デッドリーフ

【エフェメラル・アズ・デッドリーフ】

「グワーッ!」

 ソウカイ・ニンジャのデッドリーフは、汚れた路地裏の壁に叩きつけられた。身に纏う枯れ葉迷彩装束が血と埃に塗れる。重金属酸性雨がそこへ容赦なく降り注ぐ。痛みをこらえて顔を上げれば、己を嘲笑しながら見下ろす影が三つ。

 一人は斑模様の、一人は緑の、一人は銀灰色の装束で身を包み、全員がメンポで顔の下半分を覆い、全員の装束にはエンブレムが刻まれていた。

 デッドリーフは、そのエンブレムが何を示すものであるのか知っている。菱形正方形を二つに分割し、その中に「罪」「罰」の二文字を表した意匠。己の所属するソウカイ・シンジケートと敵対する西のニンジャ組織、ザイバツ・シャドーギルドのニンジャである証……!

 「ソウカイヤのニンジャと言ってもこの程度か。つまらんな」

 斑模様のニンジャが吐き捨てるように言うと、緑のニンジャが呆れたように視線をそちらに投げる。

 「そもそもお前がヘマしたせいだろう、ヘルスネイル=サン。こんなサンシタに発見されるとは」

 「こいつのニンジャ存在感が薄すぎて気付かなかったんだよ、キラートード=サン。見た目も貧弱ならカラテも貧弱だ。その分、コソコソ隠れるのは得意なんだろうよ」

 言い合う二人に、銀灰色のニンジャが口をはさむ。

 「まあ、こうして問題なく済んだのだ。そう目くじらを立てることもあるまい」

 「お前はお前で、少々大雑把に過ぎるぞファイトラット=サン……。まあ、一理あるが」

 三人のザイバツ・ニンジャたちはもはやデッドリーフのことなど見てはいない。トドメも刺していない、どころかまだ一撃を食らわせただけだというのに。

 だが、事実デッドリーフは動けなかった。自分のカラテでは、ニンジャ三人を相手にして勝ち目がないことを悟っていた。相手もそれがわかっているからこそ、平然と無駄口を叩いていられるのだろう。

 (昨晩のマルノウチ・スゴイタカイ・ビルでの抗争に参加したものが残っていたのか……? それとも、以前からネオサイタマに潜入していたのか……いずれにせよ、何故俺がこのような……)

 デッドリーフはザイバツ・ニンジャたちを、そして己の不運を呪った。ある日突然ニンジャとなり、常人を遥かに超える力を手に入れた。しかしニンジャとなったところで結局は、より大きな檻の中に出ただけの自分を、より長い鎖に繋ぎ変えられた自分を、見出すだけだった。

 ニンジャソウルの憑依から間を置かずソウカイヤに見咎められ、服従か死かを迫られ、やむなくその軍門に下り、与えられる任務をこなし続ける日々。そんな中で聞いた昨夜の大規模抗争のニュースも、自分のいる組織のことでありながら、どこか他人事のようにすら感じていた。自分のような末端ニンジャには関わりのないことだと。

 しかし、そうではなかった。ごく簡単な脅迫任務に赴き、脅しついでに憂さ晴らしをかねて何人かのモータルを殺し、帰還の途についた彼を待っていたのは、今のこの有様だ。

「さて、さっさと片付けてワイルドハント=サンのところへ戻るとしよう」

 銀灰色装束のニンジャ、ファイトラットがチョップ手をさすりながら歩み寄ってくる。まさにラット・イナ・バッグだ。これまでか。デッドリーフが絶望に沈みかけた、その時である!

 「何奴!?」

 抜け目なく周囲を警戒てしていたヘルスネイルが叫んだ。その場にいた全員が彼の視線を追うと、その先には一人のニンジャがいた。

 黄緑色の装束。包帯で覆われた両腕は爪先ほどまでもあるほど長い。首には黒と黄土色の網模様のヘビをマフラーめいて巻き、不気味なメンポとその目はまさしく蛇を思わせる爬虫類的な冷酷さを感じさせた。

