漫画原作応募シナリオ3:本編「俺に惚れるなマイベイベー」第一話

○満員のコンサートホール

スポットライトを浴びて歌う鷹矢優一(20代)。めちゃくちゃイケメンでセクシー。スタイルも抜群。熱狂している観客たち。

 

客たち「タカヤ—!」

 

タカヤ、バク宙を決めるなど、高い身体能力を発揮しながら、ステージを所狭しと駆け回る。静止した時のポーズもいちいちカッコいい。

ギターの天城義継(20代・顔はフツメン)のソロパート中、タカヤ、体操選手張りの180度開脚ジャンプで天城の頭上を跳び越す(タカヤの決め技。通称・天城超えである)。

着地と同時に歌い出すタカヤ。

さらに熱狂する観客たち。女たちは目をハートにして次々と卒倒。

ステージ全体を完全に支配しているタカヤ。

 

説明文「伝説のロッカー・鷹矢優一。1997年メジャーデビュー。デビュー年に開催された全国ツアーで日本中を熱狂の渦に巻き込むも、1年間のツアー終了と同時に突如、謎の引退。以後、消息不明」「死亡説の他、顔を変えて海外でトップスターになっている説(海外のファンを熱狂させている男のシルエット入る)、闇の世界を牛耳るマダムに見初められて囲われている説(デビィ夫人かマツコ・デラックスのようなマダムに中世ロココ調の天蓋ベッドで膝枕されている姿が入る)、異世界転生した説(半裸の女性奴隷たちを侍らせた異世界の王になっている姿が入る)など、数々な噂がまことしやかに囁かれているが、一切は不明である」「伝説のロッカーは、一体いま、どこで何をしているのか――」。

 

○住宅街・ゴミ捨て場・前(朝)

女性2人が立ち話。

 

鈴木の声「おはようございます」

女性たち「あ、鈴木さん。おはようございます」

 

通勤鞄と大きなゴミ袋を持った鈴木優一(50)が近づいてくる。

ひょろりと背が高いが、ひどい猫背。腹だけが突き出た中年太り体型。禿げ散らかした頭。牛乳瓶の底のような分厚いメガネ。ヨレヨレのスーツ。ウーパールーパー柄のネクタイは歪んでいる。

 

鈴木「失礼します。よいしょっと」

 

ゴミと一緒に、鞄も放ってしまい。

 

鈴木「おっと、間違えた」

 

恥ずかしそうに頭を掻きながら、鞄を拾っていく。

女性たち、その後ろ姿を見送りながら。

 

女性1「鈴木さんの奥さんって、旦那さんがあんだけダサくて平気なのかしら? もうちょっとコーディネートしてあげたらいいのに」

女性2「服とかでどうにかなるレベルじゃないんじゃないの?」

 

歩いている鈴木の後ろ姿。犬のウンチを踏む。

 

鈴木「あっ、しまった」

 

慌てて足をあげたはずみで、よろけてブロック塀に体をぶつける。

 

鈴木「あ痛」

 

女性たち、呆れ顔。

 

女性2「ほらね」

 

○路上(朝)

側溝に靴裏の汚れをこすりつけている鈴木。

 

鈴木M「よし、今日も俺はカッコ悪いな」

 

お爺さんが歩いてきて、躓く。

 

鈴木「危ない!」

 

駆け寄って抱き止める鈴木。アルゼンチンタンゴの決めポーズのような体勢になる。

一瞬、すごくカッコいい。

 

お爺さん「ど、どうも」

鈴木「いえ。お怪我がなくて何よりです」

 

お爺さんが、乙女のように頬を赤らめて鈴木を見ている。

 

鈴木M「しまった!」

 

後ろで見ていた女性たち、目をこすりながら。

 

女性1「あれ? いま一瞬、鈴木さんがすごくカッコ良く見えちゃった」

女性2「実は私も」

 

鈴木、お爺さんが無事に歩き出したのを確認してから、自分も進もうとし、また同じウンチを踏む。

 

鈴木「あっ」

女性1「気のせいだったみたい」

女性2「私も。そりゃそうだよね」

 

鈴木、笑う女性たちの様子を背後に感じ、ほっと安堵の表情。

 

鈴木M「危なかった。気を付けろ、俺。油断すると、ついカッコ良くなってしまうぞ」

 

ウンチをまたこすり落として、先へ進んでいく鈴木。

 

説明文「鈴木(旧姓・鷹矢)優一(50)。音羽商事・総務部長。1女の父。趣味・庭いじり、愛娘の動画撮影&編集」

 

