漫画原作応募シナリオ1:本編「眠り姫は一人だけ」
〇小さな教会・礼拝堂
キリスト像の前
赤井崇(6)が、花冠を赤井尚美(8)の頭に乗せている。他には誰もいない。
崇「尚ちゃん。大人になったら僕と結婚してね」
尚美「うん。私、崇と結婚する」
キスをする2人。
鳴きながら猫が入ってくる。尚美は怯えて崇の背に隠れる。
崇「可愛いのに」
尚美「やだ。目が怖い」
〇ブライダルホール
T「20年後」
ドレス試着中の三岡愛名(24)。傍らでニコニコと見ている崇(26)とスタッフ。
スタッフ「お綺麗ですよ」
愛名「やだぁ、これも素敵~。迷っちゃう」
崇「どれも似合ってるよ、愛名」
愛名「も~、崇さんったら、そういうのが一番困るの!……あ」
愛名、立ち眩みのように、ふらつく。
崇「愛名!?」
スタッフ「どうされました?」
愛名「なんか一瞬、頭がフワッとなっちゃって」
崇「貧血?」
愛名「わかんない。私、貧血なんてなったことないし」
崇のポケットの中で、携帯電話が振動。
崇「母さんだ。(出て)何?……えっ、ほんとに!?……わかった! すぐ行く!(電話を切って、愛名に)姉が、意識を取り戻したって!」
愛名「お姉さんが? 本当!?」
崇「本当だって! 奇跡だ、奇跡だよ!」
愛名に抱きつく崇。
愛名「痛いよ!」
崇「あ、ごめん。(と、離れて)行かなきゃ。僕の名前、呼んでるって!」
愛名「えっ!」
慌ただしく駆けだしていく崇。
スタッフ「あの。お姉さん、というのは?」
愛名「彼のお姉さん、10年間ずっと意識不明だったんです。交通事故で」
崇が去ったドアを切なげに見つめる愛名。
愛名M「そのお姉さんが10年ぶりに目を覚ましたのだから、彼の頭の中がお姉さんのことで一杯になるのも無理はない。それはわかってる」
〇マンション・愛名と崇の家・外観
『赤井 三岡』のドアプレート。
○同・同・室内
ハンガーラックに、愛名の服と崇の服。壁には愛名と崇が頬を寄せ合っている写真。
猫をあやす愛名。浮かない表情。
愛名M「わかってるけど……」
傍らのスマホ。
『今日は帰ってくる?』『お式の打ち合わせ、どうする?』『連絡ください』と、愛名から崇へのLINEが未読状態。
愛名「(猫に)ランちゃん、私、婚約者だよ?」
〇総合病院・外観
〇同・入院病棟・尚美の病室・ドア前
ドアに『赤井尚美様』のプレート。
愛名がきて、ドアを開ける。
〇同・同・同・室内
空のベッドの傍らに座っている赤井薫(51)。
愛名「あ、お義母さん」
薫「愛名さん。来てくれたのね。崇は尚美を連れて屋上に行ってるよ」
○同・屋上へ続く階段
上がってくる愛名。屋上へのドアを開ける。
○同・屋上
尚美(28)をお姫様抱っこして街を見下ろしている崇の姿。
愛名「!」
尚美「(街並みを見ながら)だいぶ変わったみたいね。私が寝てた間に」
崇「退院したら、あちこち案内するよ」
尚美「あの青い屋根、教会だよね?」
崇「うん」
尚美「残ってるんだ。よかった」
見つめ合う2人。
尚美は窶れてはいるが、美しい。
引き攣った顔で2人を見ている愛名。
愛名M「何、負けた気になってんのよ。相手はお姉さんだよ」
愛名、笑顔を作って。
愛名「(明るく)ここにいたんだ」
崇「愛名」
愛名「いい眺めだねぇ」
笑顔で2人に近づいていく愛名。
愛名「初めまして、お姉さん。お体の具合いかがですか?」
尚美「あなたが三岡愛名さん?」
愛名「はい。ごめんなさい。もっと早くお見舞いに来たかったんですが忙しくて。(強調して)結婚式の準備が」
尚美「ありがとう。私が寝ている間、弟の傍にいてくれて」
愛名「え? いえ」
愛名の笑顔が引き攣る。
愛名M「何、その言い方。私があなたの代わりみたいに」
尚美「この子、ドジでしょ? よく忘れ物するし。この子が忘れた分もね。いつも私が持って学校に行ってたのよ。お道具箱とか体操服とか」
愛名「今は大丈夫ですよ。私が毎朝チェックしてますから」
尚美「そう」
静かに微笑む尚美。
愛名の視界で尚美の顔がぼやける。愛名、よろけて崇の背に手をつく。
崇「愛名?」
尚美「どうしたの?」
愛名、持ち直して。
