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日陰の花(『仮面ライダーアマゾン』第20話)

 仮面ライダーアマゾン第20話「モグラ獣人 最後の活躍!!」を見た。

 日陰者、という言葉がある。それまでの生き方が後ろ暗く、そのために真っ当な明るい道を歩むことができない者。モグラ獣人は、自らが日陰者であることを自分自身で重々承知している。光が苦手で土中に住み着く彼は、かつては世界征服を目論む悪の組織ゲドンの一員であったという過去を持っている。
 処刑されかけたところを助けられ、モグラはなし崩しでアマゾンたちの仲間となった。とはいえ、彼は初めから真っ当に改心したわけではない。「生きるべきか、死ぬべきか」と自らの進退を考えあぐね、時にはゲドンにまだ心があるようなそぶりをしながらも、最終的にはアマゾンたちと志を同じくし、ゲドンに代わる新たなる敵・ガランダー帝国を憎むようになる。

 どっちつかずで俗っぽかったモグラの態度は、アマゾンに感化されるがごとく、次第にいいやつらしくなっていく。たとえばさきの19話、そしてこの20話の冒頭でも、モグラは危機に陥った子どもを懸命に助けている。
 19話「出動、ガランダー少年部隊!!」で崩れた地下道から子どもたちを助けたモグラ獣人は、彼らがアマゾンと自分に駆け寄ってくるのを見てそそくさと姿を消す。自分がいると子どもたちが怖がるから、というのがその理由だ。20話でも黒従者に追われた少女を助けたが、少女はモグラの姿を見て「怖い」と泣き出しかけている。「そりゃないでしょ」と言いながらも、おろおろと困るモグラ。すぐにアマゾンが駆け付けてくれたのが幸いであった。

 今回、東京中の人間を溶かし始めたカビのサンプルを手に入れるため、モグラは自ら強く立候補して敵のもとへと向かう。ガランダーに寝返るフリをして首尾よくカビを手に入れるが、その演技は残念ながらすべてバレていた。カビ作りの張本人・キノコ獣人は、意気揚々とアマゾンの元に戻ろうとするモグラを捕まえて手ひどく痛めつけ、最後にたっぷりとカビの胞子を吹きつける。
 顔中にカビを付けたまま、息も絶え絶え帰ってくるモグラ獣人。サンプルを盗み出すことはできなかったが、自ら苗床となって彼はカビを運んできたのだ。心配して駆け寄る仲間たちに、ぐったりしたモグラは尋ねる。
「マサヒコ、モグラを尊敬するかい?」
「うん!」
「立派よ、モグラさん」
 マサヒコ、そして姉のリツ子が返事をすると、モグラはしみじみとした声で礼を言う。
「ありがとう……初めて、褒めてくれたねえ」

 ウィキペディアによると、「承認(尊重)の欲求」はマズローの欲求5段階説において下から4番目の欲求に当たるのだという。「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求と愛の欲求」の次に出現する欲求だ。
 モグラが今まで見せてきた行動は、これらの段階にどことなく似通っているようにも思える。自分を処刑しようとするゲドンを出し抜き、市の運命を免れるため、モグラはアマゾンの側についた(生理的欲求:生命の保全)。彼が人助けをするのは、もともとは自分のためだ。ゲドンを足ぬけした自分が平和に暮らすには、ゲドンの敵対者であるアマゾンの覚えをよくしておいたほうが良いからだ(安全の欲求)。それがだんだん心からアマゾンのために働くようになり、ついにはアマゾンの見ていないところでも、見返りもなく子どもを助けてやるようになる。獣人であることのポテンシャルを生かした、モグラにしか果たせない仕事である(社会的欲求)。しかし、モグラには自分の姿が人間を怖がらせるという自覚がある。ラジオで音楽や文化を学び、いくら人間社会に馴染むよう努力をしても、肝心の人間の側が受け入れてくれなければ意味は無い(愛の欲求)。
 モグラはマサヒコに「尊敬するかい?」と尋ねた。「モグラのこと好きかい?」でも、「見直してくれたかい?」でもない。彼とマサヒコたちは互いにざっくばらんな口をきき合う、気心の知れた仲である。だが、過去の意気地のない態度などが尾を引いて、小学生のマサヒコですら「モグラ」と彼を呼び捨てにする。ちょっと調子が良いがどうにも憎めない、頼りないけれど愛嬌のある友人、くらいの位置づけだろうか。そんなモグラがいま、ごく普通の人間であるマサヒコとリツ子から尊敬を得た。人間に敬意を持って受け入れられたことは、いつも拗ねたようなモグラの自己肯定感をどんなにか高めたことだろう。この瞬間、モグラは「承認の欲求」を叶えたのだ。
 欲求5段階説の5段目は「自己実現の欲求」である。自分自身のなすべきことを果たすため、モグラは心待ちにしていた解毒剤の服薬を拒む。カビの毒を防げる解毒剤はまだ一人分しか完成していない。ならばそれを飲むべきは死にかけの自分ではなく、これからキノコ獣人と孤独な戦いに挑むアマゾンの方である。

