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自分の理想を少しだけ叶える服を作ってみようと思った。

36年も生きてきたのに、自分のワードローブ中にシャツがほとんどない。
今持っているのは、10年以上前に私のお洋服作りの師匠からいただいた、ストライプのボタンダウン。裾に入ったクロスステッチの刺繍がポイントでかわいく、その他は無駄のないシンプルなシャツ。何度洗ってもくたびれないところが気に入っている。
これは「師匠からもらったもの」だからこそ、大切に着ているような気もする。
もう1枚は、薄手のコットンシャンブレーの生地で、その素材感が好きで買った。
いつも腕まくりをしてしまう私にとって、袖が少し短めで作業の邪魔にならないところもいい。自分で刺繍をしたりパッチワークみたいにちょこっとポイントをつけたりして楽しんでいた時もあるけれど、大人になるにつれなんだか突然子供っぽく見える気がしていつのまにか刺繍もパッチワークも外してそのままのデザインで着ている。
持っていて今も現役で着ているのはその2枚のみ。毎年買おうと思いながら買えないでいる。

シャツを買えない1番の理由は、シャツに対する理想が大きすぎるのかもしれない。シャツは、学校に行っている時から洋服の基本が全部含まれていると教わっていたし、服を作る仕事をしている時も「いいシャツ」のリサーチばかりをしていた。
衿の形、縫製の仕様やステッチ幅、ボタンの質、生地そのものの質。
洋服を買うときに1番最初に見るのは、ボタンの質。それが量産されているであろうプラスチックだったら、どんなにデザインが好みでも買わない。ヴィンテージの洋服は、うっとりするようなミルクガラス素材やつやっとした貝ボタンが使われていて、昔の服は時間もコストもかけて丁寧に作られているなぁと惚れ惚れする。だから量産の服にあまり魅力を感じないというのもある。そして、いいなと思うものに出会った時は、ヴィンテージの洋服を参考にして作っているなと感じさせるものがあった。

全てが理想と思えるシャツに出会うときもあるけれど、合わせる洋服がなかったりもし、そうなればもう理想の1枚を自分で作ってみたいなぁと考えるようになった。
ただ、「洋服の技術が全部含まれている」アイテムだから、理想に近づけるような1枚を作る自信がなくて今までなんとなく避けてきた。
そんな折り、強い味方がドイツから帰国した。パターンと縫製のプロ、新庄ちゃんの登場である。ドイツに住んでいた時から、洋服の製図や縫製でわからないところなどちょこちょこメッセンジャーで質問していた。
ミシンが壊れたときも、ミシンのメンテナンスの仕方も、製図の仕方も、とにかくなんでも聞いてきた。時差があるはずなのにいつでもだいたい仕事中の新庄ちゃんは起きていて、マメにていねいマニアックに私の疑問に答えてくれた。服と向き合ってきた時間が私とは圧倒的に違うと実感する。

そんな、私にとって洋服の先生のような存在の新庄ちゃんが帰ってきたのだから、パーフェクトでなくても自分の理想を少しだけ叶える1枚をまず作ってみようと思った。

私が思う理想的なシャツは、1番に素材。タイプライターのようなぱりっとしたものも好きだし、しっとりしたスムースコットンも好きだけれど、リネンのお店で働いているからここはリネンで作ろう。
リネンのなかでも綾織りで、しゃきっとよりは、くたっとしているものが好み。リネンは洗濯していくうちくったりしてくるけれど、最初にさわった時のとろんとした質感のものが好み。
衿は、少し小さめがいい。首回りが詰まっていると苦しくてだいたいボタンを2つくらい開けてしまうので、第一ボタンまでとめても苦しくないゆったりしたデザインにしたい。(後ろ衿ぐりをしっかり下げるといいよと新庄ちゃんのアドバイスをすぐメモ)。
年中リネンを着ているため、これからの寒い季節には、重ねて着たりできるようギャザーも入れてたっぷりオーバーサイズで、ワンピースみたいにしよう。オーバーサイズで作ってもしわになる感じや落ち感がリネンはきれい。
サイズ感は、自分が持っている洋服を測ってそれに習う。身体にフィットするものしか作って来なかったから感覚が全然つかめないが、隣には新庄ちゃんがいる。心強い。細かくギャザー分量とかサイズの感じとか袖のタック位置までアドバイスをもらう。
今まで作り始めたら勢いに任せて製図をしてすぐに裁断、縫製していたけれど、出来上がってからやっぱりもう少しこうしたらよかった、が結構出てきてちょっと納得出来ないことがあったし、仮の生地で服を作る「トワール組み」を今回することにした。本来はそうするのが普通で、もっと言うとトワール組まなくても理想に近づけた形を作れる感覚を持っているのが本当のプロ。
まだまだひよっこなのに、トワール組みを飛ばしてしまった自分に反省しながらちまちまとトワールを組み、なおしたいところをちまちまと直す。
このちまちまが、今回どんなに大切なことか身にしみてわかりました。理想の素材で作っても、理想の形じゃなかったら意味ないもんな。シャツは、製図から縫製までどの箇所も気を抜ける所がなくて結構大変だった。大変だったけど、ひとつずつクリアしていくごとに気持ちが研ぎすまされていく感覚がちょっと気持ちよかった。ここでもシャツは服の技術が凝縮されていると感じる。
最後はボタン。理想のボタンは、厚みのあるぽってりとした貝ボタン。

