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ヨーロッパ文化教養講座(私のすきな小説 イタリア編「いいなずけ」)

2022/12/31 大晦日の話題は、イタリアの夏目漱石とも言える、アレッサンドロ・マンゾーニの「いいなずけ」の紹介。

 「日本で育った人なら誰でも知っている古典小説は?」と問われたら、「夏目漱石の『こころ』とか、太宰治の『人間失格』」と答える人が多いと思います。 
 今回ご紹介する小説は、イタリア人なら誰でも知っている古典小説の『I Promessi Sposi(邦題 いいなずけ)』です。

 『いいなづけ』は、スペインの占領下にあった17世紀のミラノ周辺を舞台にし、市井の若きカップルを主人公にした長編歴史小説で、作者は、アレッサンドロ・マンゾーニ (1785-1873) です。 
 ヴェルディの有名な『レクイエム』は、マンゾーニの追悼のための作品ですし、イタリアの町には、どこでも、『マンゾーニ通り』があるくらいのイタリア人なら誰でも知っているです。

 小説は、ミラノ郊外の小さな村に住む、主人公の若きカップル、レンツォとルチーアが急いで結婚式を挙げてもらうために、この村唯一の教会へ駆けつけるところから始まります。 
 美人で敬虔なルチーアは、この村の領主、ドン・ロドリーゴ(やくざの親玉)に見初められてしまいます。 
 中世のモラルの厳しい時代ですので、ドン・ロドリーゴから逃れて駆け落ちするためにも、神さまの前で結婚式を挙げる必要があったのです。 
 
 この教会の司教ドン・アッポンディオは、小心もの、事なかれ主義の人で、結婚式の前にドン・ロドリーゴの手下から脅されて、式を挙げることを止めてしまいます。 
 愛すべき、罪深き、ドン・アッポンディオを、ちょっと原文を引用してご紹介しますと、

彼の第一の指針は、「およそ世間の争いごとには一切かかわらないという主義、万一かかわらざるを得なくなった場合には相手方に譲る」という「平和?」主義者で、しかも、「決まって強い方についたが、」弱い方には、「強くないあんたが悪い」という訳のわからない理由で、自分自身を納得させていた。 
「自分が一生を捧げる聖職の義務であるとか高貴な目的であるとかについて」はそれほど深く考えずに、「多少とも楽に暮らせる身の上となれてしかも世間から尊敬される、勢力のある階級の一員となれる」という理由でこの道を選んだ。「自分の同僚の僧侶の中に身の危険を賭して難渋している弱者の側」につく者に対しては、「犬の脚をまっすぐにのばそうとするのと同様の企み」であって、「聖職の尊厳を犠牲にしてまで世俗のことにかかわる行為」として非難した。

A・マンゾーニ (著), 平川 祐弘 (翻訳) 『いいなづけー17世紀ミラーノの物語』全3巻 河出文庫 2006年

 ドン・アッポンディオに邪魔された二人は、応援するルチーアの母アニェーゼの助言と正義の味方クリストーファロ神父の助けを得て、別々の場所に逃げることになりました。 
 クリストーファロ神父は、裕福な商人の息子に生まれましたが、けんかの末過って人を殺してしまい、その後回心して神父になります。
 
 クリストーファロ神父は、ルチーアを、修道院の貴族出身のジェルトレーデ(25歳位気持ちが悪くなるような悪意を感じる女性)に預けます。 
 しかし、諦めないドン・ロドリーゴは、やくざの仲間、インノミナート(悪人の頂点のような不気味な人物。 後に回心して、すごい正義の味方になる) に依頼し、インノミナートは、なんと、ジェントレーデを口説いて、ルチーアを修道院から誘拐してしまいます。
 
 一方レンツォは、ミラノへ逃げますが、暴動に巻き込まれてお尋ねものになってしまいます。

 大作なのでほんのさわりだけをご紹介しました。 若い二人が結婚式を挙げるという、最もありふれた日常的な行為が、時代が作り出した悪党によって妨害され、飢饉による暴動に巻き込まれて前科者になり、外国軍によって攻められ、その外国軍が持ってきたペストによって、戦争よりも大きな被害を受けるという、最もありえないような妨害にあいますが、最後にはハリウッド映画的にHAPPY ENDに終わります。
 

 ただ、その前に、誘拐されたルチーアが神さまに「助けてくれたら、結婚せず、一生あなたに使えます。」と祈ってしまったものですから、もう一悶着ありますけれど。
 

 マンゾーニは、貴族出身ですが、無神論者だったそうです。 結婚した相手が、カルヴァン派で、結婚を機会に夫婦揃ってカトリックに改宗したそうです。 この小説は、自らの回心体験も反映されているとしたら、ちょっと出来過ぎた感じかするクリストーファロ神父やインノミナートの回心エピソードを描いたマンゾーニの気持ちも、キリスト者歴の短い私でもよく理解できます。

2023年は、平和な年になりますように。お祈りいたします。 


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