○電車内(朝)

座っている鈴木。スマホを見る。

『ひばり』からのLINE。

「パパ、土曜のお昼に友達来て勉強するから、家にいないでね」。『ひばり』のアイコンは本人の顔写真。可愛い。

鈴木、「了解」のスタンプを返信。

 

説明文「彼が伝説のロッカーであること。活動期間わずか1年程度だったにも関わらず、引退後も、抱かれたい男10年連続No.1となり、本人の生死不明のまま殿堂入りを果たしていることは、愛娘も知らない秘密である」

LINEを見てニンマリする鈴木。

 

鈴木M「ひばりは本当にいい子だなぁ。パパのこと友達に紹介するの恥ずかしいと思っててくれて。あ、そうだ。土曜は久しぶりに、天城のところへ行こうかな」

 

○鈴木家・外観

ごくありふれた一軒家。

T「土曜日」

 

○同・夫婦の寝室

鈴木、エリマキトカゲ柄のトレーナーを着て鈴木つぐみ(52)の前に立って。

 

鈴木「どうかな? つぐみさん」

つぐみ「うん、ダサいわよ」

鈴木「よし、これで行こう」

 

部屋着姿の鈴木ひばり(20)が部屋を覗く。

 

ひばり「まだいるの? 友達1時には来ちゃうってば」

つぐみ「もう出るわよ」

ひばり「パパ、マジでそのカッコで行くわけ?」

鈴木「ダメかな?」

ひばり「まぁいいけど。私が並んで歩くわけじゃないし」

 

〇同・玄関

出ていく鈴木とつぐみを見送るひばり。

両親の姿が消えてから、いそいそと部屋に引っ込む。

 

〇同・ひばりの部屋

ひばり、大急ぎで念入りなメイクをし、補正ブラで胸をしっかり持ち上げ、勝負服に着替えてから、スマホを操作。

 

ひばり「お待たせ。いつ来てもいいよ。っと」

 

すぐに返信の受信音。嬉しそうな表情になるひばり。

スマホのLINE画面。『Takuya』から、『了解』のスタンプが届いている。『Takuya』のアイコンは、かつてのタカヤのライブのワンシーンを切り取ったもの。

 

〇路上

仲良く並んで歩いている鈴木とつぐみ。

向いから、ごつい犬を連れた若い女性。鈴木を見て。

 

女性M「うわ、ダサいオジサン。私だったら絶対並んで歩きたくないんですけど!? この女の人、奥さんとかじゃなくてボランティアだったり? それか目が悪いのかな?」

 

犬の視界。鈴木からフェロモンが漏れている。

犬が目をハートにして興奮し、尻尾を激しく振り回して鈴木に駆け寄ろうとする。

 

説明文「動物はフェロモンに反応する。いくら見た目をダサくしてもごまかせないのだ」

 

女性「ミルキーちゃん、どしたの!?」

 

女性、引っ張られる。

 

つぐみ「あ、雌!(すかさず)優一さん」

 

鈴木、素早く靴を片方だけ脱ぐ。つぐみ、素早くしゃがんで、その足から靴下を脱がすと、脱がせた靴下を丸めて犬の鼻先に押し付け、たっぷり嗅がせてから遠くに放り投げる。

フェロモンを散らしながら飛んでいく靴下。犬、女性を引きずりながら靴下を追っていく。

その隙に、つぐみはポーチを開け、大量の同柄靴下ストックから1枚渡す。鈴木は受け取って履き、つぐみの手を引いて猛ダッシュで逃げる。

 

鈴木「ここまで来れば……」

つぐみ「優一さん、あれ!」

 

犬連れの集団が遠くから大挙して押し寄せてくるのが見える。飼い主たちは全員、突っ走ってくる犬に引っ張られている。犬たちは全頭、目がハート。

 

飼い主たち「○○ちゃん(それぞれの犬の名前が入る)、止まって~!」

 

ドドドドと効果音。

 

鈴木「ヤバい」

つぐみ「もう全部、重ね履きしときましょ」

 

鈴木にポーチごと渡すつぐみ。

 

〇鈴木家・屋内

家中ピカピカに掃除しているひばり。

 

ひばりM「見た目は完璧。あとは匂いだな。ジャーン! 奮発して買ったこれで!」

 

