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うたのシーソー 1通目

マイさんへ

手紙を書くねと言ってから、ずいぶんと時間が経ってしまいました。

最後に会ったのは夏のはじめで、二人ともノースリーブを着ていて、それが紛れるほど、街は明るく、人も熱気もあふれていました。
すっかり秋ですね。

ぼんやりしているうちに、金木犀のにおいを感じることができませんでした。

家から最寄り駅までの金木犀スポットで今年は開花しなかったのか、それとも出不精をしている間に季節を逃してしまったのか、それさえも定かではありません。

金木犀は、雨であっという間に散ってしまいます。
間に合わなかった、と思いました。

ひとりだけ傘を差してるあの人に降ってないのと言う前に雨

間に合わなかった。
ひとりだけ傘を差しているあの人がいて、「降ってないの」とわたしがあの人に伝える前に、実際に雨が降ってきた。だから、伝えることができなかった。
ちょうど、この歌の感じなのかもしれません。

雨が降る前に、もっと早く、あの人に降ってないのと言うことができれば、間に合ったのに。
もっと早く気づいていれば、雨が降り出す前にあの人に言えたのに、と。

でも、もっと早く言えればよかったけれど、もし、わたしに「もっと早く」が存在していたなら、あの人にも存在していたのでしょう。

わたしがもっと早く言葉を発しようとすれば、あの人はもっと早く雨を予感して、そして雨はもっと早く降りだしたのでしょう。

あの人には雨の予感があって、ひとりだけでも傘を差すことができた。
わたしはそれを目撃しただけ。
欠けているのは「もっと早く」より以前のことなのかも、と思い始めたのです。


金木犀も、雨が降るよりもっと早く、もっと頻繁に外出していれば、深く息をしていれば、と思っていたけれど、「もっと早く」以前のことなのかもなあと。
以前って、何なのかは、よくわかっていません。

マイさんが最後に間に合わなかったのは、いつ、どんなことですか。

最後って、まだ最後かわからないのに、書いてしまいました。そう、最近、ということです。そういえば、最後に会ったのは、と手紙のはじめにも書いていましたね。


話が逸れるのですが、金木犀って星っぽいから、思い出した歌があります。

偽物の星空あげる指先で感じる点はみんな星屑

指先で感じる点はすべて星屑だから、その星屑をたくさん集めてできた偽物の星空を、それをあげたい特定の人(きっと大事な人)にあげる。
というように読んだのですが、偽物とわかっているのに、そうしていることが不思議だなあと思って。

指先で感じる点がみんな星屑だと信じているのならば、星空をプレゼントできるけれど、偽物とわかっていても、星空をあげたいのは、何でなんだろうと思ったんです。

「偽物の星空をあげる」であげたいのは、偽物の星空なのか、偽物の星空とラッピングすることで手渡すことのできる指先で感じたすべての点なのか、どっちなんだろう。

指先で感じる点を星屑と比喩にしているのは、比喩の先の星屑や星空をあげたいからではなく、指先で感じたすべての点こそをあげたいからなんじゃないか。だから、偽物とわかっていても差し出したいんじゃないか。
そんなことを思いました。

そもそも指先で感じる点って、何なのでしょう。

たとえば、わたしの手の届く範囲にあったものだと、テレビのリモコンのボタン、便せんに押された箔押しのふくらみ、この手紙を書いているボールペンの先っぽ、蚊に刺されたあとの小さなかさぶた、チョコフレークの食べかす。

思いついたもの、ぜんぶ、書くに足りないようなことで。
でも、そうしたら、偽物だから、本物に足りないという思考こそが違うのかも、と思って。

わたしははじめから、偽物の星空は本物の星空にはかなわないと思っていて、だからこそ、あげるのが偽物の星空であることが不思議で、本物と信じていればいいのに、本物と信じたいのにと思っていました。

けれど、もしかしたら、本物と偽物であるかは重要でないのかもしれないですね。いや、偽物とちゃんと書かれているから、偽物であることが大事なのかもしれません。

先ほど書いた、あげたいものも、偽物の星空か、指先で感じたすべての点かどちらかの二択なのではなくて、指先で感じた点である星屑かつ偽物の星空、どちらもなんだなあと、そんな風に思っています。

偽物と本物、の差について、マイさんはどう思いますか。


そういえば、指先は、体の隅でありながら、敏感に何かを感じ取る場所ですよね。

心臓と小指は遠く繋がってぎゅっとされたらぎゅっとなります
指先に乗せられそうな観覧車手を振る君を閉じ込めたまま

指先だけで、こんなにもどこかへ行けたり何か思えたりするのがたのしく、ぎゅっとなります。
手袋で指先や手のひらを覆う前に、日常の指先をもっと楽しみたいなあと思いました。

次お会いするときは、手袋をしているでしょうか。

それでは、またお目にかかれる日をたのしみに。

トモヨ


※引用した短歌の作者:中森舞

Twitter: 椛沢知世

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