東京じゃなくても/東京コーリング
東京じゃなくても
宮尾節子(詩)
「別に東京じゃなくても
いいんだけどね」
窓際の手持ち無沙汰な時間に
アドレス帳の空きページに走り書きしたら
新幹線が発車した。
読んだか、どうかわからないまま出発して
十年経って、顔を見たとき。
「そんなら、なぜ」と思ったよと、髭面が笑った
捨てたもんじゃないね
東京コーリング。
届かないとあきらめた頃、俄かに応答がある。
土佐の高知には宴会が多い、嫁いで宴会、生まれて宴会、死んでも宴会、
親戚や近隣が集まれば、飲めや歌えの宴会がはじまる。
酒臭い息、赤ら顔、エロ話、小皿を叩く唄に、
「いらっしゃい!」のかけ声で
赤い箸が舞う、箸拳の
敗けたら呑めるという罰杯。
宴会の席に引っ張り出された母親が頬染めて
人前ではじめて歌った歌が
「東京音頭」だった。
踊り踊るなら、ちょいと――
死んだ母に会いに行くつもりで出てきた東京
ほんとうは、もう東京しかなかったんだよ。
読めていたなら、
「そんなら、なぜ?」ひきとめなかった
「そんなら、なぜ?」おいかけてこなかった
ばかたれが。やっぱり、読めてなかった。
あいかわらず、ばかたればかりの
すきが、つづいて、いますが――
東京の空はきれい、とくに夕暮れの空は
ロゼのワイン色で、敗けたくないけど
東京コーリング。飲みたくなったら
高層ビルから、罰杯を傾けるよ。
おかあちゃん。
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*今年の2月に青山スパイラルで開催した福間健二さんとの対詩の発表イベント
「東京コーリング」用に作った詩です。*少し加筆あり。