謎のパッケージを取り出す。商品名『オヤジ臭センサー』。「パパの匂い、家族はなかなか気づけません。大切なお客様を呼ぶ前に要チェック!」という煽り文句。

開けると、ダウジングマシンのようなものが出てくる。

マシンを使って家中を調べるひばり。しかしマシンの『OYAJI METER』の表示は、どこを調べてもマイナスのまま。

ひばり、父母の寝室で、枕にセンサーを当てながら首を傾げて。

 

ひばりM「あれぇ? パパ、マジでオヤジ臭ないのかな?」

 

ドアチャイムの音。

 

ひばり「わ! 来ちゃった!」

 

ひばり、真っ赤になる。

 

〇同・玄関

嬉しそうにドアを開けるひばり。

ドアの外、渡辺拓哉(28)がいる。

服装も髪型も表情も、いかにもかつてのタカヤを意識した感じ。

キャンプで使うような折り畳み式のミニチェアを足元に置き、そこに片足を乗せて、前傾姿勢になってマイクを構えている。タカヤのライブ中のポーズの真似である。タカヤほどには決まってない。

 

拓哉「(マイクで)待たせたな」

ひばり「拓哉さん! いらっしゃい!」

 

駆け寄っていくひばり。

拓哉、ひばりにサッと足払いをかけ、転びかけるひばりを抱き止め、アルゼンチンタンゴの決めポーズのような体勢を作る。鈴木ほどには決まってない。

が、ひばりは頬を染め、目をハートにしている。

 

ひばり「(うっとりと)拓哉さん、ありがとう」

拓哉「いや、君が無事で良かった」

拓哉M「もうちょっと角度、作ったほうが良かったかな」

 

○ライブハウス兼古着屋『legend』・外観

『Live house & Vintage clothing store legend』の看板。

ドアに「本日貸し切り」の貼紙。

入口をくぐって行く、鈴木とつぐみ。

 

○同・店内

天城(50)が、カウンターに座っている。

フロアの隅に、古着販売のコーナーがある。

ステージには音響機材とマイクスタンドがセッティングされている。

フロアの真ん中にコタツが置かれていて、天城の母・イク(80)がミカンを食べている。

スズキとつぐみが来る。

 

天城「おう、タカヤ。元気そうだな」

鈴木「悪いな、天城。来るたびに貸し切りにさせて」

 

鈴木、猫背をスッと伸ばし、瓶底メガネを外す。かつてのタカヤそのままの切れ長の目が現れる。目尻の皺が味になって、セクシーさが増している。

禿げ散らかした髪を毟り取る。カツラだった。少し長めのロマンスグレーの髪が出てくる。

ダサいトレーナーを脱ぎ、腹巻を外す。突き出ていた腹がスッキリ凹む。詰め物だった。

野暮ったい太めスラックスも脱ぐ。下には長い脚が際立つ細身デニムを履いている。

ランニングシャツとデニム姿で気だるげに立つ姿は、音楽雑誌の表紙のように華がある。

 

鈴木「ふー、今日は暑かった」

天城「ご苦労なこって」

鈴木「しょうがないよ。これがないと普通の生活ができないんだから」

天城「大変だな。ナチュラルボーン・フェロモニスタは」

鈴木「変な二つ名つけるな。自前の贅肉がつけば話が早いんだが」

つぐみ「何を食べさせても、太らないのよねぇ、この人」

天城「俺は最近、何食べても贅肉になるぞ」

鈴木「羨ましい」

 

額の髪を指で払う鈴木。

フェロモンが飛び散る。

いつの間にか、イクが鈴木の眼前に至近距離で立っていて、目を輝かせて頬を染めている。

 

イク「はー、眼福、眼福」

つぐみ「イクさん、こんにちは」

天城「母さん、コタツ片づけるからな」

鈴木「手伝うよ」

 

鈴木と天城、フロア中央のコタツを片付ける。

イク、つぐみを睨んで。

 

イク「なんだい、女狐。まだ愛想つかされてなかったのかい?」

つぐみ「(にっこりして)ええ、おかげさまで」

イク「言っとくけどね。アタシがあと50年若けりゃ、あんたになんか負けてないんだからね」

つぐみ「(にっこりして)今でも私、イクさんに勝ててるなんて、これっぽっちも思ってませんよ」

 

天城「あ、そうだ。また、いいの入ったぞ」

 

天城、古着コーナーから、絶妙にダサい感じの二宮金次郎柄のトレーナーを持ってくる。

 

つぐみ「(嬉しそうに)あら、ダサい」

鈴木「いいな」

天城「なら、持ってけ」

鈴木「たまには金払うよ。売りもんだろ」

天城「いいって。どうせ売れねぇ」

 

