漫画原作応募シナリオ2【地獄のマスターピース】(本編)

〇出版社『牢英社』・オフィス内

慌ただしく働く編集者たち。

隅の離れ小島のような席で、紙沼涙(25)が領収書の処理をしている。机上には整然と積み上げられた領収書の山。


原稿を読んで騒ぐ編集者たち。


編集者1「来週のゾンビ甲子園、神展開だな!」

編集者2「さすがウナギ田先生、ナガチマが生きてたなんて胸アツ過ぎんだろ!」

編集者3「俺にも読ませろよ!」


涙M「編集者って不思議な人種だな。作り話であんなに熱くなれるなんて。私なんて現実を処理するだけで手一杯なのに」


説明文「現実」(と、矢印で領収書の山を示す)


編集者が、追加の領収書の束を置いていく。


編集者「涙ちゃん、これもお願い」


涙、高くなった領収書の山を見て。


涙M「処理しても処理しても……」


別の編集者も、追加の領収書の束を置いていく。


涙M「ここは私の賽の河原」


溜息をつく涙。


優しく気弱そうな雰囲気の狭間由良人(23)が来て。


狭間「涙さん、疲れてますね」

涙「あ、やだ。溜息なんて辛気臭いよね。ごめんね」

狭間「いえ。僕だって溜息つきたいことばっかです。自分の手で最高の漫画を世に出すことを夢見て編集者になったけど、遣い走りばっかで、現実は厳しいですね(苦笑)あ、買い出し行くんで、欲しい物あります?」

涙「ううん。何も要らない」

狭間「了解っす。……えっと、飯田さんは午後ティーで、原さんはピルクルで」


ブツブツ言いながら出て行く狭間。。


涙M「狭間くん、ほんといつもパシらされてるなぁ。ごめんね。手伝ってあげたいけど、私はこれ(領収書の山)に囚われてるから」


宅急便が届く。


配達員「編集部さん宛にお荷物でーす」

編集者1「狭間~、受け取っといて。あ、いねぇのか(舌打ち)」


編集者1、分厚い大判茶封筒を受け取る。差出人「地獄乃神」。中を見る。開けると、漫画原稿の束が。


編集者1「持ち込みか。粗筋もつけてねーでやんの。こういう常識の無い奴は、どうせ才能も無……」


面倒臭そうに1枚目に目を通すが、すぐに表情が変わる。


編集者1「天才だ!」

     

貪るように読み進める編集者1。読むたびに目が血走っていく。読み終わった頁はどんどん床に放り投げられる。

編集者2が、投げられた頁を拾って読み、表情を変える。


編集者2「天才だ!」


編集者2、編集者1が読み終えた頁を端から奪うようにして読み始める。読み終えた頁は放り投げられる。この流れが編集者3、4、5……と繰り返される。全員、読み進めるごとに狂気の相に。

