金湯館に泊まった話

夏。他の月と何ら変わりもなく8月が終わろうとしている。

そもそも暑いのは苦手だし、特に今年は湿度が高くじめじめとした暑さが遠出を阻む。
とは言っても家に引きこもるということはせず、土日はどこかしらか出かけてはいた。
もちろん暑いから外を歩く時間は極端に少なくし、電車に乗っている時間や店の中、飲み屋といった屋内にいることが多かった。
しかし夏らしいことが何もなかった、いや、夏らしいというか夏休みらしいこともしていないような気がしてこのまま8月が終わるというのはなんとなく後味が悪いように思えた。

夏休みらしいとはなんだろうか。そんなことを考えてみると、花火?海水浴?お祭り?などとベタ&ベタなことが次々に思い浮かぶ。
しかしそれらはおそらくその場所に行けば大量の人に溢れ、かえって疲れてしまい疲労しか残らないだろうということは明らかであった。
そうするとやはりゆっくりできて楽しめる何か、ということになる。
答えはすぐに出た。
温泉だ。
山間の温泉に行って、緑に包まれつつ小川などのせせらぎを聞いて温泉に浸かろう。
確かに温泉に行くというのも夏休みっぽいといえばぽい。これに決まりだ。

移動距離がなるべく短く、人も混んでいなさそうなところ。関東圏。箱根や熱海方面はどう考えても人が多い。千葉もありだが先日泊まった。茨城は実家があり旅行感に乏しい。そうすると群馬栃木方面かとなった。
Googleマップを開き、「行ってみたいところ」のピンが立っている場所を見てみると、山間の一軒の温泉宿にたどり着いた。
霧積温泉『金湯館』。数多く著名人が訪れ、「人間の証明」の舞台としても有名な温泉宿だ。
高崎までは電車で一本、そこから乗り継いで行ける。
早速電話をかけ予約した。あいにく泊まりたかった部屋は先約があったが、目的は温泉と緑と小川のせせらぎであるのだから、この際、部屋は二の次である。

13時57分横川駅着の電車で宿の人が迎えにきてくれるという。
その一時間前に着く電車に乗り、駅前を少し散策し昼食をとった。
ぬるめのラーメンだったけれど、何かしら特徴があった方が記憶に残るという点でこれもまた旅行の面白さである。
近くの酒屋で日本酒を購入した。地元の酒を求めたところ、ここで造っている酒はないが隣の町の酒があるということでそれをもらった。

駅前に戻ると迎えの車が来ていた。車内からはFM放送のオペラのアリアが流れていた。
やがて電車から降りてきた客を迎え、車は宿に向かい走り出す。
どんどん山奥へ入っていき、くねくねした山道は極めて狭く悪路であった。そこはさすが慣れているためか、段差があるところは速度を落とすなどの決め細い配慮があった。確かに段差で腰やら首を痛めたなど言って人身傷害保険の請求する奴もいそうだな…などど職業病的なことを考えてしまった。
宿まで自家用車で訪れる人もいるそうだが、こんな道を自走できる自信はない。

建物など皆無の山奥。本当に宿があるのだろうか。かなり山奥まで入っていくとやがて鮮やかな緑の中に朱色の建物が見えた。まさしく本日の宿、金湯館であった。
車を降り荒々しい作りの階段を下ると玄関に着く。
早々にチェックインを済ませ部屋に荷物をおろし、お目当ての風呂へ向かった。

昔の建物はあらゆる柱や天井などが低く、無駄にデカい私は頭を打ちつけがちであるが、はやる気持ちから注意を欠いたためもれなく風呂場に向かう途中で頭を打った。
突き当たりにある男風呂はまだ誰もいなかった。
ぬるめの温泉。硫黄の匂い、映える緑、求めていたものがここにあった。
ちなみに調子に乗って湯船を撮るためにスマホを持ち込んだら、湯気でスマホがやられてしまい(充電できなくなった)、一時間後くらいから外部と完全に遮断されてしまった。

夕食は山菜の天ぷらや鮎の塩焼きといったメニューで、特に天ぷらが美味かった。大体お櫃のご飯は食べ切れないことが多いのだが全て食べてしまった。
駅前の酒屋で買った日本酒がまた美味い。
ちょうどこの日は日テレで「耳をすませば」が放映されるということで、ほう夏らしいじゃないか…と思っていたが普通に寝てしまい、覚醒して途中からみた。

スマホは水濡れを感知したとの警告を発していたが、やがて充電できなくなった。充電がわずかになったスマホを傍にテレビをみながら酒を飲んで過ごす。「耳をすませば」をみつつ途中風呂に入る。そんなサイクルだった。
スマホが使えないのは不便だったけれど、思えばこんな素晴らしい旅館と温泉があるところに来てスマホをいじる必要などないのだ。
そう思うと、まあスマホがぶっ壊れたくらいいいか…となった。そして同時にiPadとモバイルWi-Fi持ってきて良かったとも思った。(なお、Wi-Fiは圏外で使用できない。スマホの電波も基本的に圏外か一本立つくらい)
0時を過ぎテレビも電波が悪いのか切れがちになったので消して床についた。
普段、気絶を経た後は大体眠れないが、この日は虫の声などを聞いていたらいつの間にか眠ってしまった。

朝。朝食は8時、駅に向かう車は10時に出るという。食事前に風呂に浸り、寝っ転がりながらテレビをみて過ごし、やがて朝食が運ばれてきた。山菜を中心に納豆や海苔、とろろに温泉卵など、普段では絶対に出てこない健康的な朝食である。
ふとビールでも頼もうかと思ったがこの宿の人にアル中だと思われたくないなという心理が働き、結局お茶を飲んだ。

10時少し前に会計を済ませ横川駅へ送ってもらう車に乗った。
昨日と同じ席へ乗車してほしいということで助手席に座った。相当満喫したのであろう後部座席の家族連れが宿がいかに楽しかったかについて語り合っている。

行きとはまた違う景色を眺めつつやがて車は横川駅前についた。
電車まで時間があるので峠の釜めし資料館を覗き、釜めしを買い、ようやく繋がるようになったモバイルWi-Fiを使いiPadでTwitterを見るなどしていた。
本当は途中駅にある宿に一泊しようとも考えていたけれどスマホが使えず断念した。

高崎から乗り換えて釜めしを食べながら酒を飲んでいたら意外とあっという間に池袋についた。そしてその足でアップルショップに行ってスマホをみてもらったところ、「充電できますよ」とあっさり言われ帰って別なケーブルで充電してみたら本当にちゃんと充電できた。
スマホが壊れていたのではなくケーブルがイカれてたわけだ。
2%以上充電できないんです!とか真顔で言っていた自分がとても恥ずかしい。
スマホを充電しつつこれを書きながら、結局夏休みらしかったかどうかはわからなかったが、今度は冬に金湯館に訪れたいと思っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?