天城、鈴木にトレーナーを放ると、ギターを抱えてステージに上がる。

 

天城「んじゃ、やるべ」

 

鈴木もステージへ上がり、マイクスタンドからマイクを引っこ抜く。

目を輝かせて最前列に座るイク。

笑顔で隣に座るつぐみ。

イク、つぐみを睨んで。

 

イク「アタシゃ、あんたが嫌いなんだよ」

つぐみ「(笑顔のまま)ええ、知ってます」

イク「まったく、タカヤは何であんたみたいな貧相な女で我慢できるんだろうねぇ。よっぽどアッチのほうがいいのかね?」

つぐみ「(笑顔のまま)さあ、どうなんでしょう? 私も夫も、お互い以外の相手とそういうことをしたことがないので、わかりません」

 

天城が演奏を始める。

つぐみとイク、サッとステージに視線を集中する。

マイクでシャウトする鈴木。超絶にセクシー。

かつて大ホールを支配していたオーラがそのまま。

熱狂して、タカヤからのコール&レスポンスに乗るつぐみとイク。イクは肌が艶々して若返って見える。

イク、恍惚として。

 

イクM「ああ~、アタシを見てる」

 

鈴木、熱狂しているつぐみの顔だけを見ながら歌っている。

 

〇鈴木の回想・名古屋のコンサート会場・外観

大きなホール。『Nagoya STADIUM』のディスプレイ。

 

〇同・廊下

1990年代ファッションで着飾った女性たちに集団で詰め寄られている、つぐみ(20代)。

 

女性1「あんた、タカヤの女なんだって?」

女性2「なんであんたみたいなのが! 私のほうが綺麗じゃん!」

つぐみ「(素直に)そうですね。あなたのほうがずっと綺麗ですね」

女性たち「はぁ! ムカつく!」

女性3「あんただけがステージ以外のタカヤを知ってるなんて許せない!」

つぐみ「(素直に)知ってたって特に面白いことはないですよ。家に居る時は彼、普通の男の人ですから」

女性たち「(発狂したような悲鳴)」

 

〇同・医務室

医療スタッフが、つぐみの後頭部に氷嚢を当てている。

ステージ衣装のタカヤ(20代)が血相を変えて駆け込んでくる。

 

タカヤ「つぐみさん!」

つぐみ「大丈夫。ファンの人たちに詰め寄られた時、壁にぶつかってちょっとタンコブできただけだから」

タカヤ「ファンが!? なんてことを!」

つぐみ「大袈裟ねぇ。掠り傷よ」

タカヤ「俺のせいでつぐみさんが掠り傷に苦しむだなんて、耐えられないよ!」

つぐみ「優一さんはスターだから、こういうこともあるよ」

タカヤ「じゃあ辞める! 引退する!」

 

〇回想終わり・もとのライブハウス兼古着屋『legend』

つぐみだけを見ながら歌っている鈴木。

 

鈴木M「ジョン・レノンは愚か者だ。世界に向けて愛を歌った結果、最愛のヨーコを残して先立つことになった。幸せにすべきたったたった一人の女を泣かせるなんて、ロックじゃない」

 

笑顔で聞いているつぐみを見て、幸せそうな笑顔になる鈴木。

 

鈴木M「たった一人の女のために歌う俺こそ、

真のロッカーだ」

 

つぐみの隣のイク。自分に歌われていると思い込み、どんどん艶々して鏡のように光輝いていく。

 

鈴木M「イクさんはいいんだ。イクさんは息子の演奏を聞いてるんだから」

 

〇鈴木家・食卓(夜)

食事をしている鈴木、つぐみ、ひばり。

ひばりは見るからに上の空。頬を染め、ボーッと宙を見つめ、手にした椀の味噌汁をすべてこぼしている。

 

つぐみ「こぼれてるわよ」

ひばり「(我に返って)へ?」

鈴木「さっきから変だぞ、ひばり。お父さんたちが出掛けている間に何かあったのか?」

ひばり「(ギョッとして)え? な、な、何もないよ! 初体験なんてしてないよ!」

 

鈴木、愕然とした顔。

 

つぐみM「そんなことだろうと思った」

 

鈴木「(ひきつりながら)お、お、お前、友達って……」

ひばり「(めちゃめちゃ狼狽えて)おおおお、男の子なんかじゃないよ!」

 

と、叫んで立ち上がる。

鈴木、さらに愕然とした顏。

 

つぐみM「素直過ぎるのよねぇ、この子」

 

