検証:平沢進と陰謀論

狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人なり(徒然草第85段)

平沢、やや燃える(前置きにつき読み飛ばし可)

音楽家の平沢進がtwitterで「ネオナチ」やら「クライシスアクター」やらの発言をしてプチ炎上状態になってから2週間が経つ。大して燃えずに数日で鎮火した感があるのは「ステルスメジャー」ゆえの特権か。今週末のインタラ(インタラクティブライブ)の頃には完全に過去の出来事となっていることだろう。

怒る人、悲しむ人、呆れる人、擁護する人など、ファンの反応は様々だった。そういえば、昨年6月のBSP(Back Space Passの略。平沢のYoutubeチャンネルにおけるライブ配信のこと)の前後にも同様のざわつきがあったと記憶している。さらに、アメリカで連邦議会議事堂襲撃事件が起こった昨年1月にも。見慣れた光景ではあるが、以前から繰り返されてきたことがロシアによるウクライナ侵攻という危機的状況下でついに「燃える」段階まで行ってしまったのだろう。

こうしたざわつきが起こるたびに聞く「平沢の陰謀論好きは今に始まったことではない」という声はまあその通りだとして、一部の熱心なファンが「師匠を陰謀論者と言うのは思考停止のレッテル貼りである」という方向から平沢を擁護するのは、いささか疑問だ。

まず、陰謀論とは、一般に、客観的・実証的な裏付けが乏しいにもかかわらず、現在または歴史上の重大な出来事の背後に特定の組織や国家による邪悪な陰謀が張り巡らされているとする考えのことを言う。古今東西多種多様な陰謀論が存在するが、そこに共通するのは、極端な善悪の二元論、行き過ぎた懐疑、意図主義(全ての事象には意味があり偶然は存在しない)、オカルティズムなどである。

平沢を陰謀論者と言う人の多くは、この陰謀論というものについてある程度詳しい知識があり、なおかつ、平沢が過去にどんな陰謀論的発言をしてきたかを把握している。つまり、それなりの根拠があって「平沢進は陰謀論者」と言っているのであって、レッテル貼り(偏見に基づいて対象をなんらかの一言で片づけステレオタイプに押し込む行為)をしているわけではない。一方、「平沢進は陰謀論者」と言われることに反発している人の多くは、陰謀論というものについてあまり知識がなく、それゆえ、平沢の陰謀論的過去発言をそれとして認識・記憶していないように見える。これでは両者が平行線をたどるのも当然である。

いざ検証を

暇に任せてネット空間を徘徊してみたところ、平沢と陰謀論の関係について時系列で検証したものはないようである。平沢がこれまでにしてきた陰謀論的発言がどこかにまとめてアーカイブ化されているわけでもないので、この際、暇な私が、暇にまかせて、その辺の検証を試みることにしたい。

以下、重要と思われる平沢の発言やそれに対する反応を時系列で列挙し、その上で「平沢進は陰謀論者なのか?」という問いに答えたい。便宜的に【A群】と【B群】という区別を設けたが、前者には陰謀論との関係が比較的明示的なものを、後者には解釈を加えた時に陰謀論との関係が浮かび上がってくるものを分類した。

