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2022年始動

昨年10月に母が末期がんで余命1年の宣告を受けた。高齢でもあるし手術もできにくく、かといって抗がん剤治療はキツいだけなので、そのまま自然に寿命を迎えようということで帰宅した。
12月末に黄疸の値が高いということで検査した結果、胆管をがんが圧迫して胆汁が流れていないということがわかった。即日入院してドレナージをしてもらったものの、効果があまりなかった。胆汁は消化液なので、応急処置としては胆汁の分泌を抑えるために絶食。
とにかく食い道楽の母にとって絶食は何より苦しそうで、このまま死を迎えるよりは家に連れて帰って好きなものを食べて逝った方がいいだろう、正月も控えているし、ということで、3日だけ入院させて連れて帰った。

帰った日の昼は大好きな巻き寿司を買ってきて食べさせた。正月には子どもたちが代わる代わる見舞いに来て、おせちも鱈腹食べて、お酒なんかも少し飲んだりして過ごした。病院に居るより元気そうだ。

在宅ケアということで、ケアマネさんや福祉用具の業者さんが年末の忙しい時に本当に親身になっていろんなものを設えてくれた。おかげで快適な病床ができた。

週に2回、訪問看護師さんとかかりつけ医の先生が来てくださって、清拭や洗髪もしてくれる。こんなに助けてくださるのだと驚いている。10年前、父を自宅で看取った時は、ケアマネさんとも繋がっていなかったので、介護用ベッドとポータブルトイレだけは用意してもらったものの、ほとんど私と母で対応していた。日に日に弱っていく父の姿を見てメンタルはガタガタに崩れた。またそれを繰り返すのかと思うと、母を連れて帰ることが怖かった。

何より私は母が苦手なのだ。父は大好きだったから、身体をさすってあげたり下の世話だってできたけど、母にそれをする自信がまったくない。まだ母はそこまで弱っていないし、訪問看護師さんがいろいろとケアしてくださるので助かっているが、もう少し弱って体中がむくんだりしたときに、私はやさしい気持ちで彼女に触れることができるのだろうか。それが怖い。

年末に無理やり退院させたときは、年を越せないかもしれないと医師に言われていたが、まだ自力で歩けるぐらい元気だ。体はかなり黄色くなってきたけれど(黄疸で)。かかりつけ医に聞くと「この病気は急激に悪化するから、いつどうなるかわからないよ」と言う。

毎日ピリピリしている。眠っている時には布団が上下しているか(呼吸しているか)を確認したり、朝は少しドキドキしながら生存確認をしたり。いつまでこんな状態が続くのだろう、と思ったり、いやあと1ヶ月は続かないのだろうと思ったり。

「霊柩車を見たとき親指を隠さないと親の死に目に会えない」というジンクスのようなものが子どもの頃にまことしやかに語られていて、私はずっと霊柩車を見るたびに親指を晒していた。絶対に親の死に目になんか会いたくないと思い続けていたから。なのに、父の死に目には会ってしまった。そして今、母の死に目にも会おうとしている。

なんだかなあ。
複雑な気持ちを解消できないままでいる。

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