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おっさんレンタル「中央線のKuniさん」

おっさんレンタルのサイトに自分が登録しているプロフィールがそうなっているから当たり前かもしれないけど、転職に関する相談が圧倒的に多い。
だいたいが30代の女性で、転職に慣れておらず、エージェントに相談してもイマイチ納得できない、ということでセカンドオピニオン的に利用されているみたいだ。

今回は珍しく男性からのアプローチだった。名前はKuniさん。
メールの文面がやけにカッチリしていて、キャリアプラン相談と雑談の相手になって欲しいという。
対面希望で日時を、さらに場所として中央線にある居酒屋を指定されていたけど、あいにくその日は僕が遠方に出てしまっているため、リスケかオンラインでどうですか?と返信してみた。
経験上、このケースは成立見込みが低くなる。相談してくる人たちは、基本的に対面を臨んでいるのと、時間にゆとりを持てていない人が多いから。

オンラインMTGが市民権を得てから、僕の本業でもその比率はどんどん高まっていて、おっさんレンタルにも流れが来ていると聞いていたんだけど、相談をしてくる人のほとんどは対面を希望される。
例外的にオンラインOKというのは遠方の人だ。東京在住の僕にとって、香川とか、福岡の方からの転職相談は対面だと難しいからね。

レンタルで対面を希望する人が多いのは、抱えている不安を和らげてほしいんだろう、と思っている。
オンラインは効率的だし便利だけど、空気を共有できないから、問題の根っこの部分に届かないんだろうな、というのが現時点での僕の推測だ。

意外にも、Kuniさんから返ってきたメールには「ではオンラインでお願いします」と書いてあった。
指定された日にLINEで通話することを約束して、その日のやり取りは終了した。

約束の日。LINEでコンタクトを待っていると、音声通話の画面が表示された。
ビデオ通話じゃないのか。ちょっと意外だった。
僕としては画面に映らない方が気楽だけど、表情を共有したいというのがレンタルをする人の基本的な意識だからだ。

Kuniさんは、明るい声で挨拶してくれた。トーンは高めで、芯がしっかりしている良い声だ。
年齢は30代後半というから、働き盛りで人生が最も充実している年齢だ。
お互いに簡単な自己紹介をした後、Kuniさんが現状について説明してくれた。

彼は大手金融機関の出身で、事業を立ち上げたばかりの起業家だった。
詳細は教えてもらえなかったけど、映像を使った面白そうなサービスをやっているみたいだ。
よほど恵まれた環境でない限り、起業家にとって最初の数年が苦しいのは、僕にも実体験がある。
サラリーマン時代のわずかばかりの蓄えはどんどん減っていくし、一生懸命営業活動しても全く相手にされないか、冗談みたいに安く買い叩かれたりする。
余談になるけど、僕が白髪染めを止めたのはそれが理由だ。
ファッション的に若く見られたくて染めていた黒い髪が、商売的には逆効果になる場面が何度もあった。
若いんだから勉強してよ、みたいに値下げ交渉をされるんだ。

話をKuniさんに戻すと、彼はまさに起業直後の苦しい佳境にあって、不透明な事業の行く末に不安を覚えていた。
根が真面目なんだろう、事業活動をしながら士業の勉強を何時間もしているという。
そして、このまま芽が出なかった場合の選択として、資格を活かしてサラリーマンに戻ることを考えている、とのことだった。

そんなばかな。と僕は思った。
起業したい人はいっぱいいるけど、行動に移せる人はごくわずかだし、独自のサービスを立ち上げることができるなんてそのうちの数パーセントしかいないだろう。
自分の道を作ることができたKuniさんは、まだ1年もたっていないのに、それを捨てることを選択肢にいれてしまっている。これはもったいない。
古い諺だけど、虚仮の一念岩をも通す。起業にはこのスピリットが不可欠だ。

Kuniさんの話を聞き終えた僕は、まず事業活動に関するアドバイスをした。
彼なりに考えて営業していることは伝わってきたけれど、もっと視野を広げることができるはずなので、その具体的な方法論を伝えた。
これだけだとよくある起業家アドバイスでしかなく、彼の不安を本質的に解決することはならない。
悩みの核となっているのは、売上が立たない期間が想定よりも長くなった場合に収入を得る方法だ。
僕はその方法について、サラリーマンに戻らなくて良い方法を彼に伝えた(解決策はレンタルの成果物であるため、非公開とさせていただく)。

僕のアドバイスは、Kuniさんが説明の途中で「このカウンセリングを時給1000円でうけていいんですか?」とつぶやいたくらい、有用に受け止めてもらえたようだった。

起業して世の中にでると、情報は無料ではない、と隠したがる人が多いことに気づく。
もっともらしい理屈だけど、有償にするだけの価値がある情報はほとんどない、というのが持論なので、持っている知識が人の役に立つならば、僕は出し惜しみしないことにしている。

時給をもらっているのは、相談する人にも真剣になってもらいたいから。
この点はおっさんレンタルの基本理念(というものがあるならば、だけど)どおりのはずだ。

仕事の話題が一段落したあと、残りの時間でもう一つのリクエストである雑談をKuniさんとしてみた。
彼との共通の趣味でありマンガをテーマにしてみたけど、こっちの方は僕の完敗だった。
僕は気に入った単行本を大人買いするという読み方なんだけど、彼は主な週刊漫画をのきなみリアルタイムで購読していた。
おっさんレンタルを終えたあとはだいたい充実感を伴うものだけど、この時だけは敗北感のような変な気持ちだった。

Kuniさんとは、いつかビジネスの場で顔を合わせるかもしれないし、そうなって欲しいし、そうなると楽しそうだな、と僕は思っている。

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