なお、この記事の目的は平沢進と陰謀論の関係を明らかにすることなので、陰謀論を信じることの是非に関する価値判断は極力差し挟まないことを心がけたい。

【A群】陰謀論との関係が明示的な平沢の発言

A-1:2007年9月10日 平沢は、自身の公式HP内に設けたブログ「Phantom Notes」で「Showtime」というタイトルの記事を公開。以下はその記事からの引用である。
「ハイテクを駆使した虚構の悪キャラ映像。ハリウッドのショックを現実の建造物を使って上演し、惑星を支配する少数のエリート。細部は常にグロテスクなほど雑で、あちこちから舞台裏が見えていている。しかし、全ての家庭に装備された兵器=TVへの信仰が人々の目を塞いでくれる。それは地球を安心して殺戮が出来る惑星へと変えた。その威力は6年経ってもまだ賞味期限が来ないままだ。真実を語る者は嘲笑され、時には消される。偽の歴史が配給され、記録される。大小さまざまな催し物は遥か昔から上演されてきた。そろそろ気付いてもいいはずだ、と思うのは甘い。TV、新聞、権威、恐怖、不安、常識が常に人々の脳を食い荒らしている(中略)さあ、今年も9月11日がやってきた。ショーはまだ続いている。」
※https://susumuhirasawa.com/phantom-notes/2007/09より
※太字の部分から、この文章において、平沢が、2001年9月11日にアメリカで起こったテロは「少数のエリート」による陰謀であり、にもかかわらず、その真実をメディアが隠蔽していると主張してることが分かる。
※ちなみに、平沢のマネージャーである平野美歌(@hira-non)は、2021年10月22日に自身のtwitterで「9.11同時多発テロ事件もビルに飛行機当たった当たってない論争あるじゃないですか」「『当たった飛行機どこ行ったん?』ていうのが謎 ビルの周りに破片しかないし ペンタゴンにも飛行機突っ込んだんでしょ?どっかの地面にも墜落したんでしょ 3機落ちたんでしょ どこにも飛行機映ってないので 私はウソかなと普通に思う」などと発言している。
A-2:2009年11月27日 平沢は、「Phantom Notes」に「愛と勇気はいかが?」というタイトルの記事を上げ、MMS(ミラクルミネラルソリューション)のことを言っていると思われる「少量の二酸化塩素を生成しつづける液体」を紹介。「もしもこの事で私に忠告あるいは異議を申し立てたい医師が居るなら、黙っているのが得策だ。おそらくあなたに勝ち目は無い。もしもあなたを私に勝たせるものがあるとすれば、それは政治力と神話、あるいはもっと端的に『暴力』であり、科学ではないだろう」などと書く。
※https://susumuhirasawa.com/phantom-notes/2009/11/27/128より
※太字部分から、このtweetにおいて、平沢は、医師によるMMSへの異議申し立てを安全性の問題ではなく権力や支配の問題として位置付けていることが分かる。
※MMSとは亜塩素酸ナトリウムと酸を混合して作られる二酸化塩素のことで、「HIV、癌、インフルエンザ、ニキビなどに効果があるサプリメント」として一部で販売されているが、漂白剤を経口摂取するのと同じなので、下痢、嘔吐、脱水などの症状の原因となる。MMSの安全性をめぐっては、アメリカ、カナダ、イギリスなど各国の保健機関がたびたび警告を発してきた。
A-3:2011年1月31日 ニセ医学への注意喚起で知られる医師の名取宏(通称「なとろむ」)が、自身のブログで、平沢が「Phantom Notes」内の「Jateひれ伏す-1」という記事でMMSを推奨していることを問題視する記事を上げ、小規模な炎上に発展。平沢は、これを受け、「『Jateひれ伏す』シリーズの重要な部分に触れずに引用し、文章の意図することを歪めて持論を展開するブログがらリンクが張られていたため」として、2月1日に当該記事を非公開とした。名取医師のブログの記事(こちらは現在も閲覧可)に引用された平沢の文章から、当該記事において、平沢が、MMSが批判されるのは「特定グループの巨大な利益構造を根底から破壊することになる」からだとつづっていたことが分かる※https://natrom.hatenablog.com/entry/20110131/p1より
A-4:2014年8月18日 平沢は、自身のtwitterで再びMMSを紹介しMMS販売サイトのURLを掲載。「入手は簡単です。値段も安いです」「ゆえにネガティブキャンペーンが存在するのです」「これは哲学お類ではありません。あらゆる分野で嘘を信じさせられているということが分かり始めるということです」「『あなたは心配しています』はい、よく分かります。その心配の原因はどこにあるでしょう。自分で考えましたか?それとも権威や常識が差し出す答えだけを受け取ってますか?」などと発言する。※https://twilog.org/hirasawa/month-1408/10より
A-5:2021年6月4日 平沢は、自身のtwitterで俳優のジム・カヴィーゼルが「アドレノクロム」について告発する動画を紹介。「この動画へのリンクを載せた投稿は青の鳥社に削除されるだろうか」「人類は号泣しなければならない」「それを知っている人、知る気のない人。知る能力が失われた人。その壁はますます厚く、高くなる」などと発言する。
※https://twilog.org/hirasawa/month-2106/6より
※「アドレノクロム(Adrenochrome)」とは、Qアノンの信奉者の発言にたびたび登場する「虐待された子供の脳内で分泌される物質を抽出することで作られる若返りの薬」で、彼らは「ヒラリー・クリントンをはじめとするセレブリティがこの薬の製造のために子供を誘拐させている」と主張している。

