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ランダムな3単語で物語を書く その2

物は試しに、と思って始めてみたランダム3単語物語。思った以上に楽しかったので、早くも第2回をやってみることにしました。反響とかは気にしません。高頻度でやりはじめたら飽きが早めに訪れそうなことだけが心配です。

第2回の単語は「スリル」「鉢合わせ」「セイウチ」です。




人生において、行き詰まりを痛感することは誰しもあると思う。少なくとも、私には何回かあった。

しかし、これほどまでに行き詰まったと感じたことは、今までなかったように思う。

車道にセイウチ。

脈絡がなさすぎて、最早冗談にすらなりそうにないが、本当にいるのだ。セイウチが。車道の真ん中に。

しかも、よりによって細い路地だ。渋滞を避けようと思って住宅地に入った結果、セイウチと鉢合わせしてしまった格好になる。ファンタジーとしてはB級にもならないが、現実なんだからタチが悪い。

勿論、すぐさま後退することも考えた。ところが、この道路は思いの外通行量が多いらしく、たちまちのうちに後ろが塞がれ、その後ろにも続々と車がやってきてしまったのだ。そのうえ、大柄なセイウチを目撃した運転手たちは皆パニックに陥ってしまったため、簡単には抜け出せそうになかった。


セイウチはこちらを見つめたまま微動だにせず、明らかにこちらを警戒しているようだった。両者睨み合いが続いている。

一刻も早くこの状況を打開したいのだが、あまり不用意な行動はできない。クラクションを鳴らせば早いのかもしれないが、動物を変に刺激したら何をしだすか分からないので、簡単には鳴らせなかった。後方の巻き込まれた運転手たちもそのあたりは心得ているらしく、迂闊に行動を起こすことはなかった。

そういえば、周辺の住民はどうしているのだろうか。車内から両脇の民家に目をやる。カーテンの隙間から覗いているおばさん、スマホを向けながら何やら喋っている若い夫婦、今にも泣きそうな顔をしながらも釘付けになっている男の子など、様々な顔が並んでいる。ということは、この地域では日常茶飯事、みたいなことでもないらしい。そりゃそうか。セイウチを放し飼いにする集落があったら、きっと環境省が黙っちゃいない。


セイウチとの睨み合いは続き、次第に私もスリルみたいなものを感じてきた。ちょっとだけ車を前に進めてみようか。驚いて逃げていけばこの渋滞も解消されるかもしれない。……いや、やめておこう。逃げたとしても根本的解決には至らないし、仮にこちらに向かってきたらどうするのだ。ぶつかるだけでは気が済まず、乗っかられたりしたら……。

などと考えているため、依然として状況は変わらず、睨み合うほかないのである。

にしても、セイウチが微動だにせず、ずっとこちらの様子をうかがい続けているのは、なかなかに不気味だった。生きているわけではなくて、本当は剥製なのだろうか。でもこんな住宅地にセイウチの剥製を置き忘れるなんてことは考え難い。──いや、生きたセイウチがいるほうがよっぽど考え難いけれど。

こんな考察も全く意味を成さない。結局誰一人、また誰一頭として動くことのないまま、時間はひたすら過ぎていくように思われた。


時空が裂けた。

冗談じゃなく、完全に時空が裂けたとしか言いようがない。空中に突如切れ目が出来たかと思うと、闇のような光のような、目が眩みそうな何かが隙間から漏れ出す。そこから、何やらぴっちりとしたボディスーツのようなものを着た男が姿を現した。

「やっと見つけた」

車内にいるのに、その男の声ははっきりと聴こえた。まるで脳内に直接語りかけられているかのように。

「……おっと、過去の人間の皆さんに迷惑をかけてしまった。大変申し訳ありません。すぐに修正をかけるよう手配しますので」

私には、彼が何を言っているのかさっぱり分からない。ただ、彼が未来人であることだけは容易に想像することができた。聞かれてもいないのに、男は話を続ける。

「しまった、喋りすぎるのは私の悪い癖。この辺で失礼しますよ。早いところ食料を届けなくては」

そう言って、男は小型の機械をセイウチの背中に取り付ける。すると、セイウチの体はひとりでに持ち上がり、ゆっくりと裂け目に吸い寄せられていった。

「……しかし、新型の時間停止光線は優秀だな。生きたまま持ち帰れるなら、コールドスリープよりよっぽど良い」

また男が何か喋っているが、言っている意味はよく分からない。とにかく、セイウチがどいてくれさえすれば、私にとってはそれで良いのだ。

「セイウチじゃないですよ、牙がありませんから。これはゾウアザラシです」

知るかよ!とツッコむ。思考を読まれていたことに気がついたのはその直後だった。


ハッとしたときには、セイウチ……ゾウアザラシも裂け目もそこにはなく、後方からはクラクションがけたたましく響いていた。慌てて車を動かす。ふと時計に目をやると、さっき車を停めてから数分も経っていないようだった。じゃあ、さっきのあの騒ぎは、長時間の睨み合いは、一体何だったのだろう。夢にしては鮮明すぎたし、妄想にしては詰めが甘すぎたように感じる。

再び大通りに出る前に、路地をゆっくりと走りながら、少しずつ思い出してみる。そういえばあの男、修正をかけるとか言ってたな。きっと過去を改変して、セイウチ、じゃないゾウアザラシの件を何とか誤魔化したんだろう。何故か私の記憶には残っているけれど、それはあのそそっかしそうな未来人故なのだろうか。或いは、別に一人くらい覚えていても問題はないと判断されたのかもしれない。

いや、問題大ありだよ、と思った。過去からゾウアザラシを取り寄せて食べる未来なんかに、誰が子孫を残してやるものか。

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