×     ×     ×

編集者1「12頁まだかよ!」

編集者2「今読んでんだよ!」

編集者3「遅ぇんだよ! お前、後にしろよ!」


編集者たち、原稿を奪い合ううちに半狂乱になる。バトル漫画の資料用として置いてあった刀剣類や銃などの凶器が持ち出され、大殺戮に。

涙、領収書処理に集中していて気づかない。


涙「ふー、まだ全然終わらない」


ふと手を止め、顔を上げる。

血だまりの中、編集者たちの屍が累々と転がっている。


涙M「戦場?」


何人かの生存者が戦意喪失して蹲っている。

煙を上げるガトリング砲を肩に担いだ、美人女性編集長(45)が中央に仁王立ち。その手には、戦利品である原稿の束。


編集長「ふん。ヒラの分際で編集長に勝とうなんて甘いんだよ」

手負いの編集者たち「くっ」


大きなコンビニ袋を手に、狭間が帰ってくる。


狭間「戻りましたぁ!(惨状を見て)……北斗の拳?」


狭間、床に転がる死体の顔を確認しては、愕然となる。


狭間「飯田さん、午後ティー……死んでる! 原さん、ピルク……原さんも!」


編集長「ふん。生き残ってる奴に配給してやんな」

狭間「編集部は、夢と感動を生み出す場所のはずなのに。こんな有様になってしまうなんて(泣く)」


近づいて慰める涙。


涙「狭間くん。こんな所、あなたみたいな優しい人がいるべき場所じゃないよ。逃げなよ」

狭間「涙さんは?」

涙「私はまだ役目が残ってるから。投げ出せないよ」

と、領収書の山に視線をやる。

狭間「なら僕もここにいます。新しい漫画家が持ち込みに来るかもしれないし、その時に正気の編集者がいなかったら、編集部として無責任ですもん」

涙「そっか。わかった。面白い持ち込みがあるといいね」

狭間「あ、そうだ。これ。涙さん、要らないって言ってたけど僕の奢りです。一息ついてください」


狭間、コンビニ袋からホットコーヒーと肉まんを出して渡す。


涙「ありがとう。半分こ、しよ」


涙、肉まんを半分に割って渡す。

見つめ合って微笑む2人。

     ×     ×     ×

机が積み重ねられ、タワー状になっている。

その頂点に王のように腰掛け、ワイングラスを傾けつつ原稿を読み耽る編集長。

読み終えた頁はタワーの下に落とされる。1頁落ちてくるごとに編集者たちがハイエナのように群がって奪い合い、また血しぶきが上がる。


半分この肉まんを食べながら、遠巻きに見ている涙と狭間。


涙「狭間君は読まなくていいの?」

狭間「僕は一番下っ端ですから。先輩たちが全員読み終わった後に読ませてもらえればラッキーかなって。それに、あんな風に乱暴に扱ったら原稿に傷がつきますから」

涙「あなたみたいな編集者ばかりだったら、こんな醜いことにはならなかったでしょうね……」

狭間「原稿を大切に扱えない編集者は、編集者じゃない。それを僕に最初に教えてくれたのは編集長だったのに……」

涙「もう、編集者どころか、人でさえなくなっちゃったね」


タワーの上で原稿を読んでは落とす編集長の顔。完全に正気を失った獣のよう。

タワーの下で我先にと原稿を拾う編集者たちの顔も同様。


涙「でもさ。あんな風に落としてたら、いつかは全員が原稿を読み終えちゃわない? そしたらもう、編集長は優位に立てなくなるんじゃ」

狭間「そんなことにすら思い至らないほど、理性を失ってしまってるってことでしょうね(溜息)」

涙「見て。もう、残りあれだけだよ」

狭間「ほんとだ」


編集長が手にしている原稿束がだいぶ薄くなっている。

タワーの下の編集者たち、落ちてくる頁を読み切って。


編集者1「576頁はどこだ?」

編集者2「まだだ!」


全員、上を見上げる。

編集長の手の原稿、残り数頁だけ。


編集者3「見ろ。もうすぐ終わる!」

編集者4「あれだけ?」


頁をめくる編集長の手が激しく震えている。


編集長「いいい、一体どんなラストが待っているの……」


騒然としている編集者たち。


編集者5「あの残り頁で伏線全部回収できるのか!?」

編集者6「無茶だ!」


涙と狭間、騒ぎを見ながら。


狭間「もうすぐ終わるんですね、先輩たちを狂わせた物語が」

涙「終われば、みんな正気に戻るかしら」

狭間「だと良いけど」


宅急便が来る。


配達員「お荷物でーす」

狭間「あ。はいはい」


狭間が受け取る。

タワーの上の編集長、震える手で、最後から2枚目の頁をタワー下に落とす。


編集長「ラ、ラ、ラスト……」


最終頁。空白のコマに「後編へ続く(別便で送りました)」とだけ書かれている。


編集長「そんな!」


編集長、白目を剥いて気を失い、タワーから転落。手から最終頁がヒラヒラと落ちる。

編集者たち、床に伸びた編集長の体を容赦なく踏み越えて最終頁に群がり、奪い合って読む。


編集者たち「後編?!」「2部構成か?!」「別便って!?」


全員、ハッとして狭間を見る。

ポカンと立っている狭間の手に、受け取ったばかりの宅急便。分厚い大判の茶封筒である。差出人「地獄乃神」。品目記入欄「原稿(後編)」。


涙「狭間くん、それって!」

狭間「あ」

編集者たち「狭間ぁ! その原稿よこせ!」


