水縹

5月22日


6時に設定したアラームよりすこしだけ早く目が覚めた。

すばらしく完璧に脱力した体がまだ動き出しそうにないことを感じたので、7時に再びアラームが鳴るようにして二度寝することにした。
もとより、6時に起きるためのセッティングではないのでよし。

既視感のある夢を見た。

6時に設定していたアラームよりも早く目が覚めた。まだ5時だった。

6時になって、まだ体が重たいから、起きなければならない時間を計算し直して、7時までまた眠ることにした。

時間が来たら起きて、朝ごはんを準備する。食器棚の引き出しを開けて、箸を掴むと、箸はそこでぽきりと折れる。仕方がないので朝ごはんを食べるのを諦めた。

洗濯物を干す。洗いたてのピンク色のカーディガンを手に取ったところ、不注意のために色が変わり、生地も縮んでしまっていることがわかった。
それを見た母が、あんたは一生洗濯すらちゃんとできないのでしょうね、と言う。わたしは「絶対に覚えるから、洗濯の仕方を教えてください」と言ったと思う。

場面が変わって、中学校の図書室のようなところにいる。好きな声が「灰色と青」を歌っているのが聞こえる。随分と怖いミュージックビデオが見えていた。
もう少し歌を聞いていたかったけれど、アラームの鳴っている音が聞こえるので、起きなければならない。


あんまり体の力がよく抜けているので、脳からの信号が脊髄で止められて、操縦権が無くなったのだろうかと思う。
夢も相まって、今すぐ隕石が降ってきて地球を破壊してくれないだろうかとぼんやり考えていた。うまくいかない朝の夢を見たときは大抵こんな気持ちで一日が始まって億劫だ。
ついさっき起床したのに、また起きなければならないのか。


ただ、一呼吸してみると、今日の朝はひんやりと軽やかな空気を纏っていて、とてもよい朝なのだった。
そうしたら急に感覚が戻ってきて、毛布の肌触りとぬくもりが心地よくて、脚を動かせばシーツの冷えた部分があるということを思い出した。

起き上がってカーテンと窓を開けた。


朝ごはんには焼きおにぎりを食べて、カフェオレをいれて飲んだ。

お箸を手に取るときに夢で見た光景がちらついたが、それに動揺してお箸を落としても、折れるということはない。


無事に予定の時間に家を出ることができた。


鈍行と快速を間違えた。
ばか!
人との待ち合わせに遅れてしまった。



八王子市夢美術館で開催中の「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」を見てきた。
美術館までの道のりは日が差していて、朝の軽やかな空気をおいやってしまおうとしていた。

初めての夢美術館である。
八王子出身の友人にあまり大きくは無いと聞いていたけれど、実際に訪れてみると、展示室の広さよりも遥かに多くの作品と情報が詰め合わされていた。
今回の企画展の主役である川瀬巴水は、大正期から戦後にかけて活躍した、日本の浮世絵風景版画の絵師である。出版元の渡邉庄三郎が伝統的な木版画の復興を掲げる「新版画」の運動を推し進めた人で、巴水もその流れの中にあった。

タイトルに「旅と郷愁の風景」とあるように、巴水は日本全国を旅しては「旅みやげ」と題された風景画シリーズを手掛けたり、ふるさとである東京の景色を描き出したりしている。

巴水の風景画に関して、とてもすっきりしているな、というのが、かつて抱いた第一印象であった。
輪郭線が明確で、色が鮮やかである。自分の視力では見つめられないほどの細部までもがビビッドに発色して、澄みわたった世界が写し出されている、というように思う。

そのイメージは今日の鑑賞でさらに強くなった。鴾(とき)色といわれる朝焼けの淡い紅色を描いたものがとてもよかった。富士山の雪の冠だけが、あるいは空と融合した水平線が、太陽に照らされてその鴾色に染まっているのを見るだけで、長く夜を過ごして待望した朝が訪れたような気分になる。
朝だけでなく、夕暮れや夜、夏や冬を描いたものでも、その鮮烈さは特徴的である。

そしてそのように色が輝いて見えるのは、景色が落とす影をもよく描いてコントラストが生じているからであると思う。

加えて、巴水が旅の中で選んで切り取ったところにも、よいなぁと思う部分があった。秋田の岸に佇む一艘の壊れた船を描いたものでさえ、よく趣がある。

確かに広い展示室ではないはずなのだけれど、ひと通り見終わると3時間近くが経過していた。



地図でカフェを探していて名前がいいなと思ったから、近くの「rin」というカフェに行くことにして、ベイクドチーズケーキとアイスコーヒーを頂いた。
マーマレードが生地に練り込んであって、さらに添えられてもいる。チョコレートの冠。健康的なケーキは顔色良く、さっぱりとした甘さで美味しい。うーん、幸せ!

お店には小物の雑貨も並べられていた。水曜日の午後なので、マダムたちがお茶会をしていた。


電車で小平まで移動して、TOKYO GAS MUSEUMにも行く。さすがに日が差してきて、じんわりと汗が滲む。水がいる。

井上安治の特集で、「ガス燈ともる東京風景」と題された展示が行われている。ポスターのデザインが洒落ていて好きだ。
安治はわたしの調べている小林清親の弟子にあたる人物で、今回の展示に限っては、清親の光線画によく似た作風のものばかりだった。

煉瓦造りの建物の入口から石畳の道が伸びて、ガス燈が並び立っている。明治の東京はこんな街並みと江戸の風景とが折衷していたんだろうと思う。今といえばもう道はコンクリートで埋められてしまって、道端にあるのは広告ばかりよ。


それで学校の方面に移動して、夜は懇親会があった。
ビールのピッチャーを初めて見た。ビール注ぎ選手権が始まった。





家に着いたらほとんど満月みたいな月がいた。
十三夜、なによりも本当にちょうどよく雲がかかっていて、朧月夜である。今日は本当に空気のよい日だったなあ。

少しだけ月見をした。
液晶を繰って「SLEEP SHEEP SUNROOM」を流す。アコースティックアレンジのドリームレス・ドリームがほどよく優しくて、ひんやり冷えた夜の空気によく合っていたと思う。

ほろ酔いで真っ暗な部屋に横たわる。
視界にある固体が氷のつぶと月しかない! 愉快。

目を閉じたり開いたりしていたら眠たくなったので、寝ることにした。



追記
題が思いつかなかったから、水縹(みはなだ)とした。ほとんど水色のこと。翡翠みたいに澄んでいて、しかし青さが薫るような、今日の空気みたいな色だといい。

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