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わたし と わたしと、ともに


わたしにとって大切なマナカード。

しばらくの間、ひくことをやめてしまっていた。

ひいても何も感じなくなってしまい、
それが悲しくて
もがけばもがくほど底なし沼に感じていた。

一旦休もう。そう決め
いつもどこに行くにも一緒だったカードを
家に置くようになった。

この時期は
自然をみても、身をおいても
何も感じれない。
写真も一切撮らなくなった。
わたしのカメラロールに溢れていた
自然の写真もなくなり
その代わりにカメラロールには
誰かの発した言葉ばかりスクショしていた。

この状況に答えが欲しかったんだよね。
だからどんどん外側へ外側へといっていた。

振り返ると
"等身大のわたし"を
まっすぐ目を向けることから
離れようとしていた。

その自分を見るのが、ただ怖かった。

なんでこうなるんだろう。
なんで上手くやれないんだろう。
わたしがわたしを否定していた。
だから苦しかったんだ。



けどカードと離れていても
わたしの日常にはカードをとおして学んだことが
いたるところに実をつけていて
その実を手にとるたびに
マナカードとともに過ごした日々がふとよみがえる。

わたしにとってマナカードは占い、
当たり外れという感覚ではなく、
カードをとおして、自分自身を見つめる、対話をする
内なるジャーニー、内なる自然を育む、
ハワイアンたちからの知恵を、
大地からのエネルギーを
遠い地からの風が吹き
光が波にのとって届くような感覚。

離れていても
どこにいても
わたしはいつも受け取っていたんだ。

そしてわたしがわたしと感じていた日々は
わたしのなかにある。

そう気づけたとき、感じれたとき
目の前にうつる景色が色が
太陽の光が、肌に触れる風
… … ただ涙が溢れた。

すでにある。

大丈夫、また忘れてしまうときがきたって
何度だって思い出そうよ。
何度だって感じてこうよ。
何度だって振り返り、
話しあい、
また今を生き歩いていこう。

大丈夫だよ。

わたしとわたしと、共に。


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