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【響鬼】第27話

二十七之巻「伝える絆」

 魔化魍や童子を生み出す白黒は「傀儡」と呼ばれているらしい。そしてイブキがその邪気を感じ取り、街中で遭遇した着物姿の二人組は、童子や姫でも傀儡でもないという。二人に接近したイブキは金縛りで動けなくなる。イブキが睨みつける先、童子によく似た着物の男は右手をゆっくり持ち上げる。銀色の人差し指を伸ばしたまま手のひらをくるりと返すと、それをさらに顔の後ろまで引き上げ、まっすぐ前に腕を伸ばしてから、あたかも五指で何かを放つかのように手のひらを開く。
 着物男の動きは、ザンキと対峙していた白い傀儡に連動している。白傀儡の攻撃を受けたザンキは「念力みたい」な力により、崖から川に落とされてしまった。
「傀儡」という名を持つからには、操り主がいるのは想定内であろう。イブキの出くわした二人組がおそらくそれで、人差し指の銀色は遠隔操作のためのデバイスなのだろうか。幸せの青い鳥ならぬ魔化魍の悪意の親玉は、深い自然の中にではなく、案外近場に潜んでいるようだ。

 そもそもなぜザンキが白傀儡に出くわしたのかというと、バケネコの痕跡を探してひとり山道を歩いていたからである。そろそろベースキャンプに戻ろうかとしていた時、ザンキは邪気を感じて立ち止まる。イブキばかりが繊細なのかと思っていたが、どうやら専売特許というわけではないらしい。すでに現役を引退したザンキでさえも感じ取れるような、強烈な邪気のようだ。もっとも、ザンキが引退したのは肉体の衰えによるものなので、それ以外の感覚やセンスについてはまだまだ後進に引けを取らないのかもしれない。
 ともあれ森に立ち入ったザンキはバケネコ童子たちと接敵。目頭から鼻にかけて長く引かれたアイラインがなんともいえずネコ科らしくて大変素敵です。壊れたディスクアニマルの欠片を手裏剣のごとく投げつけてくる童子たちの行動は、ザンキが鬼であると理解したうえで煽っているようである。もっとも、いちサポーターとなったザンキは攻撃を受けたとて鬼の姿になることはできない。それでも一方的にやられるのではなく、人間の姿のままで童子たちをいなし続ける姿は流石の一言。力強い構えから両腕でガード、飛び掛かってくる姫の推力を利用するように投げたかと思うと、横殴りに腕を叩きつけようとする童子に鋭い拳を突き込む!
 ただ、隙を見せずに立ち回りを続けることはできるが、鬼になれないザンキでは決定打に欠ける。感覚を確かめるように手首を振ったザンキが再び構え直そうとしたとき、ふいに強烈な邪気が彼の足を止める。そこにいるだけで冷汗が噴き出してしまうような、重苦しい圧。童子たちの鳴き声はいつの間にか止んでおり、ザンキの目の前にはいつの間にか白い傀儡が立っている。

 川に落ちたザンキはどうやら自力でキャンプまでたどり着いたらしい。派手に落ちた割に目立った怪我も無いのはありがたい。甲斐甲斐しくザンキさんを椅子に座らせるヒビキさん、バスタオルを手渡すトドロキ、そしてさりげなくオロCの蓋を開けて差し出す日菜佳! ヨッ販促上手!

 その頃たちばなの奥では、努とみどりが茶飲み話に花を咲かせている。みどりの態度にはなにも含むところはない。それだけかつての努が誠実であり、惜しまれつつ疎遠になっていたということなのだろう。話の転がるままに、みどりは最新の開発品さえ隠すことなく開陳している。鎧になるDAとのことだが、にらめっこしていた脚部装甲の図面がその完成形なのだろうか。
 ヒビキさんと明日夢の関係性を聞いた努は、みどり曰く「普通の高校生だったからすんなりいかなかった」自分の境遇と重ね合わせ、何か思うところがあるようだ。「自分で答え出したつもりでも、なかなかその通りいかなかったり」……。
 折よくお茶請けを運んできた明日夢に、努は己の事情を打ち明ける。鬼になるべく弟子入りしたが、両親の反対によりリタイアしてしまったこと。だが、今はライフセーバーという目標に向け、自分を鍛え続けていること。

「彼なりの好きなことを見つけるか、人助けがやりたいことになるか」とザンキは明日夢の将来に思いを巡らせていたが、その言い方で言うなら努はやりたいこと=人助けのタイプなのだろう。普通の高校生だった彼は、その「やりたいこと」をやるため、「自分で答え出し」て鬼に弟子入りした。その夢はかなわなかったが、なにも鬼になることばかりが人助けの道ではない。トドロキのように警察官になってもいいし、あるいは今目指しているライフセーバーだって、文字通り人の命を助けるお仕事である。
 大切なのはその目標と真剣に向かい合い、努力することだ。
 鬼になるのは大変なことであり、「半端な気持ちでやると失敗する」と努は言う。両親の反対により鬼の道を諦めた彼は、もしかすると当時の自分の覚悟を「半端な気持ち」だったと考えているのではないだろうか、と思う。どうしても鬼になりたければ反対を振り切ってでも夢に突き進むことはできたかもしれないし、鬼になることがかなわなくてもたちばなの人々のように猛士として関わりを持ち続ける道だってあった。吉野の新技術に目を輝かせる努なら、きっとサポートの方面でも活躍することができただろう。しかし、努にはそこまでの覚悟をする勇気がなかった。
 弟子を辞める理由を告げた時、おそらく誰も彼を責めることはしなかったのではないかと想像する。いつもの困ったような笑みを浮かべて、慰めるように努の肩をポンと叩く勢地郎の姿が目に浮かぶようだ。日菜佳や香須実も「いつでも遊びに来てよ」などと明るく彼を送り出したことだろう。だがその優しさが、自らを半端と感じる努には却って気まずく、近寄りがたくなってしまったのではないだろうか。