立ち上がった弾みにひばりのポケットから何かが落ちる。

鈴木とつぐみ、落ちた物を見る。コンドームの空き袋である。

 

鈴木「(絶望的に)こ、これは」

ひばり「こ、これは、お菓子の袋! 食べたの!」

 

と、慌てて足で袋を隠す。

 

つぐみM「まぁ、食べたって言い方も、あながち間違いじゃないわね」

 

鈴木「そ、そんな……」

 

鈴木、へなへなと床に座り込む。

その姿勢が、ライブのフィニッシュポーズのようにさまになっている。

 

ひばり「ど、どうしたの? パパ。なんかカッコいいんですけど」

つぐみM「あー、完全に余裕なくしちゃってるわ」

つぐみ「気にしないであげて、ひばり」

 

〇ライブハウス・前(夕)

開場を待っている行列の中に、お洒落をしたひばりがいる。

「翌・日曜日」

 

スタッフ「お待たせしました。ただいま開場でーす」

 

ゾロゾロと屋内に入っていく観客たち。

 

〇電柱の陰(夕)

隠れてひばりの様子を見ている鈴木とつぐみ。

 

鈴木「ひばりのやつ、あんな短いスカートを履いて……」

つぐみ「入りましょう」

 

と、ライブハウスに近づこうとするつぐみ。

鈴木、止めて。

 

鈴木「いや、危ないから、つぐみさんは残ったほうがいい」

つぐみ「別に危ないことなんかないでしょ? ただのライブハウスじゃない」

鈴木「何を言ってるんだ。嫁入り前の娘に手を出すような鬼畜がいる場所だぞ。危ないに決まってる」

つぐみM「もとロッカーの発言とは思えないわねぇ」

 

苦笑いするつぐみ。

 

〇ライブハウス・前(夕)

入口の行列が全員、中に入っている。

 

鈴木とつぐみ、近づいてきて、ポーズを取った拓哉のシルエットをあしらった『Takuya ONE MAN Live』の看板が立っているのを見る。

 

つぐみ「あ、これ、見覚えあるわ」

鈴木「俺の全国ツアーのイメージビジュアルだ」

 

イメージ・『Takaya Japan tour』のロゴとタカヤのシルエットのビジュアル。拓哉の立て看板とそっくり。

 

つぐみ「優一さんを意識してる若い人、多いものね」

鈴木「(立て看板を指して)ポージングが甘い。腰の角度は135度だ」

 

〇同・会場内(夕)

ライブ開始をワクワク顔で待っている客たち。

最前列にいるひばり。

後ろのほうに、変装のままの鈴木とつぐみがいる。

 

鈴木「どんなやつなんだ、ひばりをたぶらかしやがった、俺のエピゴーネン野郎は」

 

説明文「エピゴーネン=文学や芸術の分野などで、優れているとされる先人のスタイル等をそのまま流用・模倣して、オリジナル性に欠けた作品を制作する者。模倣者。亜流」

 

つぐみ「ねぇ、ひばりが本気なら認めてあげてもいいんじゃないの? いい人かもしれないわよ」

鈴木「万全の体調で臨むべきライブの前日に、女を抱いて体力を消耗させるような不真面目な男だぞ。ロクな人間のわけがない」

つぐみM「そこはロッカーの目線なのね」

 

照明が変わり、ステージにバンドマンたちが駆け行ってくる。

最後にカッコつけた拓哉が登場。

熱狂する客たち。

拓哉、かつてのタカヤそっくりのポーズを決める。

 

鈴木「(忌々しげに)135度だって言ってるだろ」

 

演奏が始まる。

シャウトする拓哉。

 

つぐみ「演奏はまあまあ、ね。ボーカルは今一つ、かな」

鈴木「何が今一つだ。クソだ。物真似にもなってない」

 

顔を顰める鈴木。

目をハートにして、ひときわ熱狂しているひばり。

 

ひばり「タクヤー!」

 

鈴木、ひばりの姿を見て愕然とする。

 

鈴木「なぜ? なぜだ、ひばり。こんな陳腐なパフォーマンスのどこがいいんだ?」

つぐみ「本物を知らないからじゃない?」

 

拓哉、ステージを所狭しと動き回り、それなりにカッコの良いポーズを取りながら歌う。

 

つぐみ「動きに歌声が追いついてないわねぇ。優一さんの真似をするには、まず体力作りからやり直さないと。ね、優一さん。あれ?」

 

隣を見ると、鈴木がいつの間にかいなくなっている。

 

