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「我々は5分後に(ロシア)を爆撃する

「我々は5分後に(ロシア)爆撃を開始する!」
 アメリカ大統領のそんな物騒な発言で核戦争が勃発しそうになったことがありました。1984年8月11日のことです。

 第40代大統領ロナルド・レーガンはラジオで毎週土曜日に放送される大統領定例演説の準備をしていました。俳優歴がありいつも陽気なレーガンはジョークが大好き。本番前のマイクテスト中、面白半分で原稿にはないロシア爆撃を口走ってしまったのです。サウンドチェック中の発言はオフレコ(記事にしない)というホワイトハウス報道各社との約束があったからです。

 しかし当時は東西冷戦の真っ只中。問題発言はテレビニュースで公になってしまいました。

◎ 危機一髪

 レーガンは日頃からソ連を「悪の帝国」と罵り、軍縮交渉を一方的に中断したばかりでしたから、ソ連首脳部は怒り心頭。すぐさま、ウラジオストクのソ連太平洋艦隊司令部からウスリースクにある特殊部隊旅団司令部に「これから米軍と戦闘状態に入る」という暗号電報が発せられました。

 幸い30分後にはその指令は取り消され大惨事にならずに済みましたが、戦争が偶発的に起きる可能性が常に存在していることは今も変わりありません。トランプ大統領前が尊敬するリーダーがレーガン大統領というのも不安の種でした。

◎ 今も続く軍拡競争

 衝動的で何をしでかすか予測がつかないトランプ大統領が退場してバイデン政権が誕生しても、ロシアとの間で地政学的緊張が高まったままです。米中は人権問題やハイテク競争で火花を散らしていますし、米露中距離核戦力全廃条約(INF)がすでに失効し、マッチョなプーチン大統領率いるロシアはアメリカの防衛網をぶち抜く超音速中距離核ミサイルの開発・製造を進めています。新たな核軍拡競争の火蓋がすでに切られているのです。

◎ 見えない戦争の恐怖

 しかし、安全保障の専門家であるリチャード・クラークによると、ずいぶん前から宣戦布告なしに見えない軍拡戦争が始まっているそうです。それはサイバー戦争と呼ばれる地球上のコンピュータ・ネットワークで繋がれたサイバー空間での戦いです。

 4月にイラン中部ナタンツの核関連施設で大爆発が起きました。これも宿敵イランの核開発を阻止しようとするイスラエルによるサイバー攻撃によるものでした。

 じつは、イラン核開発で中心的役割を担うナタンツのウラン濃縮施設が破壊工作のターゲットになったのはこれが初めてではありませんでした。昨年7月、遠心分離機の組み立て工場に仕掛けられた爆発物で火災が発生し被害を受けていたのです。

◎ マルウェアというステルス武器

 2010年にはアメリカとイスラエルで開発されたコンピュータウイルス「スタックスネット(Stuxnet)」によるサイバー攻撃で約1000基の遠心分離機が壊されました。攻撃は、インターネットに接続されておらず安全だと思われた制御システムにUSBメモリーを介してマルウエア(悪意のあるソフトウエア)を侵入させる方法で行なわれました。

 2009年の夏には、アメリカが独立記念日を迎える7月4日直前にひとりの北朝鮮工作員から世界中の約40万台のコンピュータに向けてウィルス感染し暗号化されたメッセージが送られました。それが一斉に起動した結果、アメリカの国土安全保障省や国務省などのサイトが一時的に接続不能に陥ってしまいました。

 しかし、これらはサイバー戦の氷山の一角にすぎません。

◎ 暗殺者の槌矛とは

 中国では国内で一強体制を確立した習近平主席が数で米国を圧倒することを目指したこれまでの対米軍事戦略から先端技術による情報支配へとシフトしています。サイバー戦闘能力を増強するとともに「暗殺者の槌矛(つちほこ)」戦術を練ってとのことです。耳慣れない言葉ですが、一見優位にみえる敵の能力を弱点として利用する戦術のことです。

 米国はハイテク技術に優れ、配電・交通・金融といった社会インフラから陸海空軍まですべてネット回線で繋がっています。しかしその優位性はシステム内部にマルウェアを埋め込まれるなど外部から不正侵入されると大規模な機能不全を引き起こす弱点にもなるのです。米国が中国通信機器大手、ZTEや華為技術(ファーウェイ必死必死になって潰そうとしているのはその為です。

◎ 激化するサイバー技術戦争

 米中貿易戦争は相互の利益が絡んでいるから決定的な対立には至らないでしょう。しかし水面下で繰り広げられるサイバー技術戦争はこれからも激化することは間違いありません。

 じつはサイバー空間におけるアメリカの目下最大の敵は、中国よりも米大統領選の結果を左右するほどの高度な技能を持つサイバー戦闘部隊が存在するロシアです。彼らが本気でサイバー攻撃を敢行すればわずか15分ほどでアメリカ全土を大混乱に陥れることができるといわれています。

◎ 最強は北朝鮮?

 ちなみに総合サイバー戦争能力でいちばん優れているのは名だたる先進国を押しのけて北朝鮮です。北朝鮮は高度のサイバー攻撃能力を持っている一方で、回線がほとんど遮断された国内には米韓のサイバー戦士が攻撃できる目標がほとんど存在しないからです。そのため防衛力がずば抜けているのだです。

 2位はロシアで、3位は中国、4位はイラン。ハイテク大国アメリカはサイバー攻撃力では5カ国中トップだが防衛力では最下位であるため5位。

 もちろんアメリカや同盟各国も手をこまねいているわけではありません。2013年からアメリカや日本など15カ国が参加して、重要インフラにサイバー攻撃を受けた場合を想定した大規模な国際演習「サイバーストーム」が非公開で行われています。すでにサイバー戦争は映画やコンピュータ・ゲームの世界だけでなく、核を超える現実の脅威なのです。

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