生命は動的平衡か 2動的平衡とその類義語について考える

動的平衡とその類義語について考える。

動的平衡

動的平衡Dynamic equilibriumとはどのようなことなのか。水と空気の入った容器を密閉すると、水の蒸発(気化)速度と液化速度はやがて釣り合って、水の量は変化しなくなるが、その場合にも蒸発と液化は起こっている。これが動的平衡である。動的平衡とは、ある系で起こっている可逆反応が、反応物と生成物の比率は変化しないが、反応物と生成物の間で物質の移動がある状態であると定義できる。
 
動的平衡は、変化が可逆的であること、2方向の変化(反応)速度が等しいこと、閉鎖系であることが条件である。「行く川の流れは絶えずして…」は動的平衡の例ではない。
 
これに対して(静的)平衡は反応が生じていない状態である。力学的平衡は、静止している物体に作用する力の合計がゼロになる状況で、物体は静止したままである。
 
化学平衡の概念は、ベルソレが1798年にナポレオンのエジプト遠征に同行した際、彼がナトロン湖を訪れ、その湖畔で炭酸ナトリウムの化学反応が可逆的であることを発見したことから1803年に生まれた(Berthellot 1803)。
 
私が知る限りで最初に「動的平衡」の概念を化学以外に持ち込んだのは、Gilbert(1877)らしい。彼は、1877年に地形の構成と進化について動的平衡が適用できるとした。彼は、河川は岩盤の浸食と土砂の堆積の効果が釣り合っている動的平衡のときに存在すると考えた。
Berthollet, C. L. (1803). Essai de statique chimique. Hachette Livre BNF
Gilbert, G. K. (1877). Report on the Geology of the Henry Mountains. US Government Printing Office

定常状態

定常状態は、2つの反応速度が同じで見かけ上変化がない状態である。開放系である生命は定常状態だと言える。また、動的平衡とは、可逆反応の定常状態である。ベルタランフィは1932年から「動的平衡」について議論し、開放系の「動的平衡」について定常状態をいう言葉を作りだした(Drack 2015)。

開放系は、(ある条件を前提とすれば)時間に依存せず、構成物質の連続的な流れがあるにもかかわらず、系全体および相の比率が一定である状態を達成することができる。これは定常状態と呼ばれる。

Von Bertalanffy, L. (1950). The theory of open systems in physics and biology. Science, 111(2872), 23-29.

散逸構造

生命は外部からエネルギーや物質を得て熱を排出することによって状態を維持している。このようにエネルギーや物質の不可逆的な流れがある状態を非平衡と呼び、非平衡なのに定常状態である構造が散逸構造である。
炎は揺れながらも形は変化しない。しかし、ガスのような燃料が常に供給されなければ維持できない。燃料は燃えて二酸化炭素や水蒸気となって空気中に出ていく。二酸化炭素が戻って燃料になることはない。生命現象も炎と同じである。散逸構造という概念はプリコジンが提唱した(Prigogine & Leferver 1973)。
Prigogine, I., Lefever, R. (1973). Theory of Dissipative Structures. In: Haken, H. (eds) Synergetics. Vieweg+Teubner Verlag, Wiesbaden. https://doi.org/10.1007/978-3-663-01511-6_10


恒常性ホメオスタシス

恒常性とは、内部環境を一定に保つことである。この環境に変化が生じると、環境を元の状態に戻す。例えば、血糖値がある閾値を超えると、体はインスリンを放出し、許容範囲に戻るまで血液から筋肉や脂肪組織へのブドウ糖の取り込みを促進する。ウォルター・B・キャノンがCannon (1926)で古典ギリシア語で同一の状態を意味する「ホメオスタシス」と命名した(Wikipedia)。
恒常性を動的平衡だとするテキストも見られるが、化学的な意味での動的平衡ではない。

次回は生物学における「動的平衡」について考える。

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