 明日夢もまた、ドラムが好きなだけの普通の高校生である。ヒビキさんに憧れ、尊敬してはいるものの、自分が鬼になろうなどとは到底思ってはいない。
 そんな明日夢のことを、ヒビキさんはありのままに認め、見守っている。直接師弟の契りを結んだわけではないし、どちらかと言えば年の離れた友達のような関係に見えるが、ヒビキさん的には「弟子を取ってるつもり」なのだそうだ。
「別に鬼になるってことじゃなくても」とヒビキさんは言う。「男として何かを伝えられたらいいなって、そう思ってるんです」。
 魔化魍と戦う者を育て、人々を守る力を次代に継承していくため、鬼には師弟のシステムがある。鬼であることをライフワークにする者にとって、後継者の育成は必ず発生する義務であり、責任であろう。そうでなければいずれ鬼の制度は廃れ、魔化魍の跳梁跋扈する未来がやってきてしまう。
 そんな責務なんて軽やかに飛び越えた先で、ヒビキさんは明日夢のことを「弟子」だと言う。自分が鬼だから、鬼として明日夢を育てるのではない。「男として」、ひいては一人の人間として、明日夢の成長を導いてやりたいと願う温かな気持ち! それは、明日夢が鬼としての響鬼のみならず、ヒビキさんという人間自体を頼りにしていることとイコールでつながる感情だ。

 さて、みどりの遠隔指示を聞きながらなんとかディスクアニマルの修理を成功させたヒビキさん。無事なパーツを継ぎ合わせたのであろう赤と緑の混色アニマルは、バケネコたちの潜む廃寺の画像をもたらしてくれる。これもまたみどりや吉野の人たちの設計の妙である。現場で素早く修理でき、足りないパーツは他のディスクからでも補える汎用性! あんなにちっちゃいのに技術力の塊! すごい!
 廃寺に向かったヒビキさんたちを待ってましたとばかりに取り囲むは大量の子猫たち。そこからバチを構えた響鬼・轟鬼と子猫たちの乱戦が始まっていくが、画面中央に据えた鬼を子猫たちが左右から順番に・かつ目まぐるしく襲ってはフレームアウトしていく構図により、あたかも画面外にたくさんの子猫たちがいるように感じられてニコニコしてしまう。
 あらかたの子猫を倒し終わったのち、満を持して現れたのは親玉のバケネコである。腰布のようにひらりと翻る何本もの尻尾は優美ですらあるが、前を向けばバキバキの腹筋が見るからに凶悪そうな雰囲気。轟鬼の太鼓で尻尾の大半を失いながらも、響鬼紅にしがみついてはその血を啜ろうと肩口に齧りついている。童子たちもその行動を好意的に見守っていた。人間ではなく鬼を食わせることで、バケネコのさらなる強化を狙ったのだろうか?
 しかしそうは問屋が卸さない。ディスクアニマルたちの強襲によりバケネコの戒めから逃れた響鬼紅は、転がったバケネコに灼熱真紅の型を叩き込む。浄化の炎は逃げようとする童子たちをも巻き込み、バケネコを無事に粉砕。いつの間にかシャワーのように降りしきる小雨を受け、眩いばかりに輝く姿が神々しい。鬼たちの質感、本当に画面映えするなあ……。

 三玉のスイカを切り分けて、夜はみんなで花火見物である。
 ヒビキさんたちの帰還を待たず、努は帰ってしまったようだ。みどりとは笑顔で話をし、前回日菜佳やトドロキとも普通に会話をしていたものの、やはり憧れのヒビキさんには顔を合わせづらいのだろうか。単純に時間になったから帰っただけか。とはいえ、一年ちょっとぶりにたちばなへ立ち寄ってくれただけでも大きな進歩である。努が自分自身を見つめ直し、ライフセーバーという新たな目標が定まったがゆえの一歩なのかもしれない。今後も両親の機嫌を損ねない程度に、ちょくちょく顔を出してくれればよいなあと思う。
 尻からげのトドロキが全員にスイカを配り、最後に手許の空盆を見て「自分の分は?」とでも言いたげにびっくりしていたが、ひとみの飛び入り参加により数が足りなくなったのかしらなどと邪推。代わりに夢中で焼きそばを食べていたようだし、それはそれでよいのではないでしょうか。出店の焼きそば美味しいもんな。


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