【翻訳】女性と女児に対する暴力に関する特別報告者:リーム・アルサレム氏による「国際人権条約、特に女子差別撤廃条約(CEDAW) における『女性』の 定義に関する立場表明書」 2024.Apr.4
2024.04.06
女性と女児に対する暴力に関する国連特別報告者 (UN Special Rapporteur on Violence against Women and Girls)リーム・アルサレム(Reem Alsalem )氏による、国際人権条約、特に女子差別撤廃条約(CEDAW) における「女性(woman)」の 定義に関する立場表明書 2024.Apr.4(日本時間では、2024年4月5日午前6時12分投稿)(Xで公開)を翻訳してみました。
リーム・アルサレム氏について:
https://www.ohchr.org/en/special-procedures/sr-violence-against-women/reem-alsalem
2024年4月4日のリーム・アルサレム氏の投稿は次のようなものです。
「オーストラリア連邦裁判所におけるTickle対Giggle裁判※1の文脈において、 私は、オーストラリア人権協会に女子差別撤廃条約(CEDAW)※2における #womanという言葉の意味について意見を求められました 。以下の文章は、委員会に対する私の返答に基づくものですが、いくつかの裏付けとなる主張について加筆しています。(https://bit.ly/4alUXlA)
【補足1】
*Tickle vs.Giggle 裁判 オーストラリアにおいて、トランスジェンダーを名乗るRoxy Tickle氏が、女性専用アプリGiggleを運営するSall Grover氏を相手取り、自分をアプリに入会させないのは、トランスジェンダー差別だと訴えた裁判。2024年4月9日にオーストラリア連邦裁判所での口頭弁論を控えている。
記事 Tickle vs.Giggle 裁判
【補足2】
*女子差別撤廃条約(CEDAW)についてはこちらをご覧ください。
女子差別撤廃条約(CEDAW)
Convention on the Elimination of all Forms of Discrimination against Women:女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約
1979年12月18日に第34回国連総会において採択され、1981年9月3日に発行、2021年2月現在で189の国が批准、日本も1985年6月25日安倍晋太郎外務大臣のときに批准している。
女子差別撤廃条約選択議定書は2000年12月22日に発効、2021年現在で114の国が締結、日本はまだ締結していないが、令和5年版『男女共同参画白書』 第11分野「男女共同参画に関する国際的な協調及び貢献」第1節イ「女子差別撤廃条約の積極的遵守等」(p.286)によれば、「早期締結に向けて真剣に検討を進める【外務省、関係府省】」とある。また、「女子差別撤廃条約に基づく女子差別撤廃委員会からの最終見解等に関し、男女共同参画会議は、各府省における対応方針の報告を求め、必要な取組等を政府に対して要請する【内閣府、外務省、関係府省】」と書かれている 。
【翻訳文】
女性と女児に対する暴力に関する特別報告者の任務
国際人権条約、特に女子差別撤廃条約(CEDAW) における
「女性」の 定義に関する立場表明書
著者
女性と女児に対する暴力に関する国連特別報告者 リーム・アルサレム
背景: 2024年3月、私は Roxanne Tickle 対 Giggle for Girls Pty Ltd & Anor事件(NSD1148/22)のアミカスブリーフ (裁判所に対して当事 者及び参加人以外の第三者が事件の処理に有用な意見 や資料を提出する制度)提出を申請しましたが、提出が遅れたという理由で、オーストラリア連邦裁判所から参加許可を得られませんでした。その代わりに、この裁判に介入しているオーストラリア人権委員会( AHRC)に対し、女子差別撤廃条約(CEDAW)における「woman(女性)」という言葉の意味について、3月18日までに意見を提出するよう要請され、提出しました。
私は、提出した立場表明書をオーストラリア人権委員会の委員長がオーストラリア連邦裁判所やその他の当事者に知らせてくれることを期待していると伝えました。提出した際に、その時点までのオーストラリア連邦法制度の運営におけるこれまでの支援に謝意を表し、相手方の弁護士の通信文をコピーしました。
以下に述べる見解は、オーストラリア人権委員会( AHRC)の委員長に送った意見書の核となるメッセージを維持しつつ、いくつかの支持論拠を加筆したものです。
女子差別撤廃条約(CEDAW)は「女性」「男性」「性別(sex)」を明確に定義していない。条約法に関するウィーン条約(1969)第31条は、条約は「その文脈上及びその目的及び趣旨に照らして条約の用語に与えられる通常の意味に従って誠実に」解釈されることを義務づけている(1)。同条はまた、締約国は「関係者間において適用される国際法の関連規則」及びその後の慣行を -条約が締結された文脈とともに- 考慮しなければならないとも規定している(2)。
この場合、「性別(sex)を理由に差別を受けないこと」の定義に付随する意味と慣行が重要になる。女子差別撤廃条約(CEDAW)の「性別(sex)に基づく差別の禁止」という言及は、国連憲章、世界人権宣言、市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(ICESCR)のそれを反映しているように、「性別(sex)と性別(sex)に基づく差別は生物学的カテゴリーとして理解される」 (3) 。 実際、30年前に女性に対する暴力、その原因および結果に関する特別報告者の委任を定めた決議の前文で人権委員会は次のように述べている: 「性別(sex)に基づく差別は、国際連合憲章、世界人権宣言、女子差別撤廃条約、その他の国際人権文書に反するものであり、その撤廃は女性に対する暴力の撤廃に向けて努力することが不可欠であることを再確認する。」(4)。
