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映画『メッセージ』そして、小説『あなたの人生の物語』(3) 最終回

こんにちは、背骨です。

2回に渡るレビューにも関わらず未だ結末が見えないという事で、「おい、1本の映画レビューにどんだけ時間掛けてんだよ!」そうイライラされた方もいらっしゃるかと思います。

自分もそんな声(幻聴)に怯えながら最終回をどう締め括ろうか悩み、眠れぬ夜を過ごしました。

しかし、そんな夜も今日で終わり。

映画『メッセージ』そして、小説『あなたの人生の物語』のレビュー、本日完結いたします!(パチパチ…)

前回、『メッセージ』で主人公ルイーズが手に入れる能力は、原作では単に「未来が見える」能力ではなく、ヘプタポットの世界認識様式である「自由意思はすでに決まっている結果に影響を及ぼさないという決定論的思考」である。というお話をしました。

そして、そのことによってルイーズは悲しき結末になることがわかっている未来を「選択する」のではなく「自らの意思ではなく、ただ歴史の一部になる」のだということも。

このあたり同じ「未来が見える能力」によって導かれる結末でも少しニュアンスが違っています。

という事で最終回は、映画『メッセージ』とその原作である短編小説『あなたの人生の物語』のストーリー上の違いから、監督であるドゥニ・ヴィルヌーヴと脚本家であるエリック・ハイセラー、そして原作者のテッド・チャンが伝えたかったこと、その違い、関係性などについて自分なりの感想をお話しできればと思います。

では、感想の前に原作との比較のため、もう一度『メッセージ』のあらすじ(プロット)を書き出します。(不要な方はとばしてください)

①世界各地に謎の宇宙船が現れる。

②ヘプタポット文字の解読を進めるにしたがい、ルイーズは自分の娘との記憶のようなフラッシュバックが起きるようになる。

③ヘプタポットとのコミュニケーションを続ける中で、地球に飛来した目的を尋ねた時、彼らが「武器を与えるために来た」と回答する。

④それに脅威を抱いた中国軍は彼らとの交信や世界各国との情報共有をやめ、ヘプタポッドとの戦闘の準備に入ってしまう。

⑤同じくしてアメリカ軍の一部の兵が独断でヘプタポットを倒そうと彼らの宇宙船に爆弾を仕込み、爆発させるという暴挙に出るが、ルイーズとイアンはヘプタポットの手によって無事外部に放出され、ヘプタポットや彼らの宇宙船も無傷だった。

⑥その後、ルイーズとイアンはヘプタポッドが最後に残したメッセージを「世界中が協力した時、ヘプタポッドは人類に何かをもたらす」という内容だと解読に成功するが、すでに世界各国との通信は途切れ、ヘプタポッドとの戦争が始まる寸前になっていた。

⑦ルイーズは一人宇宙船に乗り込み、ヘプタポットと交信を行い、そこでヘプタポッドが地球に来た本当の理由を知る。彼らは「3,000年後に人類から助けられるために贈り物をする」のだという。

⑧そこでルイーズはヘプタポッドは時間を超越している存在であること、そしてフラッシュバックしていたのは自分の未来であることを悟る。

⑨開戦が迫る中、ルイーズは中国軍に対してヘプタポットから与えられた「未来を見る能力」を使って戦争を食い止める事に成功する。

⑩世界中の通信は回復し「世界がひとつになった」ことを見届けたヘプタポットは宇宙船と共に姿を消す。

〈『メッセージ』感想〉

映画から感じられるのは「人は未知なるものに恐怖を覚える」という事を何度も印象付けている点です。

物々しい未知の飛行体の来襲から、それに怯える人々。アボリジニが侵略された例を出す会話。中盤以降、ある疑念からヘプタポットを脅威とみなし、攻撃を仕掛けようとするところなどにそれが表れています。

次に「人間が繰り返してきた戦争と侵略の歴史」を想起させ、最後には「世界平和のためには手を取り合う必要がある」ということを訴えかけます。

これらは全て繋がっていて、「人間が過去繰り返してきた幾多の過ちが活かされていない。今もなお戦争が絶えない世界、共通の問題を協力し合って解決しようとしない世界を憂いている」のだと感じました。だからこそ世界は手を取り合うべきなのだと…

この辺りに、ヴィルヌーヴ監督、脚本家のエリック・ハイセラーから見た今の世界への危機感や願いが込められているように感じられました。

そして、以下が原作の映画とは違う点です。

①ヘプタポットは地球には飛来せず、「ルッキング・グラス」という双方向通信装置で交信する。

②娘とのシーンは想い出のように語られ、映画のようなフラッシュバックではない。

③ヘプタポットと戦争直前になることはない。

④ヘプタポットの目的は最後までわからない。

(なんと、中盤以降のクライマックスにあたるシーンはほとんど映画だけのシーンなんですね)

『あなたの人生の物語』ではヘプタポットに対して恐怖を感じることは映画ほどありませんし、あと一歩で戦争になりそうになるというストーリーもありません。
小説ではあくまでもルイーズがヘプタポットとの対話を通して変化していくことがメインとなっています。

そして、娘とのシーンは想い出のような形でそれと交互に語られます。(映画のようなフラッシュバックではありません)

〈『あなたの人生の物語』感想〉

『あなたの人生の物語』を例えるとしたら、

「未知なるものが、実は自分とは全く違う世界の見方をしている事に気づき、それに対して畏敬の念が生まれ、いつの間にかそれに影響を受けて自分自身が変化(成長)していく」物語

