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アメリカ最高裁は最悪!

 米国首都ワシントンD.C.にギリシャのパルテノン神殿をモチーフとした世界でも有数の美しさと壮大さを誇る建物がある。法と正義の守護者である連邦最高裁判所だ。
 
 ところが近年、その憲法の番人が暴走している。自由と平等を守るために存在するはずの最高裁が急激に保守化し、国民の自由と平等を脅かしつつあるのだ。今年の大統領選にも影響を与えることは必至だから深刻な事態だ。
 
 理由は極めてわかりやすい。法律など端から眼中にないトランプ前大統領が在任中にお気に入りの保守強硬派3名を最高裁判事に指名し、9人の判事のうち6人が共和党寄りのキリスト教保守派という不均衡を生み出したからだ。
 なぜそんなことが傍若無人なトランプにできたのか。一言でいえば、悪運が強かったとしかいいようがない。
 まず、2016年2月、まだオバマ政権だった頃に最古参だった最高裁判事アントニン・スカリアが79歳で亡くなった。オバマは後釜にリベラルな判事を据えようとしたが、上院で多数派だった共和党が同年の大統領選挙後まで人選を保留せよと猛反発。結局、オバマが指名した穏健派判事の就任は立ち消えになり、新たに大統領に就任したトランプが指名した保守強硬派のニール・ゴーサッチ(当時49歳)が上院で承認された。
 さらに、2018年には保守派とリベラル派の均衡を保っていたアンソニー・ケネディ判事(80)が「家族との時間を増やしたい」という理由で引退を表明。これ幸いとトランプは保守派のブレット・カバノー判事(当時53歳)を指名。カバノーには性的暴行疑惑が持ち上がったが、上院で2票という僅差で承認される。
 極めつけは27年間最高裁判事として在任しリベラル派の代表的存在だったベイダー・ギンズバーク女史(87)が、大統領選終盤の2020年9月にすい臓癌で死去したことだった。
 当時大統領選をトランプと争う民主党のジョー・バイデン候補は上院に対して「アメリカ国民が次の大統領と次の連邦議会を選ぶまで、欠員人事を勧めないように」と呼びかけた。しかし大統領在任中に保守派判事を増やしたいトランプ陣営は後任人事を強行。当時43歳だった保守強硬派のエイミー・コニー・バレット判事が就任させた。
 最高裁判事には任期がない。自主的に引退するか死ぬまでその職を保持できる。そのため政権が代わっても、いったん決まった体制が長く続くから厄介だ。自分が刑事告訴されることを見越してかトランプは若い判事ばかりを選んで最高裁を味方につけようとしている。政治には無頓着でも悪知恵だけはよく働くのだ。
 言うまでもなく、連邦最高裁の判断は米社会に極めて大きな影響を与える。案の定、トランプ政権下で著しく均衡が崩れた現在の最高裁では共和党が進める保守政治に沿った判決が立て続けにだされ、宗教対立や人種差別など米社会の暗部が露出するかたちになっている。
 典型的なケースが大統領選でも必ず議論となる人工中絶だ。1973年の最高裁判決以来、人工中絶は女性の権利として守られてきた。ところがトランプ政権下の2022年、最高裁はその画期的な判決を覆した。「中絶の権利は各州の判断に任せる」と州に丸投げしたのだ。まさに衝撃的時代錯誤の「ちゃぶ台返し」だった。
 中絶禁止を合憲とした6人の判事全員が共和党の大統領に指名されており、厳格なカトリック信者。カトリック信者は米国人口の約22%程度だから明らかにバランスを欠いた判断だ。
 だが、共和党を支持する中絶反対派のキリスト教保守派やカトリックが多い州ではすぐさま中絶は違法となった。テキサス州やアラバマ州ではレイプ、近親相関などの犯罪行為による妊娠であっても中絶は認めない。アラバマ州に至っては中絶を担当した医師に最長99年の禁固刑を科す始末だ。同州でのレイプの刑期は最高20年なのに。
 もうひとつの大きな争点である銃規制でも最高裁は後ろ向きだ。米国では民間人が所有する登録された銃に数だけでも3億9300万挺。総人口3億3300万人よりも多い。血みどろの銃乱射事件は日常茶飯事だ。銃規制が行き届いている日本からみれば狂気の沙汰だ。
 それなのに、2022年に最高裁は拳銃を自宅外で持ち歩くのを制限するニューヨーク州の銃規制法は違憲だという判決を下した。自己防衛のために公共の場で銃を所持する権利は合衆国憲法で保障されているというのが理由だった。
 馬鹿も休み休み言えだ。
 確かに憲法修正第2条には「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、市民が武器を所有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない」とある。だが本来この条項で認められている武器所有は、理不尽な政府に対して抵抗するための権利としてのみだった。そんなことを法律の専門家である判事たちが知らないはずがないだろう。
 それだからトランプのように「学校で乱射事件を防ぐには、教師が全員銃で武装しろ!」と暴言を吐く輩が絶えない。
政治家たちも米国最大のロビー団体である全米ライフル協会(NRA)からたんまり政治資金を貰っているから、口先で銃規制を訴える程度であとはお茶を濁すのが常なのだ。
 そんな状況だから米国民の最高裁に対する信頼度は歴史的に低い水準まで落ちている。2022年のギャラップ調査によれば、最高裁を信頼する米国人は47%だという。1999年の80%から大幅に下落している。不支持率は逆に過去最高の58%だ。
 さらには、保守派の重鎮クラレンス・トーマス判事やサミュエル・アリート判事が共和党大口献金者から高額接待や便宜を受けていたという疑惑も浮上した。
 米ニュースサイト「プロパブリカ」によると、トーマス氏は1991年の最高裁判事就任以降、共和党支持者で不動産王のハーラン・クロウしから少なくとも38回の旅行に加え、34回のプライベート機やヘリコプターによる送迎、スポーツイベントのVIPチケット、フロリダ州やジャマイカでのリゾート    滞在、高級ゴルフクラブへの招待などの接待を受けていたという。
 これに対して、トーマス判事(75)は「個人的な接待」は連邦規則の下で報告の義務がないとの助言を得ていたと弁明している。終身雇用の判事には拘束力のある倫理規定がないことを逆手に取った詭弁にしか聞こえない。
 こんな輩に最高裁を任せておいていいのかと怒りが沸き起こるのは国民感情だろう。合衆国憲法第3条第一節で次のように規定されている。
 “The Judges, both the supreme and inferior Courts, shall hold their Offices  during good Behavior”
 つまり判事が終身在職権をもつのは判事が「良好な行動」(政治的圧力を受けない公平・公正な判断と行動)を続ける限りとあるのだ。今の彼らのどこがグッドなのか。
 出来るものなら、リベラル派判事として疲れ知らず正義を貫き、職場での雇用機会や待遇の平等など女性の権利向上に力を注いだギンズバーグ女史の詰めの垢でも煎じて飲ませたい。


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