愛名「なんか最近よく眩暈が……(ハッとして)あ!」
崇「え?」
愛名「ちょっと売店行ってくる。(崇に耳打ち)妊娠検査薬、買ってくる」
崇「あ!」
嬉しそうな顔になる崇。
尚美「大丈夫?」
愛名「ええ。病気じゃありませんし」
愛名、勝ち誇ったような笑みで尚美を見る。
尚美「そう」
尚美は穏やかに笑みを返す。
○同・女性トイレ・個室内
便器に座って呆然としている愛名。
手にした妊娠検査キットは陰性を示している。
○バー『mon rêve』・外観(夕)
○同・店内(夕)
雰囲気のよい内観。
カウンターに座っている愛名。沈んだ表情。
マスターがカクテルを出して。
マスター「お一人でいらっしゃるのは珍しいですね」
愛名「そうですね。たぶん初めてかな。彼は……ちょっと用事があって。一応、用事が終わったら来てって伝えてはあるんですけど」
崇「では後からいらっしゃる?」
愛名「(寂しげに微笑んで)どうだろ」
愛名、傍らのスマホに目をやる。
『陰性だった。超ショック! お願い、慰めて』『mon rêveにいます』『今日も病院に泊まるの?』『ちょっとでも会えない?』『来てくれるまで待ってる』。
愛名から崇へのLINEが、すべて未読状態。
○愛名の回想・『mon rêve』のカウンター(夜)
並んで座っている愛名と崇。
マスターがカクテルを2つ出す。
マスター「お待たせしました。サイドカーです」
崇「知ってる? カクテルにはカクテル言葉っていうのがあるんだ」
愛名「花言葉みたいに?」
崇「そう。サイドカーのカクテル言葉は『いつも二人で』」
崇、ポケットから指輪を取り出して。
崇「愛名、結婚しよう」
愛名「(涙ぐんで)はい」
見つめ合って乾杯する愛名と崇。
○回想終わり・『mon rêve』のカウンター(夜)
涙を零す愛名。
マスターが新しいカクテルを置く。
愛名「頼んでないですよ」
マスター「私からです。バックフィズ。カクテル言葉は『心はいつも君と』。彼氏がお一人でいらっしゃった時に、よくお飲みになっていました」
愛名「え」
マスター「傍にはいなくても、彼はいつでも、あなたのことを想っていますよ」
愛名「崇さんが……(泣く)」
しばし泣いてから、立ち上がって。
愛名「今日は帰りますね。次は彼と来ます」
マスター「お待ちしています」
○路上(夜)
スッキリした表情で歩いている愛名。
愛名M「焦ることなんかない。彼を信じよう。お姉さんのことを大切に思っている彼の優しさごと、彼を受け止めよう。彼とこれから人生を共にするのは、私なんだから」
○マンション・愛名と崇の家・ドア前(夜)
帰ってきた愛名、鍵穴に鍵を入れて。
愛名「あれ? 開いてる。崇さん?」
ドアを開ける。
○同・同・室内(夜)
玄関口で、猫が頭から血を流し、絶命している。
愛名「ラン!?」
壁に飾られていたはずの愛名と崇の写真がない。
○同・同・ドア前(夜)
室内から顔面蒼白の愛名が飛び出してきて、膝をつき、ガタガタと震える。
愛名「だ、誰が、こんなこと」
エレベータの開く音。
顔を上げると、車椅子に乗った尚美がエレベータの中にいる。
愛名「!」
微笑む尚美。
愛名「まさか、あなたが!?」
尚美「猫って、目が怖いでしょう?」
愛名「なんでこんなこと!(ハッとして)私が崇さんを奪ったと思ってるの?! だから私が憎いの!?」
尚美「いいえ。あなたには感謝しかないわ」
愛名「嘘!」
尚美「本当よ。(微笑んで)少し、お散歩しましょうか?」
○路上(夜)
尚美の車椅子を押して進んでいる愛名。
愛名「崇さんは?」
尚美「病院。ぐっすり寝てるから抜け出してきたの。ねぇ。あなたと崇はどうやって出会ったの?」
愛名「随分余裕ね。私がいま車椅子を車道に押せば、あなたを殺せるんだけど」
尚美「あなたはそんなことしないでしょ」
愛名「そうね。あなたに何かあったら崇さんが悲しむし。(挑発的に)あなたのこと大事にするよ、私も。だって、義理のお姉さんだもの。いい妹になるから、私。そして、あなたの前で崇さんと幸せな結婚生活を送ってあえる。子どもを作って、小さくてもいいからマイホームを買って。あなたが叶えられない人生を、あなたに見せつけ続けてあげる」