 己の心に従った結果、アマゾンの腕に抱かれたままモグラは息を引き取った。泣きわめいてモグラの頭や鼻にしがみつくマサヒコ。屋上の金網を握り締め、「モグラ」とかすれ声を出しながら空を睨みつけるアマゾン。
 アマゾンはライダーの姿に変身し、モグラが命を懸けて持ち帰った情報をもとにキノコ獣人のもとへ駆ける。今にも街中に大量のカビをばら撒かんとするキノコ獣人は、アマゾンライダーにもカビの胞子を浴びせかける。だが、解毒剤のおかげで彼にカビは効かないのだ。
 流れるようなハイキックからの後ろ回し蹴り。顔面を水平に凪ぎ、首元に手刀を入れてからのボディブローの連打。うめくキノコ獣人がよろけたところに、ジャンプしたアマゾンライダーの蹴りが当たる。ダメージを受けて蠢くキノコ獣人。背を向けたアマゾンライダーは空に向かって「モグラーっ!」と叫び、振り向きざまにキノコ獣人を吹き飛ばす。そして、十分な距離から高く跳びあがったアマゾンライダーは、キノコ獣人の顔面に大切断を食らわせる。深手を負ったキノコ獣人はそのままフレームアウトし、地面にどうと倒れた音がする。BGMも爆発もない、静かな終幕である。
 無音の中、アマゾンライダーは倒れたキノコ獣人をしばし見つめる。そしておもむろに顔を上げると、青空に向かって勝鬨の声を上げる。お決まりの叫びだが、いつもよりなんだか空に吸い込まれるような気持ちになるのは、その向こうにいる相手へ、アマゾンライダーが声を届けようとしていたからだろうか。
 戦いの後、一同は藪草に覆われた土手へモグラ獣人を埋葬する。モグラの顔をかたどった墓に、マサヒコがそっと銘板を乗せた。
「勇気の士(ひと)  モグラ獣人の墓」
 文字を読めないアマゾンに聞かせるように、藤兵衛は静かに読み上げる。

 今際のきわに、モグラは「憎いガランダーをやっつけてくれよ」とアマゾンへ言い残した。
「頼む、頼むよ……」
 自分の願いを叶えてほしい、という意味の「頼む」というよりは、最後の激励をして「後を頼む」というニュアンスに聞こえる。モグラが悔いなく行動し、納得して死を迎えたからこそだろう。
 ゲドンの獣人としてのモグラの人生は、アマゾンを倒し損ねた時点ですでに終わっていた。そこから先の時間はいわばロスタイム、不意に訪れた第二の人生である。己の死からギリギリ逃れたモグラは、長生きすることを次の目標に定めた。初めは賢く立ち回っていたつもりだったのに、気が付いたら自分から死地に飛び込んで、せっかくの解毒剤もアマゾンに譲ってしまった。
 だが、そうやって人生をやり直したからこそ、モグラはただの一匹の獣人としてではなく、「勇気の士」として生き、死ぬことが出来たのだ。
 どんなバックボーンを背負っていても、たとえ日陰者であっても、自らの思うように生き直すことはできる。自分の心が命じるままに、悔いのない選択をすること。それこそが、心を満たすための最良の道である。

 モグラ獣人の墓には色とりどりの花が供えられている。モグラの鼻先にいつも能天気に咲いていた、黄色い花が思い起こされる。光が苦手なはずなのに、彼の顔はいつも太陽みたいな花に彩られていた。
 植物は明るい場所を目指す。暗い地面の下にいたモグラの鼻先もまた、最初から明るい方をずっと向き続けていた、というのは、少々考え過ぎだろうか。

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