 「ドーモ、はじめまして。コッカトリスです」

 「ドーモ、はじめまして、コッカトリス=サン。ヘルスネイルです」「ファイトラットです」「キラートードです」

 ニンジャたちはアイサツを交わした。弛緩していたザイバツ・ニンジャたちの空気は、一瞬にして戦士のそれへと変化した。デッドリーフは、ただその光景を眺めていることしかできなかった。

 「貴様、ソウカイヤだな。コッカトリスと言えば、昨夜の抗争にも参加していたと聞くが」

「その両腕は名誉の負傷か? その病み上がりで俺たち三人を相手にする気かよ」

 「ザイバツも舐められたものだ」

 口々に嘲るザイバツ・ニンジャたち。確かに、事実コッカトリスが昨晩の抗争で両腕と顎を負傷したことはデッドリーフも聞いている。その後、モータルでありながらマッドサイエンティストとして名を轟かせる、リー先生のラボへ担ぎ込まれたことも。

 そう、それが昨夜の話。十数時間程度しか経過していないはず。にも関わらず、コッカトリスはここにいる。その事実がすでに、リー先生の恐るべき技術力と、コッカトリスの非凡なニンジャ耐久力を表している。

 味方であるはずの彼に戦慄するデッドリーフを横目に、コッカトリスは鼻を鳴らした。

 「笑わせるな、サンシタどもが。貴様らごとき何人束になろうと、相手にならんわ。貴様らこそ、ソウカイヤを舐めている。シックス・ゲイツを舐めている!」

 「増上慢! イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 ザイバツ・ニンジャたちが仕掛けた! ファイトラットが真正面からカラテをたたき込みにかかり、ヘルスネイルがその陰からコッカトリスの背後に回り込まんとし、キラートードが路地の壁を蹴って飛び上がり頭上から襲う!

 空間の狭さを感じさせない立体的な連携! いかにコッカトリスと言えど、病み上がりの今の状態では……! デッドリーフは絶望しかけた。

 「マキツケ!」

 「グワーッ!?」「バカナーッ!?」「なんだその腕は!?」

 しかし、悲鳴を上げたのは仕掛けにいったはずのファイトラットであった。お互い、まだカラテの間合いに入っていないはずだというのに。

 困惑するデッドリーフの目に、コッカトリスの異形というべき姿が飛び込んできた。両腕を覆っていた包帯がいつの間にかほどけており、その下に隠されていた生きた大蛇の姿を露わにしていた!

 右腕がアナコンダ、左腕がコブラ。二匹の大蛇が凄まじい速度で地を這い、向かってきていたファイトラットの身体に巻き付いて止めたのだ。これこそが、リー先生の手術に耐え抜いて得たコッカトリスの新たな力、ダイジャ・バイトである!

 「おのれ……イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 次の瞬間には、回り込みかけていたヘルスネイルにサイドキックが叩き込まれた。ヘルスネイルがほんの数分前のデッドリーフと同じように、路地裏の壁に叩きつけられた。

 「カメ!」「グワーッ!」

 その時にはすでに、コッカトリスの首に巻き付いていた網模様の蛇が頭上へと放たれ、キラートードの足に食らいついていた。瞬間的に麻痺毒に苛まれたキラートードは、目算を誤ってブザマに地面に激突した。

 「イヤーッ!」「グワーッ!」

 さらにコッカトリスは、ファイトラットを拘束したまま両腕の大蛇を鞭のごとく振るい、立ち上がったばかりのヘルスネイルを薙ぎ払った。吹き飛ばされるヘルスネイルを尻目に、コッカトリスは大蛇の締め付けを強めた。

 「どうした、ザイバツ。この程度か。もっと抵抗して見せろ。これではベイビー・サブミッションだ」

「グワーッ! ちくしょうヤメアバッ! アバッアババババババーッ!」

 ファイトラットは必死に拘束から逃れようともがいたが、大蛇の力は凄まじく、大木のようにビクともしなかった。全身の骨が砕ける激痛の中、ファイトラットは愉悦に光るコッカトリスの両目を見た。底冷えする恐怖。それが最期の感覚だった。

 「サヨナラ!」

 ファイトラットは爆発四散した。そこへ麻痺毒に侵された身体を強引に動かしたキラートードの飛び蹴りと、三人の中で随一のニンジャ耐久力をもって大蛇の一撃に耐え抜いたヘルスネイルのスリケンが襲い掛かった。