今回問題となっている性別(sex)という言葉の背後にある意図と目的に対する理解は、単なる合理的な解釈を超えるものである。なぜなら、特に女子差別撤廃条約(CEDAW)に至るまでの国際人権条約では、「ジェンダー(gender)」という言葉は定義されていなかったからである。CEDAWの採択後、国際刑事裁判所のローマ規程には「ジェンダー (gender) 」という用語が盛り込まれたが、それは男性と女性という2つの性を指すと定義された(5)。したがって、女子差別撤廃条約(CEDAW) のような国際条約の締約国である国家の理解は、国家の長い慣行の歴史に裏付けられ、「女性」という用語が生物学的な女性を指すというものであったと推察される。
女子差別撤廃条約(CEDAW)は「ジェンダー(gender)」を定義していないが、その実施を監視する委員会(以下、「女子差別撤廃委員会」)は、一般勧告の中で「ジェンダー」という用語を定義している。この一般勧告には拘束力はないが、締約国に対する権威あるガイダンスであると認められている。一般勧告第 28 号において、女子差別撤廃委員会によれば、ジェンダーとは「社会的に構築された女性と男性のアイデンティティ、属性、役割のことであり、これらの生物学的差異に対する社会の社会的・文化的な意味が、女性と男性の間の上下関係をもたらしている」ものである(6) 。 「ジェンダーに関するこの理解は、『ジェンダー』という用語が女性と同一視されるべきでないことを明確にするものである」(7) 。女子差別撤廃委員会が、女性および男性であると自認する可能性のある人を、女性または男性である人(後者は生物学的に男性または女性のいずれかであると定義される)と同一視しなかったことも明らかである。
女子差別撤廃条約(CEDAW)を含め、多くの基本的人権条約や宣言は、 「性(sex)」や「ジェンダー(gender)」という用語に言及したり、定義したりはしていないものの、生物学的性別を指すとしか解釈しようがない性別(sex)に基づく差別の禁止を謳っている(8) 。女子差別撤廃委員会は一般勧告第28号において、「この条約の目的は、性別(sex)を理由とする女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃であることである」と繰り返し述べている(9)。
締結国は、性別(つまり、生物学的性別)に基づくものを含め、人権の享有における差別を受けないことを保障する義務を負う。 市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)の第 2 条と第 3 条は、締約国に対し、性別(sex)を理由とする差別の禁止を含む必要なすべての措置を講じ、公的部門と私的部門の両方において、女性による権利の平等な享有を損なう差別的行為に終止符を打つことを義務づけている(10)。
上記の関連国際法の分析に基づけば、性別(sex)とジェンダー(gender)は異なる概念であることは明らかである。国際法は、性別(sex)に基づく女性差別の禁止に関して、いかなる免除も認めていない。性別(sex)を理由に差別されない権利とジェンダー(gender)または、性自認(gender identity)を理由に差別されない権利に衝突が生じ得る場合にも、国際人権法は、性別(sex)を理由に差別しないことを保障する義務を免除することも、性別(sex)を理由に差別をしない義務を他の権利よりも下位に置くことも、そのいずれの解釈も支持しない。
これは、「生物学的な差異は、社会的・文化的に構築された女性と男性の差異と同様に、考慮されなければならない」とする女子差別撤廃委員会の一般勧告第25号によって支持されている(11)。
私の見解では、国際人権条約は、女子差別撤廃条約(CEDAW)を含め、 緊急事態を含むいかなる状況下でもそのような適用免除を禁じている。条約によっては人権義務の免除を認めているものもあるが、その例外は、(その他の理由の中でも)性別(sex)を理由とする差別を伴うものであってはならない(12)。市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)第26条は、法の下の平等と差別のない法の平等な保護に対する一般的権利を謳うだけでなく、法の下でのあらゆる差別を直接禁止し、性(sex )差別を含むすべての差別に対する平等かつ効果的な保護をすべての人に保障している(13)。人権委員会が指摘するように、「第26条によって保護される法の下の平等と差別からの自由に対する権利は、締結国に対し、あらゆる分野の公的および私的機関による差別に対処することを求めている」(14)。
「女性」という単語が生物学的な女性を指すという含意された了解に基づいて解釈すれば、女子差別撤廃委員会のレズビアン女性への言及は、生物学的な女性に惹かれる生物学的な女性を意味するとしか理解できない。そのような結論は、「レズビア ン」という用語が、「同性間の性的活動」に言及している通信第134/2018号に関する選択議定書第7条(3)に基づく委員会の見解に反映されていることから推測できる(15) 。その見解の表明において、女子差別撤廃委員会はレズビアンの女性を(バイセクシュアル、トランスジェンダー、インターセックス、その他)に加えて、差別を経験する女性のグループの一つとして言及している(16 )。
女子差別撤廃委員会は、また、締約国に対し非常に強い姿勢で、交差性、つまり、性(sex)とその他の要因の両方の結果として受ける可能性のある差別に対処するための措置をとるよう要請している。具体的には、女子差別撤廃委員会は一般勧告第28号において、レズビアン女性を、民法や刑法、規制、慣習法の慣行を通じて、特に差別を受けやすい女性グループの一員であると明確に認めている。また、女子差別撤廃委員会は、条約に謳われている権利はレズビアンの女性を含むすべての女性に属するものであり、条約第16条は同性愛の関係にも適用されると考えてきた(17) 。このような交差的アプローチに基づき、女子差別撤廃委員会はその法理において、女性に対する差別は、「レズビアンであること、バイセクシュアルであること、トランスジェンダーであること、インターセックスであること」(18) を含む、女性の生活に影響を与える他の要因と表裏一体であることを強調してきた。
2024 年 4 月 4 日
*女性と女児に対する暴力に関する特別報告者は、国連人権理事会の特別手続きの委任として、いかなる政府または組織からも独立した個人の資格で活動している。
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