ドドドドと地響きを立てて狭間に押し寄せる編集者たち。


涙「狭間君、逃げて!」


狭間、封筒を持ったまま廊下に逃げ出す。

獣の形相で追っていく編集者たち。


涙「狭間君、どうか無事で」


涙、食べかけの肉まんを握りしめて祈る。


〇同・非常階段・踊り場

汗だくの狭間、手すりにすがって荒い呼吸。


編集者たちの声「どこだ、狭間ぁ! 下っ端の分際で!」

追手の地響きが、ドドドドと近づいてくる。


狭間M「こ、この原稿が編集長と先輩たちを狂わせた……この原稿、この原稿があれば……」


狭間の目つきが変わる。


〇同・廊下

半狂乱になって狭間を探す編集者たち。


編集者たち「どこだ狭間ぁ! ははは早く原稿を、原稿をぉおおお!」


麻薬の禁断症状のように震えている編集者たち。


狭間の声「そんなにこれが欲しいんですか?」


廊下に影が落ちる。影の主を見る編集者たち。

編集者たち「!」


狭間が、上裸の腹にダイナマイトを巻いて仁王立ち。ダイナマイトの下には原稿が挟まっている。


編集者たち「ままま、まさかそれは!」

狭間「僕に指一本でも触れたら火を点けますよ」


ライターを取り出し、ニヤリとする狭間。


狭間「先輩方、よくも僕のことをさんざんパシリ扱いしてくれましたね? 言っときますけど、僕は皆さんの中で一番、高学歴なんですよ」


狭間の目、イッってしまっている。

青ざめる編集者たちの後ろで、愕然と立ち尽くす涙。


涙「は、狭間君……」


〇同・オフィス内

上裸の腹にダイナマイトと原稿を巻き、頭に王冠を被った狭間が、机タワーの上で編集長をバッグから犯している。

ガタガタ揺れるタワー。


狭間「この糞ババァ! いっつも半人前扱いしやがって! 編集長がどんだけ偉いってんだ! オラオラオラ!」

編集長「ああっ、許して!」

狭間「許してくださいだろぉお?!」

編集長「許してください! げ、原稿を、後編を読ませてください! お願いしますぅ!」

狭間「どうすっかなぁ! これは俺様のだからなぁ!」


さらに激しく腰を動かす狭間。邪悪極まりない表情。


編集長「あひいいっ!」

狭間「ギャハハハ!」


領収書を処理しながら泣いている涙。


涙M「狭間君までこんな……」

狭間「遅ぇなあ、奴隷どもは!」


上裸に腰巻、犬の首輪をつけ、奴隷のような姿の編集者たちが、コンビニ袋を持って駆け込んでくる。


編集者たち「狭間様、○○○買ってきました!(と、品目名を口々に叫ぶ)」


コンビニ袋から次々と出てくる食べ物・飲み物。


涙M「ああ、また領収書が増える……私、この地獄から逃げられない」

     ×    ×    ×

窓から差し込む朝日。

キーボードに手をかけたまま、突っ伏して寝ている涙。

ハッと目を覚ます。背中にジャケットが掛かっている。正常だった頃の狭間が着ていた物。


涙M「……狭間君が?」


顔を上げる涙。

床には、奴隷姿の編集者たちと、全裸で白目を剥いた編集長が、窮屈そうに雑魚寝。

机タワーの上、狭間が腰かけ、原稿束を手に、窓の外を見ている。

朝日を受けた横顔、とても空虚。


涙M「狭間くん……読んだのね? でも、なんて悲しそうな顏」


狭間の手の原稿。一番上の頁、最終コマに「完」の字(絵は見えない)。


狭間M「読んでしまった……これ以上の漫画がこの世に現れることはない……夢が、夢が終わってしまった」


狭間、ライターを出す。

涙「狭間君!?」
狭間M「もう生きている意味がない」


と、火をつけ、腹のダイナマイトに近づける。


涙「(絶叫)ダメえええ!」


大爆発!


〇『牢英社』跡地

見渡す限り、瓦礫の山。『牢英社』周辺一帯に爆発が及んだらしい。

瓦礫の中から、煤だらけの涙が這い出てくる。

ヨロヨロと立ち上がり、瓦礫の上を歩き始める。

首だけになった狭間が転がっている。


涙M「……」


悲しげに首を一瞥し、先へ歩く涙。

ほぼ原型のない、領収書の切れ端を見つける。


涙M「私、自由になったのね……」


力なく微笑む涙。

足元に1枚の原稿。最終コマに「完」と書かれている(絵は見えない)。


涙「あ」


拾う涙。


爆発に巻き込まれたらしい煤だらけの一般人たち、飛び散った原稿を拾い読みして。


一般人1「鬼クソ面白ぇ!」

一般人2「続きは!?」

一般人3「それ寄こせ!」

一般人4「まだ私、読んでないのよ!」


血みどろの原稿争奪戦が始まる。

涙、手にした最終頁を見て。


涙M「こんな物のためにみんな……これさえあれば」


涙の表情、邪悪に歪む。


涙M「私は新世界の神になる」


〇ニートの部屋

邪悪な涙の表情を最終コマとする漫画に「完」の字が書かれる。

ニートが書いていた漫画だった。

髪も無精髭も伸び放題のニート、気持ち悪い笑みを浮かべながら原稿に消しゴムをかけて。


ニート「へへへ。これを実話にしてやる。俺の原稿を没にし続けた奴らの末路だぜ。思い知れ、糞編集者どもが」

背後で妹が冷ややかに。

妹「新世界の神になるって、まんま、〇スノートだろ? ってか働けよクズ」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?