であると言えるでしょう。

ここでの「未知なるもの」とは「ヘプタポット」「娘」です。(このふたつは対になっています)

原作では「ヘプタポットとの対話」と「娘と過ごす日々」が交互に語られますが、その中でルイーズは、最初は「自分より劣るもの」「世界をわかっていないもの」と思っていた相手が「実は自分とは全く違う世界の見方をしており、それは劣っているのではなく、時に自分以上に世界を捉えている事もある。」という事に気づき、その相手に畏敬の念を抱くようになるのです。

そして、原作の中での「ヘプタポット」とは「東洋思想」のメタファーだと思われます。

作中、ヘプタポット文字を「曼陀羅のようだ」と形容する場面があります。

曼陀羅とは「仏の世界観を絵にしたもの」ですね。

ヘプタポット文字や彼らの世界認識様式に関しても東洋思想の影響を受けているかもしれません。
ルイーズとヘプタポットの邂逅は「西洋の直線的思考」と「東洋の円環的思考」のポジティブな関係のようにも見えます。

原作者のテッド・チャンは中国系アメリカンです。

これは想像ですが、『あなたの人生の物語』という作品は、東洋の血を引きながら西洋で生まれ育った彼が描く「東洋と西洋の理想的な交流」であるのかもしれません。そして「異文化への敬意、自分とは全く違う考えを持つ相手の思想を学ぶことでお互いが成長出来る」そういうことを言いたかったのかもしれません。
何度も出てくる「ノンゼロザムゲーム(両方とも勝てるゲーム)」という言葉にもそれが表れている気がします。

〈映画と小説の違い〉

ヘプタポットの扱われ方も映画と原作では微妙な違いを感じます。

映画ではヘプタポットはあくまでも「外」の存在として描かれます。
ヘプタポットという「外」の存在が現れ、そのことで世界各国が協力し合ったり、牽制し合ったりする。ルイーズが得る「未来を見る力」に関しても、「未知なる生物からの自分たちだけでは決して手に入れることが出来ない能力のプレゼント」のように感じます。

このような「外」の存在としてのエイリアンは、映画ファンからすればお馴染みな感じがします。「外」の存在が「中」の結束をもたらしてくれるんですね。とはいえヘプタポットが敵ではないところが『メッセージ』の味わい深いところですが…

対して原作では、ヘプタポットは同じ宇宙の「中」に存在する者として描かれます。

作中、ルイーズは人類とヘプタポットの関係を「同じ宇宙を全く別の方法で知覚することに成功した同胞」のように感じるシーンがあります。

彼らは全く別の世界の者ではなく、同じ宇宙の中に存在する仲間なのです。その辺り、先程申し上げた西洋と東洋の関係であり、『あなたの人生の物語』は同じ世界に存在する者同士の「西洋meets東洋」な物語とも言えるかもしれません。

映画も小説も「平和」を願う物語だと思っています。

共通の問題に対して手を取り合おうと訴える『メッセージ』

ひとりの人間の内なる宇宙が一変することによってこの世界そのものが愛おしく感じられるようになる『あなたの人生の物語』

同じ「平和」を願う物語だとしても、そんな印象の違いがあります。

ルイーズが最後に受け入れる人生については、「どんな結果が待っていようとも、その瞬間を大切に生きていこう」という語り口の映画に対して、小説では「目的論的思考によってその運命を生きる」という違いはあります。なので、ラストで抱く感想は若干の違いがあるかもしれません、が、「ルイーズが幸せになる」ということに変わりはないと思います。

映画でも、小説でも、因果論的生き方でも、目的論的生き方でも、彼女が幸せになるということは、「ひとりの人間の幸せが、世界の平和と幸せである」ということに他なりません。

『メッセージ』と『あなたの人生の物語』、それぞれの感想と「その違い」お話ししてきましたが、自分は「その違い」こそ、『あなたの人生の物語』を映画化するにあたって必要だったのだと強く言いたい(急に断定口調)

なぜなら『あなたの人生の物語』とは「他者との違いを認め合うことがお互いの幸せになる」という物語だからです。

テッド・チャンは「ひとりの人間の内なる宇宙が一変することによって平和はもたらされる」というミニマムにして無限な世界観で哲学的に説いた。

エリック・ハイセラーとドゥニ・ヴィルヌーヴは「共通の問題に対して手を取り合おう」と世界規模のスケールで政治的主張として訴えた。

それぞれの方法論で世界の平和を描いたのです。

さらに素晴らしいのはどちらの作品もルイーズというひとりの女性が幸せになるということを描き、彼女の幸せと世界の幸せが繋がっているとしたことです。

テッド・チャンもエリック・ハイセラーとドゥニ・ヴィルヌーヴもそれぞれの作品を愛しているはず。この『あなたの人生の物語』を作品として作り上げた方々なら間違いないでしょう。

長々と『メッセージ』と『あなたの人生の物語』それぞれの感想について語ってしまいました。

こんな拙い文章を最後まで読んでいただきありがとうございました。

少しでもこの映画と原作を観てみよう、読んでみよう、前よりも好きになった。そんなふうに思っていただければこれ以上うれしいことはありません。

ひとりでも多くの方に『メッセージ』が『あなたの人生の物語』が届きますように。
そしてその出会いがその方の人生を少しでも豊かにしてくれますように、そう願っています。

では、また…

背骨



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