ちなみに、平沢と陰謀論の関係をめぐってよく言及されるエピソードの一つとして、2002年の「Green Page」(公式サイト内に設けられていたBBS)閉鎖に先立つ騒動の中で、平沢が9・11のテロはフリーメイソンによる陰謀であると述べ、根拠は何かと問われて、陰謀論やオカルト関連の話題が多いことで知られる阿修羅掲示板のURLを貼ったという話がある。私自身はそれをリアルタイムで目撃したわけではなく、ソースも既に消されてしまっているため、ここでは、このエピソードに言及したtweet等をしばしば見かけることがあるというだけにとどめたい。

さて、既に結構な字数に達しているが、まだまだ続く。

【B群】解釈等によって陰謀論との関係が浮かび上がってくる平沢の発言

B-1:2014年5月10日 平沢は、自身のtwitterで「人類を奴隷と主人に分類する有毒なシオは減るべきというより、消えるべきと知るべき」と発言する。
※https://twilog.org/hirasawa/month-1405/11より
※「シオニスト(ユダヤ民族主義者)」をぼかして「シオ」と言っている可能性が高い。陰謀論の一類型として、「ユダヤ人の闇の組織が自分たちの富と権力を守るための陰謀を張り巡らして世界を操っている」とするものがあり(9・11関連の陰謀論の中にもこれに分類できるものがある)、その文脈で「シオン」「シオニスト」「シオニズム」などの言葉が使われることがある。
参考1:辻隆太郎『世界の陰謀論を読み解く:ユダヤ・フリーメイソン・イルミナティ』(講談社現代新書)
参考2:松浦寛『ユダヤ陰謀説の正体』(ちくま新書)
B-2:2021年1月7日 平沢は、自身のtwitterで「水鉄砲で人が死ぬならソンクランは死体の山だ。と、覚えてください」と発言する。
※https://twilog.org/hirasawa/month-2101/4より
※前日1月6日にアメリカで起こったトランプ支持者による連邦議会議事堂襲撃事件をめぐって、twitter等のSNSでは、トランプ支持を表明するアカウントを中心に、死傷者が出るほどの事態になっているというのはフェイクニュースだという反応が現れた。そうした反応の中には、議事堂に侵入した人物に警官隊が催涙スプレーを放っている写真を拡散し、「こんな水鉄砲で死傷者が出るはずがない」と主張するものもあった。
※私は上記のSNSの反応をリアルタイムで目撃したが、その後、twitterではQアノン関連のアカウントの凍結が相次いだため、現在では、当時のやり取りのほんの一部しか残っていないようである。「議事堂」「水鉄砲で死亡」でtwitter検索をかけると日本語のtweetが一件ヒットし、リプ欄のやり取りから当時の空気が分かるので試してみられたし。
B-3:2021年1月10日 平沢は、自身のtwitterのアイコンをヴィンセント・フスカとおぼしき人物の画像に一瞬変えた後、すぐに元に戻し、twitter等のSNSで「平沢進はQアノンか」と言われる。
※https://r-news.net/newsarticles36443より
※ヴィンセント・フスカとは、トランプの熱心な支持者として知られる人物で、Qアノンの信奉者の一部では、彼こそがQアノン誕生の発端となった4ch(アメリカの5chのようなもの)の書き込みを行った「Q」であり、なおかつ、飛行機事故で亡くなったはずのジョン・F・ケネディ・ジュニアではないかと言われている。
参考1:https://tyuuta1.com/wadai29/
参考2:https://www.independent.co.uk/news/world/americas/us-politics/qanon-jfk-jr-alive-trump-b1995594.html

スクリーンショット (92)