老舗のボタン屋に行き無数に並ぶボタンから探していると、背後から商人ぽいおっちゃんが声をかけてくれる。「貝ボタンさがしてるんか」「何に使うんや」などと聞かれる。「シャツ用の、厚みがある貝ボタンを探してます」と伝えると、ごそごそと箱の中から出してくれた。こっくりとしたあめ色のボタンは、染めたり色を抜いたりしていない貝そのものの色らしい。今回使ったリネンも、染めていないリネンそのものの色だったから、ぴったりの組み合わせだった。
本当はもうちょっと大きいボタンを探していたのだけれど、ボタン屋のおっちゃんが、「今作っている前立てのサイズやったらこのボタンがちょうどいいサイズやと思うよ」、とのことで他に気になるものもあるにはあったけど、プロが言うのだからそれに従う。
ボタンつけをしてみたらアドバイスの通り、サイズはばっちりだった。ここにもプロがいた。

プロに、私が作った服をみてあれこれ質問される。「あんた、服習ってるんか?」「どこで習ったんや?」など。「服の専門学校に行ったあと、服のデザインの仕事を昔していて、今はリネン屋さんで働いてます。そのお店で着るワークウエアを作ってるんです」。と答えると、同業だと思ったのだろうか、お店の奥にあるボタンホールの古くてかっこいい専用ミシンを見せてくれたり(車買える値段やで!学校にはなかったやろ。と嬉しそう)、ボタン屋だけでなくこれからどういうビジネス方法をしていけばいいか考えている話をたっぷり聞かせてくれた。あんたはどう思う?と質問されたりもし、なかなか帰してもらえず閉店前まで。楽しい時間だった。
プロでやってきた人の話を聞くのは楽しい。そしてかっこいい。わたしも、プロに近づくためにちまちまと洋服を作ったり直したりしていかないとなと思った。

できないことを何度か繰り返すうち、ある時いきなりできるようになったりする時がある。突然見えている風景が変わるような。
だから、できないことをできないと素直に言える事も大事だとも思うけれど、「できない」と線を引いてしまうのは、少しもったいないように思う。今までの自分は、できないことになんとなく線を引いてきたような気がする。できることを伸ばすことの方が楽しいもんね。でも少しずつ、新しい風景を見たい。
今回シャツを作る、というのは自分で引いた線を一歩またぐような時間だった。自分一人ではできる気がしなかったものも、プロがそばにいたら大丈夫。な安心感のもと理想をちょっと叶えるシャツデビューができた。
学ぶってそういうことなのかと大人になってやっと気づく。頼れるところは頼ってちょっとずつ出来るようになればいい。

作り終わったばかりなのに、もう次どんなシャツを作ろうかとわくわくしている。

くったりしたなめらかな綾織りリネン。
染めてないそのままの生成色。ほーんのりピンクぽくも見える。

仮縫い 衿の形やタックの分量や切り替え位置などちまちま直す。

高瀬貝のボタン。厚みのあるボタンは今ではあまり見かけなかったので嬉しい。ノンブリーチのこっくりしたあめ色。

完成!シワ感もいい。

フックなどにさっと引っかけられる仕様はヴィンテージの服から学ぶ。生地のミミが好きなのでミミを使った。