尚美「(笑う)」
愛名「何がおかしいの? 私、お腹に崇さんの子どもがいるんだからね!」
尚美「あなたが妊娠なんてしてるわけないわ」
愛名「(狼狽えて)なんでそんなこと!」
尚美「だって、嘘でしょう?」
愛名「……で、でも、これからきっと」
尚美「あなたにこれからは、ないわ」
愛名「は?」
尚美「ねぇ、崇とはどうやって出会ったの?」
愛名「なんであなたに言わなきゃいけないの?」
尚美「聞かせてくれたら、私も、崇とのとっておきの秘密を教えてあげる」
○愛名の回想・路上(朝)
高校生の愛名が、ぐったりした子猫を抱いてオロオロしている。
自転車に乗った高校生の崇が通りかかる。
崇「その猫どうしたの?」
愛名「車にはねられたみたい。どうしよう、死んじゃう」
崇「病院に連れていこう。乗せて!」
と、自転車の籠を指す。
○動物病院
子猫を抱いて出てくる愛名と崇。
愛名「名前決めた。ランちゃん」
崇「ランちゃんか。時々会いに行ってもいい?」
愛名「もちろん」
○路上(夜)
尚美の車椅子を押している愛名。
尚美「崇、猫が好きだものね。そこだけは昔から、私と合わなかったのよ。私が嫌がるから猫を飼えなくて。崇、いつも残念がってたわ。……だからね、あなたには猫好きになってもらったの」
愛名「は?」
尚美「あなたが崇と同じ、猫好きな女の子になったのは、私がそう願ったから」
愛名「何を言ってるの?」
尚美「ずっと思ってた。どうして私たち姉弟なんだろう、どうして姉弟は結婚しちゃいけないんだろうって。崇と他人になりたいって、ずっと願ってた。よく夢を見たわ。私が別の女の子になるの。崇よりちょっと年下で女の子。そして崇と出会って、恋人同士になるの」
愛名「……気持ち悪い」
尚美「事故に遭ってからは、ずっと夢が続いてた」
愛名の視界がぼやける。
愛名「あ」
よろけて地面に膝をつく愛名。
愛名「ま、また。何で?」
尚美「あなたはもう要らないからよ」
顔を上げる愛名。尚美が立ち上がって見下ろしている。
愛名「!」
尚美「私が起きたから、あなたはもう要らないの。あなたは、私の夢。私が夢に見た、崇と他人の私」
愛名「何言ってんの? 頭おかしいの?」
尚美、地面に足で字を書く。『アカイナオミミオカアイナ』。アナグラムだ。
愛名「!」
尚美「ほら、あなたは、私」
愛名「ただの偶然じゃない!」
尚美「あなた、お父さんとお母さんの名前は? 仲の良いお友達の名前は?」
愛名「は? そりゃ……(ハッとして)え?」
愛名のイメージ。父母や友人らしき人たちが浮かぶが、皆、顔がはっきりしない。
愛名「お父さん、お母さん、何で?! 何も、何も思い出せない!」
頭を抱える愛名。
尚美「ありがとう。崇の傍にいてくれて。もういいよ。さようなら」
愛名「嘘! 嘘!」
尚美「だったら、なぜあなたはここに来たの?」
尚美、横を見る。その目線を追う愛名。
青い屋根の小さな教会がある。
尚美「行き先を決めたのは私じゃないわ。あなたが私の車椅子をここまで押してきた。あなたの意思でここに来た」
愛名「知らない、こんな教会」
尚美「ここでね。私と崇は誓ったの、結婚しようって。誓いのキスをしたの」
愛名「嘘、嘘」
愛名の体が透けていく。
○バー『mon rêve』・店内(夜)
乾杯する尚美と崇。
崇「退院おめでとう」
マスター「(崇に)初めてですね。お連れ様といらっしゃるなんて」
尚美「いつもは一人で来てたの?」
マスター「いつもそのお席で、バックフィズをお飲みになっていらっしゃいましたね」
崇「バックフィズのカクテル言葉はね。『心はいつも君と』。尚ちゃんのこと、考えてた」
尚美「私もね。夢の中で崇のこと、ずっと考えてた」
崇「(キョトンと)え」
尚美「どうしたの?」
崇「あ、ううん。一瞬、さん付けで呼ばれた気がして」
尚美「崇さんって?(笑って)私、そんな呼び方したことないでしょ」
崇「だよね。気のせいだ」
尚美「明日、あの教会行こうね」
崇「うん」
見つめ合いながらカクテルを飲む2人。 了
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