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あんずを煮る

「ジャム作りの仕事をしていて、楽しいと思うのはどんなとき?」この仕事を始めて間もない頃、聞かれたことがあります。

いま思うと、それはたとえば
「おいしかった!と、お客さまに喜んでもらえたとき」とか「意外なおいしい組み合わせを発見したとき」とか、そういうことだったような気もするのですが、そのとき私が即答したのは、

「果物を煮詰めていくと、あるときフワッと香りや色が変わるんです。その瞬間が最高に楽しい!」

これ、どんな果物でもそうなんですけれど、とくにそう思うのが、あんずのコンフィチュールを煮ているとき。

あんずって、あまり生では食べないし、そもそも出回る時季がものすごく短いです。いまは、大量にコンフィチュールを作るので、収穫前にお願いして長野県から取り寄せています。

生のあんずは、きれいなオレンジ色はしていますが、なんというか果物として地味です。桃やプラムのように、そばに寄っただけで芳香が漂うということもないし、完熟梅のようにきれいなグラデーションでもない。

コンフィチュールを作るときは、皮ごと使いたいので、まずはぽちゃんと熱湯に漬けます。素早く氷水にとり、ざくざく刻んでグラニュ糖をまぶして煮る、のですが、この段階では色もなんだかぼんやりしているし、香りもほとんどしません。青臭さを感じるくらい。

それが、煮立ててアクを取り除いていくと、あるとき急に、鮮やかな透明感のあるオレンジ色にきらめき、紅茶を思わせるような甘く深い香りがフワーッと立つのです。それはもう、ほんとうに魔法のようです。生では地味だったのに、こんな顔を隠していたんだなーと、いつも感動します。

コンフィというのは、保存するための調理法ではあるのですが、ただ保存するのではなく、保存している間に風味よくおいしくするのが目的。生の状態よりもおいしく食べるための、保存食。あんずは、コンフィチュールにするためにあるような果物だなぁと思います。 


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