B-4:2021年6月20日 平沢は、自身のYouTubeチャンネルでライブ配信した「平沢進のBack Space Pass『24曼荼羅編』」において、ファンから寄せられた質問へのレスポンスの中で次のように語っている。
「世の中を眺めるにつけ、常に複数のタイムラインが同時に進行しているように私には見えています。それは、或るタイムラインから見ると、そこにあるタイムラインの全てが見え、一方、或るタイムラインからは、そのタイムラインのことしか認識できていません。まるでSF映画のようですが、事実です。これはもっと、より雑に言えば、全く接点の無い世界観が同時進行しているという意味に捉えて頂いても構いません。不幸で淀み、覇気の無いタイムラインは、或る悪意のあるタイムラインからの侵入によって利用され、搾取され、使い捨てられています。時に悪意のタイムラインを終わらせようとする介入に対して、牙をむき、善意と美談の名の元に悪意のタイムラインに奉仕する模範奴隷を育てているのも悪意のタイムラインです。(中略)私は20年前に、巨大であからさまな悪意の存在を知りまして、それ以来、勉強を続けて来ました。(中略)多数の人は、世界は悪意が教える通りの姿をしており、安定的にあなたを保護しながら進行していると信じており、故に、人々の信念を揺るがす不整合を発見した者は攻撃され、揶揄され、抹殺されるという世界が連綿と続いて来ました。」
※https://www.youtube.com/watch?v=XqOiMQU_VWg&t=1923sより
※以上の発言だけをもって「陰謀論的」と言うことはできないが、世の中の動きに影響を及ぼす「巨大な悪の力」を想定し、そのことを認めない人々は彼らに騙されているというのは、陰謀論者に共通する思考の方法と言える。
※なお、太字部分の「20年前に巨大であからさまな悪意の存在を知った」というのは、平沢がこれまでにもたびたび言及してきた9・11のテロの背後に張り巡らされた陰謀とメディア操作のことを示唆していると思われる。
B-5:2021年8月23日 twitter上で、ファンの検証により、前日8月22日に開催されたFUJI ROCKおける平沢のライブの冒頭で流れた謎の音声がバイデン大統領の就任式におけるシルベスター・ビーマン牧師の祝辞の逆再生であることが指摘される。
※ビーマン牧師の祝辞では、「To your glory, majesty, dominion in power forever. Hallelujah.」という新約聖書の言葉が引用されていたが、Qアノンの信奉者の間で、この「dominion in power forever(支配は永遠に)」という箇所はDS(ディープステート)による悪しき支配の宣言として読み解かれている。

スクリーンショット (94)

B-6:2021年8月29日 平沢は、自身のtwitterで「マ△ドン◆ナがお待ちかね。。。。」「『え?魚のフライになるの?まるで9歳の子供みたい!!』これは今から覚えておけば将来世界を読み直す時にショックの緩衝材になるかも」などと発言する。
※https://twilog.org/hirasawa/month-2108より
※Qアノンの信奉者の間で、先述した若返りの薬である「アドレノクロム」は9歳以下の子供を虐待した時に子供の脳内で分泌される物質によって作られると考えられている。そして、歌手のマドンナは若さを保つためにこの「アドレノクロム」を常用しており、彼女が2020年3月にSNSに投稿した動画で「魚のフライが食べたい」と歌っているのは「アドレノクロム」の隠喩であると言われている。
参考1:https://stillnessinthestorm.com/2020/04/adrenochrome-detox-celebrities-are-coming-unhinged-during-quarantine-and-ive-never-felt-more-seen/
参考2:https://hellfighter.blog.fc2.com/blog-entry-387.html
B-7:2022年3月8日 平沢は、自身のtwitterで、前日3月7日の「ネオナチ」云々の発言がプチ炎上状態となっていることを受けて、「知ってる人には基本中の基本です。貴方の正義感と同情心を揺さぶる悲劇の民には二種類いることを知っていましたか?知らなければどっかで学んでください」「一般的には一種類という認識ですが、その文脈では全く私の言うことの意味が分かりません」「実際に一方(本物)は虐げられた歴史を持っていますね。では虐げたのは誰ですか?あなたはこれを受け入れないかもしれない。でも、それはもう一方の流れをくむ人々です」などと発言する
※https://twilog.org/hirasawa/date-220308より
※「悲劇の民」はユダヤ人をぼかしてそう表現したものだろう。これは、有名なユダヤ陰謀論をなぞった発言である可能性が高い。「ユダヤ人の闇の組織が自分たちの富と権力を守るための陰謀を張り巡らして世界を操っている」と主張する人々は、しばしば、「ユダヤ人には白人系のアシュケナージと非白人系のスファラディという二つの系統があり、後者は長い歴史の中で迫害され続けてきたが、前者はむしろ支配し迫害する側であり、ヒットラーもロスチャイルドもこの系統である」などと言う。
※ユダヤ人にアシュケナージとスファラディの二系統があるというのは歴史的な事実で、両者の間に格差が存在するというのも間違ってはいない。しかし、それ以外の部分について鵜呑みは禁物である。詳しく歴史を学びたい方には、上下巻に分かれたボリュームのある本だが、ポール・ジョンソン『ユダヤ人の歴史』(徳間書店)をおすすめする。他にもたくさんユダヤ史の専門家による本があるので読んでみられたし。

