を制定し、国軍政党勝利を目論んでいる。

 スーチー女史がいつも付けていた花の髪飾りは「軍事政権への無言の抵抗の証し」だったが、今やミャンマー民主化への希望の光が消えようとしている。

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