つぐみ「優一さん?」

 

曲が終わって、ポーズを決める拓哉。

 

客たち「タクヤー! 最高ー!」

拓哉「お前らも最高だぜ!」

鈴木(以降・タカヤ)の声「最高じゃないぜ、お前はな」

拓哉・客たち「?」

 

声のしたほうを向く一同。

 

つぐみ「(呆れ顔で)あらあら」

 

眼鏡、禿げカツラ、腹巻を外し、ランニングシャツと細身のジーンズ姿になった鈴木(以降・タカヤ)が立っている。何気ない姿勢なのに、圧倒的にセクシーでさまになっている。

拓哉、棒立ちになる。

 

拓哉「タ、タカヤさん?」

 

タカヤ、客席に視線をやる。フェロモンだだ洩れ。

 

客たち「キャー!」

 

一気に目をハートにする客たち。

 

タカヤ「ったく、退屈な歌だったな。耳が痒くなったぜ。俺が教えてやるよ、本物のロックってやつを」

 

棒立ちの拓哉からマイクを奪うタカヤ。

バンドマンたちを一瞥して。

 

タカヤ「古い曲だが、知ってるよな?」

 

アカペラでシャウトするタカヤ。

 

ドラマー「(興奮して)Keep burningだ!」

 

ドラマーがノリノリでリズムを刻み、バンドたちも興奮顔で演奏し始める。

 

タカヤ「ガキども、やるじゃねぇか!(シャウト)Keep burning!」

 

所狭しと駆け回り、歌うタカヤ。いちいちめちゃくちゃカッコ良くてセクシー。バク宙も披露。

熱狂する客たち。ひばりも熱狂している。

ギターソロ。タカヤ、見事な180度開脚でギタリストの頭上を飛び越える。

 

ギタリストM「天城超えだ。俺もう死んでもいい」

 

弾きながら感涙にむせぶギタリスト。

いつの間にか、客席の最前列センターに陣取って、客たちと熱狂している拓哉。

客席の中、一人だけ熱狂せず、冷静な目で舞台を見て、メモを取っている渋川甚吾(57)。ベレー帽の下、只者ではなさそうな鋭い眼光。

渋川のメモ。「伝説のロッカー、25年ぶりの電撃復活」「なぜこんな小さなハコで?」。

曲が終わり、タカヤがポーズを決める。

最前列で熱狂するひばり。

タカヤとひばり、一瞬目が合う。嬉しそうに微笑むタカヤ。

 

ひばり「え」

 

タカヤ、ひばりだけに狙いを定めて人差し指で投げキッス。

 

ひばり・客たち「キャー!」

 

ひばり、目をハートにして卒倒。ひばりの周辺の女たちも同様に卒倒。

タカヤ、倒れるひばりを見て一瞬、心配そうな顔になる。

ひばりの後ろに来ていたつぐみがサッと抱き止め、タカヤに口パクで「大丈夫」と伝える。

タカヤ、慌ててひばりから目線を外し、何食わぬ顔で。

 

タカヤ「(バンドに)次、行くぜ!」

 

次の曲を歌い始めるタカヤ。

 

ドラマー「Dangerous nightだ!」

 

ノリノリでリズムを刻むドラマー。

ついていくバンドたち。

熱狂する客たちと、拓哉。

 

タカヤM「危ない危ない。俺にファンより大事な女がいることがバレたら、つぐみさんの時の二の舞いだ。しかも今は、情報の伝達力が25年前とは段違いなんだ。家族が何をされるか、わかったもんじゃない」

 

渋川の鋭い視線、ひばりとつぐみに注がれている。

渋川のメモ「見た。Keep burning終わり、一瞬」「いちファンを見る目じゃなかった」「あの女たちは誰だ?」

ひばり、つぐみの腕の中で朦朧としながら。

 

ひばり「(泡を吹きながら呟く)タカヤ様……私の心のバージンは、あなたに捧げます」

 

と、気絶。

 

つぐみ「あらあら」

 

説明文「伝説のロッカー、25年ぶりの電撃復活の瞬間だった――」

 

〇ある家の犬小屋(夕)

T「その頃――」

耳の長い犬が、片方の耳に鈴木の靴下をはめている。その周りに、靴下のフェロモンに惹かれたさまざまな犬種の雌犬たちが、目をハートにして群がっている。

悦に入っている耳長犬。

 

飼い主の子ども「(困惑して)お母さ~ん! ロッキーが、なんかハーレム作ってる!」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?