考察、そして平沢の思考の方法に見る陰謀論的傾向について

以上のような平沢の発言やそれに対する反応を踏まえて、「平沢進は陰謀論者なのか?」という問いに答えるならば、次のように言うことができる。

平沢の発言には、Qアノンをはじめとする米国系陰謀論の影響が顕著に認められる。これまでにもファンの間でしばしばそう解釈されてきたように「平沢は全く別の問題意識(例えばメディアに対する懐疑)を喚起するため陰謀論的題材を借用しているに過ぎない」と考えたくても、その題材が特定の傾向を持った陰謀論に偏っているのは何故か、また、特定の傾向を持った陰謀論を「正解」として提示するかに見える【A群】のような発言をするのは何故かといった疑問は消えない。結局のところ、平沢がいつもの調子で「深遠な意図」を仄めかしても(あるいは仄めかさなくても)、幾度となく繰り返されてきた米国系陰謀論への言及は彼がその影響下にあることの表れではないのか。

しかし、「平沢進は陰謀論者なのか?」という問いに答える上で最も重要なのは、こうした影響の痕跡よりも、彼が世の中の事象について思考する際のやり方に、極端な善悪の二元論と行き過ぎた懐疑に基づいて正誤や真偽の判断を行う傾向が継続して見られることだ。この傾向は、客観性や実証性の軽視と表裏のものでもある。

ここで、【A群】のA-2(2009年)、A-3(2011年)、A-4(2014年)として挙げた平沢のMMS関連の発言に注目してみたい。MMS関連の発言については、「昔から何やら怪しげなものを勧めていた」と言われるだけで、陰謀論的発言の例として挙げられることは少ないようだが、そこには、上述した平沢の思考の「癖」のようなものが非常にわかりやすい形で表れている。A-2、A-3、A-4の太字部分から明らかなように、平沢は、医療の専門家がMMSを認めないのは背後に何らかの悪しき力が働いているためで、彼らによって「嘘を信じさせられている」から「あなた」はMMSに不安を覚えるのだと言う。一方、A-3で登場した名取医師は、平沢のMMS推奨を批判したブログ記事で次のように述べ、MMSの有効性を客観的に裏付けるデータが示されない以上それを勧めることはできないとしている。

「私の知る限りにおいて、『物質X』が、なんらかの疾患に有効であると示した信頼のおける研究はありません。最低限の医学知識を持った人で、『物質X』つまりMMSがさまざまな病気に効くと考える人はいません。(中略)効果あるどころか、米国FDAは、亜塩素酸ナトリウムを含む製品が『吐き気、嘔吐、下痢、脱水などの健康被害を生じる可能性がある』と警告しています。(中略)MMSを開発したというジム・ハンブル氏は、信頼のおける研究成果をなぜ公表しないのでしょう?そうすれば、他の医師がMMSを使い、多くの患者が助かるというのに。」
※https://natrom.hatenablog.com/entry/20110131/p1より

名取医師が言うように、MMSに対する異議を退けたいのであれば、その有効性を客観的に裏付けるデータがこれだけあるということを示せば事足りる。データに基づいてMMSが推奨に値する有効性を備えているかを判断するのが科学的な姿勢というものだろう。しかし、平沢がそれをすることはない。平沢が繰り返し主張しているのは、MMSに異議を唱えたり不安を覚えたりする人々の背後に「特定グループの巨大な利益構造」があり「騙されている」ということだけだ。すなわち、予め「Xということを肯定する/否定する」と「善/悪」が結び付いており、その前提に立ってXに対する異議や疑問を「検討に値しない嘘」として退けるため、異議や疑問の内容が吟味されることはない。

こうした平沢の思考の方法に見られる傾向は、9・11やコロナ禍に関する彼の発言にも見て取れるものだが、直近の例として、平沢は、件のプチ炎上のきっかけとなった「ネオナチにせっせと募金するグロテスクな善意たち」というtweetに続けて「知らなかったでは済まない惑星規模の共犯。さあ、真意に迫る者に憎悪を向けよ」と発言している。この「憎悪」というキーワードは、2020年の秋頃から平沢が頻繁に登場させるようになったもので、自身の発言に対して起こるであろう批判や反論を先取り、「私の言ったことに対して批判や反論をする者は巨大な権力によって嘘を信じ込まされているがゆえに『真実』を知っている私に憎悪を向けるのだ」というような意味合いで使われることが多い(2020年11月6日や2021年2月7日の平沢のtweetも参照されたし)。

