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海の哺乳類が持つ独自の腸内環境:食性と進化

私たち人間を含む哺乳類は消化管に無数の細菌を共生させています。この「腸内細菌叢」は宿主である哺乳類の健康に多大な影響を与え、食物の消化吸収を助けるだけでなく、免疫システムの調節や脳の発達にも関与していることが明らかになりつつあります。

これまでの腸内細菌叢研究は主に陸上哺乳類を対象としてきました。その結果、宿主の系統、食性、腸の形態が、腸内細菌叢の構成に大きな影響を与えることが分かってきました。しかし、独自の進化の歴史を歩み、食性や生活様式も大きく異なる海洋哺乳類は、これまで比較研究の対象から外れてきました。

オーストラリアの研究チームはこの未知の領域に足を踏み入れました。彼らは、151頭の哺乳類(うち海洋哺乳類42頭)の糞便サンプルを収集し、遺伝子配列データを解析しました。このデータから、海洋哺乳類と陸上哺乳類の腸内細菌叢を詳細に比較することが可能になりました。

海が育む微生物の多様性:海洋哺乳類の腸内細菌叢の特徴

解析の結果、海洋哺乳類は陸上哺乳類とは明らかに異なる腸内細菌叢を持っていることが分かりました。特に、Fusobacteria門の細菌の存在比が海洋哺乳類で有意に高く、この門の細菌が海洋哺乳類の腸内環境において重要な役割を担っている可能性があります。

さらに食性による比較では、海洋肉食動物(南極と北極のアザラシ)と海洋草食動物(ジュゴン)は、それぞれ陸上肉食動物と陸上草食動物よりも腸内細菌叢が豊富であることが分かりました。これは、海洋環境という特殊な環境で進化を遂げ、独自の食性を持つ海洋哺乳類が陸上哺乳類とは異なる腸内環境を形成してきたことを示唆しています。

進化と食性が織りなす腸内環境:海洋哺乳類の謎

では、なぜ海洋哺乳類は陸上哺乳類とは異なる腸内細菌叢を持つようになったのでしょうか?研究チームは、海洋環境における独自の食性と進化の歴史が腸内細菌叢の形成に影響を与えていると考えています。

海洋環境は陸上と比べて食物網が短いという特徴があります。つまり、高次消費者である海洋肉食動物や草食動物は、より低い栄養段階の生物を直接食べる傾向があります。

例えば、ジュゴンは海草を主食としていますが、海草にはフェノール酸などの二次代謝産物が含まれており、これらは抗菌作用を持つことが知られています。ジュゴンはこれらの二次代謝産物を分解するために、特殊な腸内細菌叢を獲得したのかもしれません。

同様に、アザラシなどの海洋肉食動物も魚介類に含まれる様々な二次代謝産物にさらされています。これらの物質を分解するために、多様な機能を持つ腸内細菌叢が必要となるため、結果として腸内細菌叢が豊富になった可能性があります。

引用元

タイトル:The Gut Bacterial Community of Mammals from Marine and Terrestrial Habitats
URL:https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0083655
著者:Tiffanie M. Nelson , Tracey L. Rogers, Mark V. Brown

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