見出し画像

おっさんレンタル「東横線のNatsuさん」

オフィスでデスクワークをしていると、スマホが通知メッセージを表示した。
タップして画面を開くと、簡単な挨拶と要件が書いてある。

「お恥ずかしい話ですが、仕事や自分の性格と家の事などについて猛烈に悩んでおりまして、お話を聞いて欲しいです」

おっさんレンタルの仕事を始めてしばらくたつが、相談してくる人のほぼ全員が自分を恥じている。
最低限とはいえタイムチャージが発生するのだから、相談者が下手に出る筋合いは全くないのだけど、こちらへコンタクトすることについて自責の念が見えるのは何故だろう?

相談者はNatsuさんという人だった。
この時点では性別年齢も含めて一切のプロファイルはわからない。
僕自身がレンタルされることに慣れていない頃、仕事に臨むマインドでヒアリングしたこともあったけれど、心のバリケードを作ってしまうことがわかってからは控えるようにしている。
Natsuさんの都合良い日時と場所、相談方法だけを指定してもらって、当日を迎えることにした。

リモートワークが普及した昨今、交通費やお茶代の負担が無いオンラインを希望する人も多いけれど、Natsuさんは対面希望だった。
東横線の比較的大きな駅の指定されたカフェで、待ち合わせ時間より少し前に到着してスマホを眺めていると、Natsuさんからのメッセージを受信した。

目印としての自分の服装と、時間ギリギリになることについての謝罪が書いてある。
ギリギリだったら遅刻じゃないのにまた謝ってるな、と思いながら、僕は自分の服装を情報として伝えつつ、足元に気をつけて、と書き添えた。

Natsuさんはスマートで綺麗な女性だった。
挨拶してからの会話トーンは明るく、おっさんレンタルするようなキャラクターには思えない。
僕のことをアニメのシブいキャラクターになぞらえて褒めてくれたりして、レンタルという前提がなければ営業を警戒してしまうレベルの話し上手だった。
こんな人がなぜレンタルを使うのだろう?
Natsuさんの悩みは一見ありふれているが、意外とその根は深かった。

仕事については、長続きしない責任の全てが自分にあると受け止めていたが、説明をきけば明らかに職場環境が退職の原因だった。
家庭については、常軌を逸しているとしか思えない夫の束縛を、妻としてだけでなく、人生のパートナーとして受け止めていた。

簡単に結論を提示することはできないけれど、環境に対し本人の能力が高すぎる、というのが悩みの根本であるように僕は思った。
Natsuさんは目の前の問題に対し、対処するだけでなく本質的なアプローチを心がけている。
立派な心がけだし、本質を見極める力があることは素晴らしいのだけど、各方面への気配りや調整を伴うため、とにかく時間がかかる。
良かれと思った行動によって、彼女自身が疲弊してしまう。
Natsuさんは、仕事でも家庭でも、明らかに相手に非があるときであっても、自分がフォローできていないことに問題があると考えてしまっていた。

優秀な組織人が陥りやすい思考を感じ取りながら、これまでのキャリアをヒアリングしたところドンピシャリ。
Natsuさんは社員間の競争が激しいことで有名な大手企業出身だった。
こういう会社では、基本的に自己責任思考で物事に当たらなければ生き残れない。
彼女の結婚生活と、家庭における哲学みたいなものも、その延長線上に位置付けられていた。

社会人の出発点から刷り込まれたDNAが、彼女の思考に強く影響していることは明らかだった。
この課題に対するソリューションは一つしか無い。
僕はそれを彼女に伝えた(解決策はレンタルの成果物であるため、非公開とさせていただく)。

レンタル終了後の帰り道に、Natsuさんからメッセージを受け取った。

「ここまで親身になってアドバイスいただけたことも、ぶっちゃけられたことも初めてです」

とても嬉しい評価だけど、彼女の問題解決には時間がかかるはずだ。
僕は、以後のオンライン相談はレンタル不要、つまり無料で受け付けることを返信した。
その後もNatsuさんとのメッセージのやり取りは続いている。

時給1000円のレンタルで生まれたつながりだけど、そこで知り合った人たちがハッピーな人生を送れるようになってほしい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?