言うまでもないことだが、MMSや9・11やコロナやウクライナ情勢をめぐる平沢の発言に対して起こる批判や反論には様々な方向性のものがある。中には、「正義中毒」でただただ脊髄反射的な怒りをぶちまけるだけのものもあるかもしれない。しかし、そうでないものもたくさんある。特に、「平沢もまた何らかのメディアを介して情報を得ているはずだが、その情報こそが『真』であることは何によって担保されているのか」という方向からの批判に平沢は真摯に答えるべきだと思うが、そうした批判も全て、予め設定された「Xは真理であり、Xを否定する者は悪もしくは悪に騙された愚か者である」という二元論によって一蹴される。

そこには、将来に向かって正当な批判や反論を受けた際には自説を撤回する可能性を認める科学的姿勢は見られない。

これ以上は陰謀論を信じることの是非に関する価値判断を差し挟むことになるのでそろそろ筆を置くことにするが、以上のことから、平沢進は、個々の発言に見られる陰謀論の影響の痕跡もさることながら、その思考の方法において強い陰謀論的傾向を有していると言うことができる。

おそらく、平沢は、今週末のインタラが大成功を収めた後も陰謀論的発言を繰り返すだろう。そして、その度にファンがざわつき、彼の音楽や思想とどう付き合っていくべきか迷いあぐねる人が現れるのも変わらないだろう。その時にここで長々と書き綴ったことが何らかの形で役に立つことを期待しつつ、ひとまず検証を終わりたい。


2022.3.22.18:20追記:
平沢の音楽論的な話まで盛り込むと論点がぶれるのと字数が膨大になるため控えたのだが、以下のことは触れておいてもいいかもしれない。こと最新のアルバムである「Beacon」に収録された曲の歌詞には上述したような平沢の陰謀論的傾向がかつてないほど露骨に反映されており、その一方で、コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻により、以前であれば「師匠のいつものアレ」として笑って済ませられたことがそうではなくなってきた。こうした状況下で、平沢の音楽を歌詞も含めて聴き込んできたファンほど作者と作品を切り離せずに葛藤するのは無理からぬことだ。

以下に引用する2020年11月6日のtweetで平沢自ら書いている通り、今回のインタラのキーとなる「Beacon」と「Zcon」という概念もまた、「Xは真理であり、Xを否定する者は悪もしくは悪に騙された愚か者である」という二元論と切り離せない。

「束ねられた嘘の糸がこれほど多くあちこちにまとわりついていることに憂慮したのは数か月程度だった。今ではその嘘に感謝しているくらいだ。/人々に糸を引っ張るチャンスが降ってわいた。小さな不安の先端に何があるのかと糸を引っ張ると、巨大なものと出くわしてしまう。まったく知らなかった巨大なものを見てしまう。/あまりに急に見てしまったために驚き、人に知らせようとする。そんな現象がぞくぞく起こっている。Beaconを見つけてしまった人たち。/Zconは宿命としてそれを否定する。ただ単に幼稚な感情を引き出すゴシップ的な論調で。/Zconは宿命としてそれを論理的に否定できないため、最も同調しやすい下品な感情『憎悪』を操る。/Beaconを見つけた人は、今までどれだけ騙されて来たかを知っているのでその罠にはかからない。憎悪はまだBeaconを見つけていない人達を対象に操られる。人々はBeaconを見つけた人を憎悪し、揶揄する。/そのことが一層束ねた嘘の糸を増やしてゆき、人々が引っ張るチャンスを増やしてゆく。ありがとう。もっと嘘を垂れ流してください。もっともっとその幼稚で下品な嘘を。鬼畜の皆さん。」
※https://twilog.org/hirasawa/month-2011/6より
※https://www.susumuhirasawa.online/2022zconも参照されたし

陰謀論が平沢の音楽そのものまで浸蝕しているのだ。音楽活動と全く無関係に平沢個人が陰謀論に傾倒しているだけなら、おそらく、それに対するファンの反応はもっと違うものになっていただろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?