 「「イヤーッ!」「イヤーッ!」「「グワーッ!」」

 コッカトリスはそれを悠々と迎撃した。ファイトラットを絞め殺した両腕の大蛇は、瞬時に残る二人に向けてその鎌首をもたげていた。

 左腕の大蛇がまるで羽虫を叩き落とすように、キラートードの飛び蹴りを払いのけて吹き飛ばし、右のアナコンダは何とその牙で飛来したスリケンをひっかけると同時に半回転し、ヘルスネイルにスリケンを投げ返していた。

 ヘルスネイルに自分が投げたスリケンが突き刺さった時には、すでに決着はついていた。ヘルスネイルの身体に、二匹の大蛇が巻き付いていた。顔を引きつらせるヘルスネイルの視線の先では、キラートードがコッカトリスに四肢をすべて踏み砕かれて痙攣していた。

 「さあ、こっちへこい!」「ア……アイエエエエエ!」

 ついに恐怖に耐えかねて悲鳴を上げるヘルスネイルを、二匹の大蛇がコッカトリスの元へと引き寄せた。そのメンポが縦に開き、ギザギザの鋭利な乱杭歯が覗いた。

 その歯からまき散らされた飛沫が倒れ伏すキラートードに降り注ぎ、キラートードは苦悶の呻き声と共にのたうつ。その身体から煙が立ち上る。毒の飛沫、ドク・ジツ……!

 「イヤーッ!」「アバーッ!」

 ついにコッカトリスのところまで引きずり込まれたヘルスネイルの首筋に、コッカトリスの乱杭歯が突き立てられた。全身に致死の猛毒が回り、ヘルスネイルの顔面から大量の鮮血が垂れ流され、その血が見る間にゼリーのように固まっていった。

 「サヨナラ!」

  ヘルスネイルは爆発四散した。コッカトリスは両腕の大蛇を再び包帯に包んだ。それから、もはや意識を飛ばしかけていたキラートードの首を虫でも潰すように踏み折った。

 「サヨナラ!」

 終わってしまえば、あっけないものだ。デッドリーフは命拾いしたことすら忘れて、そんなことを考えていた。

 「おい」「ハ、ハイ!」

 コッカトリスに声をかけられ、デッドリーフは上ずった声を上げた。コッカトリスはザイバツ・ニンジャたちに向けていたのと同じくらい冷徹な目で、デッドリーフをにらんだ。

 「俺の手を煩わせた罪は、ダイジャ・バイトの試験運用の機会をもたらしたことで帳消しにしてやる。ラオモト=サンへの報告は貴様がやっておけ」

 「ヨ、ヨロコンデー!」

 ドゲザするデッドリーフを一瞥もせず、コッカトリスは去っていった。

 「……あれが、『シックス・ゲイツの六人』……」

 デッドリーフにとって、これまでは雲の上の、他人事ですらあった強大なるニンジャたちの世界。そのイクサを自らの目で見たことで、デッドリーフにはようやく自分のいる組織の、ソウカイ・シンジケートの強大さを肌身で感じたのだ。

 三人のニンジャたちの爆発四散跡を見やる。塵一つも残っていない。ニンジャと言えど、死ねば儚いものだ。風に吹かれて舞い散る枯れ葉めいて。

 己もまた、そのニンジャネームのごとく、儚く散る時が来るのだろう。だが、それは今ではない。

 ソウカイ・ネットへの報告を終えたデッドリーフに、新たな指令が届く。ソウカイヤの不倶戴天の敵のひとつ、ドラゴン・ドージョーに対する索敵。同じくソウカイヤの末端ニンジャであるタルピダイと共に、中国地方に赴け。

 了承の返事をすると、デッドリーフは闘志を燃やした。確かに自分はサンシタだ。だが、あのコッカトリスの、『シックス・ゲイツの六人』の、ラオモト=サンの背中を追い続けるという、この意志は確かだ。

 「ソウカイヤに歯向かう、愚かなドラゴン・ドージョーの老いぼれども……必ずや、クロスカタナの前に引きずり出してくれる! イヤーッ!」

 決意を新たに、ソウカイヤの末端ニンジャは跳躍した。枯れ葉のように儚き己の生を全うするために。

【エフェメラル・アズ・デッドリーフ】終

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